[愛する貴方の眠る場所]



 の背を追うように、家を出た。
 真夜中だった。
 家を出る際グレミオに見つかったが、少し散歩に出かけてくると言った彼の言葉を信じたのか、笑顔で「気をつけて下さいね。」と見送ってくれた。

 グレッグミンスターを出てから、長い時間、歩き続けた。
 それがどれほどの時間だったのか定かではないが、およそ半刻ほどだろうか。
 は、ずっと彼の後ろを歩いていた。

 『時間の感覚がない』とは、こういうことを言うのだろうか。
 感覚が消えたわけではない。気が狂うほどに生きてきたのだ。終わらない流れの恐ろしさを身をもって知ったのは、そう昔の話ではない。

 けれど、それすら感じないほどに、頭の中が色々な感情に支配されていた。

 気配の掴めなかった、ソウルイーター。
 愛する人に宿っていたはずの、呪われた紋章。
 ”愛してる”と刻まれた、ペアリング。
 二人の誓いと、約束の証。

 持ち主のいない・・・・・・・・渡された片割れ。



 ねぇ・・・・・

 今、どこにいるの?
 私を、待ってくれているんでしょう?
 もう、隠れなくてもいいんだよね? 逃げなくてもいいんだよね?

 ねぇ・・・・・信じられないよ・・・

 交わした誓いがあるのに
 交わした約束が、あるのに・・・

 だから・・・・信じられないの・・・・



 「…。」

 彼に呼ばれ、顔を上げた。想いに浸る意識が、現実に引き戻される。
 目に入ったのは、既視感のある風景。

 「……ここは……?」

 問うも、彼は何も言わず、とある一点を指差した。指し示された場所は、今歩く平原に続く丘。そこには、大きな樹木が一本ポツンと佇んでいる。

 「………なん……で……?」

 そこは、見覚えのある場所だった。忘れられない場所だった。
 決して、忘れることの出来ない場所だった。
 ・・・・・・・・『約束の場所』だったのだから。

 彼は、やはり無言でその丘を上がった。だがは、もうその背を追うことが出来なかった。それに気付いたのか、彼は丘から下りてくると、自分の腕を無理矢理掴んでまた登り始める。
 抵抗した。けれど、彼はそれを許してはくれない。

 月の光が、物悲しいこの世界を照らしている。

 丘の上について、目を伏せた。
 今、木に背を向けて己に向かい合うようが立っているその場所こそが、自分たちの約束の場所だったのだ。
 正面から月の光を浴びる彼は、もう一度自分の腕を取った。そして、月の光の当たらない・・・・・樹木の反対側に連れて行った。

 なぜ、彼がその場所に連れてきたのか分からなかった。

 ふと、木の根元から十数メートル離れた緩やかな下りの先に、何かを見つけた。そちらに目を向けたことはなかったので、初めて知った。

 そこには、石版のようなものが突き立てられていた。

 本拠地にあるような大きなものではなく、それは、もっと小さな・・・・

 「………これです。」

 そう言った彼の言葉の意味が分からなくて、困惑する。
 彼は、何もいわずに自分をその前に立たせると、一歩後ろに下がった。
 促されるままに、石版に目を向けた。そして・・・・・・

 ようやく、その『意味』を理解して、戦慄いた。

 「…っ………。」

 それが『墓石』だということ。
 そして、そこに掘られた名前が、自分の求めていた”彼”だったということ。



 『我が親友 テッド ここに眠る』



 一瞬にして、思考が停止した。だが、すぐに再稼働し、全力で『否定』の文字が浮かび上がった。

 これは・・・・彼じゃない。
 同名である、誰かのものだ・・・。
 彼じゃない。彼なはずがない! 彼では・・・!!

 そんなこと・・・・・あってはならない!!!!

 けれど現実は、残酷に真実を突き付ける。
 墓石の横に立てかけられた、見覚えのある物は・・・・弓? それを見間違えるはずがない。これは、自分の親友の・・・。
 親友を弔ったあと、”彼”が、己のそれと交換したはずの・・・・。

 ・・・・・・いやだ・・・違う、信じない!!
 これは、あんたじゃない。あんたなんかじゃない。
 あんたがいないなんて、嘘だ・・・・・・。
 嘘だと・・・・・言ってよ・・・・。

 ここで、もう一人の自分が静かに言った。『目の前にある現実を、しっかり受け止めろ』と。

 だから、もう・・・・・・・・逃げることは出来なかった。



 「テッ…ド……?」

 それだけ言うのが、精一杯だった。
 崩れ落ちそうになる体を、歯を食いしばることでなんとか膝を折るまでに耐える。
 が、横に立った。顔を上げれば、彼は今にも泣き出しそうな顔をしている。

 「……あなたへ…………テッドから、言伝があります…。」
 「言……伝………?」

 一つ頷くと、彼は話し出した。






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 「テッド、テッド!!」
 「……泣くな……よ、…。」
 「どうして!? なんでこんなこと…!!」

