[ティントへ]



 ルカの死後、ジル=ブライトと婚礼を上げたことにより、ジョウイ=ブライトが正式に皇王の座についた。



 それから約一週間後、ハイランド王国の将クルガンが、同盟軍本拠地を訪問。彼は、ジョウイから預かった書状をに渡して、休戦協定の申し出を行った。
 とナナミは、これに大いに喜びすぐに承諾した。クラウスやビクトールが『罠かもしれない』と諫言したものの、二人は「ジョウイが、そんな事をするはずがない!」と言って聞き入れなかった。
 リーダーが決めたことなら、と、グリンヒル市長代行のテレーズ、そして万が一の時の為にとシュウに呼ばれたチャコを連れ、彼らはミューズへ向かった。

 しかし、やはりこれは罠だった。

 なんとかシュウの手回しによってミューズ脱出に成功した達だったが、その代償は高くついた。の判断ミスにより、その犠牲となったのは、ピリカ。
 シュウは、まだ10にも満たない少女をその場所へ同行させ、今にも矢の雨が降らんとしているその場所で、少女を達を助けるための『道具』として使った。
 休戦協定が罠であることを知っていたシュウは、もちろん『ジョウイがピリカを大切にしている』ことも知っていた。

 これに激怒したのは、ナナミだ。
 だがは、何も言えずに顔を伏せるだけだった。とても辛そうな顔をして・・・。
 本拠地に戻ったナナミが、まずシュウを責め立てた。しかし、彼は「許されようとは思っていない」と冷たく言い放つと、次にを見据えて言った。

 「殿。あなたも、私を恨んで宜しいのですよ?」

 大広間から、軍師の足音が遠ざかるのを耳にしながら、それでもは何も言えなかった。あの時、自分がもう少し考えていれば。あの時、もっと皆の言葉に耳を傾けていれば。
 そう自分を責めても、もう遅かった。



 それから暫くは、特に大きな問題も起きずに、平穏な時間が過ぎていった。

 そして、それから更に5日ほど経った。



 トランから戻ってきたは、あれ以来、ずっと自室に閉じこもっていた。食事などの日常的な行動をするとき以外は、ずっと。
 本を読むでもなく、茶を楽しむわけでもなく。日がな一日中、ぼーっとしていた。
 ベッドに仰向けに寝転んで天井を見上げたり、窓から空を見上げたり、ただ目を閉じていたり。
 誰とも話すことはなく、ずっと一人で過ごしていた。



 ほんの数日の間に、色々なことがあった。そして、色々なことを知った。

 目の前に現れた、ソウルイーターの『継承者』。
 渡された指輪に、恋人が眠る『墓』。
 そして、そこで新たに立てた『誓い』と『約束』。
 空白だった、5年という時間に起こった『真実』。

 ・・・・・飲み込まれてしまいそうだった。

 知らず、ため息が漏れた。
 あれ以来、ほとんど誰とも会っていない。腹が減れば、レストランでテイクアウトし、人目につかない場所を見つけて食事をとり、新鮮な空気が吸いたくなったら、空気の澄んだ夜に屋上へ上がった。

 心配させたのか、やナナミが何度か訪ねてきたことはあったが、それに作り笑いで対応しつつ『構わないでほしい』という空気を押し出してしまったことは、後々になって申し訳ないと思った。でも・・・・・
 何もする気になれなかった。誰かと一緒にいたい、とは思わなかった。
 その度に、何度も何度も心の中で詫び続けた。



 ふいに脳裏に浮かび上がったのは、記憶。
 それは、徐々に形を成し、瞼の裏に色鮮やかに蘇る。

 あぁ・・・・・『彼』に会いたい。そう思った。
 その気配は、右手に宿る紋章によって、世界のどこにいるのかが分かる。
 罪深く慈悲深い。その『彼』の存在の居場所は、自分が望めば紋章が教えてくれる。
 意識をそれに集中した。懐かしい気配を探るために。今、一番会いたい『彼』を思い浮かべて・・・。

 会って、話したいことがあった。伝えなければならないことがあった。
 そして・・・・・謝らなければならないことも。

 気配の位置は、簡単に特定できた。しかし、自分は現在同盟軍に在籍しているため、勝手な行動は控えなくてはならない。いつ軍主からお呼びがかかるか分からないからだ。

 「あーあ……どうすっかな…。」

 額に手を当て思案していると、ノックの音が聞こえた。

 「……だれ?」
 「僕だよ。」
 「あぁ……入っていいよ。」

 簡単な返事を返すと、扉を開けて入ってきたのは、ルック。
 扉を閉めて、彼は、唐突に言った。

 「が、ティントに行くからついて来て欲しい、だってさ。」
 「ティント?」
 「……じゃあ、確かに伝えたからね。とっとと一階の広間に来なよ。」



 彼が光を残して去ったあと、頭をかいて、目を閉じた。

 素っ気ないながらも、彼は、自分のことを心配してくれている。
 あの一件以来、彼は用もなく自分の部屋を訪れはしなかったが、今のように最低限───が呼んでた、シュウが呼んでた等───の用事以外、扉を叩く事はしなかった。
 それにとても感謝していた。今は、なにより声をかけられることよりも、逆に放っておいてほしかったから。
 彼の静かな心配りが、とても嬉しかった。有り難かった。
 やっぱりあの子は、自分にとっての家族なのだ。そう思った。

 早速ベッドから起きて本棚の前に立ち、そこから古びた地図を取り出す。そして目的のページを見つけると、テーブルの上で開いた。ティントの場所を把握するためだ。

 「……………うそ?」

 あぁ、なんてタイミングだろう。そう思ったのはすぐのこと。
 その場所は、『彼』が居る位置にとても近かった。
 これを必然だと思うか。それとも、そうでないと意地になって首を振るか。
 前者でありたいと考えながら、地図をベッドに放り、部屋を後にした。






 一階の広間に付くと、皆すでに集合していた。「お待たせ。」と言ってパーティーに入る。
 どうやら、呼びに来たルックにもお達しがあったようで、彼は嫌そうに眉間に皺を寄せながらその場で出発の時を待っていた。
 ふと見ると、ビクトールが息巻いていたので、何かあったのかと聞くと・・・

 「あ? おぉ、か。お前も行くのか?」
 「うん、まぁ……お達しがあったからね。」

 息巻く理由を聞くことは叶わなかったが、この男が本気で鼻息を荒くするなど珍しい。
 と、と目が合った。彼は、眉を下げて何やら物言いたげな顔をしていたが、その意図することを理解して、困ったように笑みを返した。どうやら、それは正確に伝わったようで、彼は小さく笑ってくれた。

 『…なるほど。気晴らしか…。』

 引きこもり始めて2週間近くの自分に、彼がしてくれた精一杯。
 ニコリと笑いかけていると、横合いからルックが彼に声をかけた。その表情から考えるに、どうやら待ちくたびれた様子だ。

 「……。パーティーは、これでいいのかい? いいなら、とっとと出発するよ。」
 「うん。僕とナナミ、さん、さん、ビクトール、ルックの6人で行こう。」
 「で、同行者はあっしですね、さん!」

 ここで、ヤンチャそうなそばかすだらけの少年が、手を上げた。
 一番最後に来たものだから、それが誰なのか分からずに首を傾げていると、が説明を始める。

 「あ、さん。彼は、コウユウって言って…」
 「ティントの山で義族をしてやす! どうぞお見知りおきを!」

 そう言って、コウユウは、右手右足を前に出して腰を低く屈めた。
 「こちらこそ宜しく。」と言うと、少年はニカッと笑う。

 「それじゃあさん、お願いしますぜ!!」

 張り切るコウユウに皆が笑い、一行は、ティントへ向かって出発した。