 シークの谷。
 は、親友の名を叫びながら、その瞳に涙を溜めていた。
 その腕に抱かれた少年は、死を目前にしていていても微笑んでいる。

 「ごめ………………頼みたいこと……ある…だ……。」
 「頼みたいこと…?」
 「あぁ…。」

 少年は、ここで深く息を吸い込んだ。苦しみを隠すように。哀しみを押し殺すように。
 そして、想いを馳せるように、また笑った。

 「…あの…な………って…奴、に………言伝を、頼み…たいんだ…。」
 「…?」
 「あぁ…。」

 お前と出会うもっと前に、という女性と旅をしていた。諸事情で離れることになったのは、もう何年も前のこと。
 彼女は、自分にとって大切な恋人だった。長い時を共に生きてきた、この長い生涯でただ一人、自分の愛した人だった。
 彼女は、きっと自分を待つだろう。そして自分を探すだろう。約束をしたあの場所で・・・・・。

 「だか、ら……って、女を…見つ……たら、必ず………伝えて、ほし……。」
 「分かった! 必ず……必ず伝える! だから……!!!」
 「頼む…ぜ…………………。」

 涙を零しながら約束をした自分に、少年は、痛いくらいの笑みを見せた。

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 『お前のこと、ずっと待ってた。絶対に再開して……また、お前の笑った顔が見たかった。』

 ・・・・・・やめて。
 聞きたくない・・・・・聞きたくないの・・・。

 『だけど、もう会えそうにない………………ごめん。』

 ・・・なんで、謝るの? なんで、そこで・・・!
 謝らないでよ・・・・・お願いだから・・・。

 『でも、俺は……ソウルイーターと一緒だから……いつでも、お前のことを想ってる…。』

 嘘・・・・止めて・・・・。
 そんな嘘、聞きたくない。聞きたくないの!
 ずっと、ずっと待ってたよ。あんたのことだけを。
 ずっと、ずっと探してたよ。あんただけを。

 ねぇ、お願いだから・・・・・・・ここに来てよ。
 お願い、だから・・・・・。

 『あと……変に意固地になって、他の男との出会いを疎かにするんじゃないぞ? お前、変に固いところがあるからなぁ…。好きな奴ができたら、俺のことなんか……忘れて…………そいつと幸せになってくれ…。』

 なに、それ・・・?
 新しい出会いなんて、いらないよ。
 あんただけいれば、私はそれで充分幸せだった。あんたさえいてくれれば・・・。
 だから・・・!!

 『”一生のお願い”だから…………俺の分まで、幸せになってくれ……。』

 っ・・・・ずるいよ・・・・そんな言い方、ずるい。
 あんたまで、私を置いていくの?
 置いていって・・・・・・それでも、”俺の分まで”なんて言うの?



 が、言葉を区切った。黙って、その続きを待つ。
 彼は、耐え切れないように顔を伏せ、唇を噛み締めた。



 『それと…………………”約束”守れなくて…………ごめん。』



 そうだよ・・・・・・・・嘘つき。
 約束・・・したじゃん。絶対に『また会おう』って。
 『待ってるから』って。
 アルドが逝って・・・・・・あんたまで、いっちゃうの?

 置いていかないでよ。置いて、逝かないで。
 一人に・・・・・・しないで・・・・



 伝言は、これで終わりかと思った。
 けれど、が最後に紡いだ言葉は、自分の枷を外すには充分だった。






 『………………………………愛してる。』






 「っ……!!!!」

 人前で・・・・・の前で、涙を見せたくなかった。
 彼も、辛かったのだろうから。
 テッドの最後を、看取ったのだろうから。

 今、泣いてはいけないと思った。彼の前で泣いてはいけない、と。
 だから拳を握りしめ、歯を食いしばって、彼に伝えた。

 「………あり、が……と…。」
 「…いえ……。」



 「ごめ……………悪いけど………………………一人に………ッ……。」



 彼は何か言いかけたが、自分の心情を察してくれたのか、静かに来た道を戻って行った。






 気配が遠ざかる。次第に感じなくなった。

 「ふ……ッ……うぅ……っ……。」

 堪えていた涙が、どっと溢れた。止まらない。
 けれど、それでいい。もう何も我慢する必要などない。
 ここにいるのは自分だけ。この涙は、他の誰にも見られることはないのだから・・・。

 「っ………ずるいよ………ずるい……よ………ッ……。」

 あんたは、いま、私の言葉を聞いている?
 それとも、あの困ったような顔をしてオロオロしてる?

 止めどなく、涙が溢れた。

 握りしめていた拳を開くと、そこには、先ほど渡された『指輪』。
 それは、あの日のまま。あの時のまま・・・。
 小さな傷や、銀特有の少しくすんだ色合いが、彼のこれまでの年月を物語っていた。

 「なんで……なんっ………テッ…………ッ…テッドぉ…………。」

 それに、涙が一雫。輪の曲線にそって伝い、ポタリと墓石に落ちた。

 「…テッドの……ッ…嘘つき……。」

 そう言って、指輪にキスをする。そして、彼の名を記す墓石の窪みに、そっとそれを置いた。目を閉じて、「愛してる…。」と呟いた。






 愛する貴方の眠る場所
 私は 再び”誓い”を立てる

 貴方の言葉と贈り物
 けれど 私は許さない
 そして 私は受け取らない

 貴方は 私を置いていってしまった

 でも それでも・・・・
 私は 貴方を愛し続けよう
 私は 貴方を求め続けよう

 それは 永遠

 私を愛してくれた 貴方への誓い
 貴方を愛する 私だけの約束

 貴方は 私を置いて逝ってしまったけれど・・・

 私は 貴方を愛し続けよう
 私は 貴方を求め続けよう

 私には・・・・・・・・・・貴方だけ