[再開]



 は、クロムの村はずれにある森を歩いていた。
 その間、互いに言葉を交わすことはなかった。
 彼は、彼女の手を引いて。彼女は、彼に導かれるまま。



 暫く歩くと、視界が開けた。
 目の前には小川があり、ゆったりと流れている。優しいせせらぎが耳をくすぐった。足場も、さほど悪くはない。
 見上げてみれば、そこには満月。その周りには、満天の星空が『再会』を照らしていた。

 二人で近場に隣り合わせで腰を下ろした。静けさの中で虫が微かに鳴いている。心地良い音だ。少しの間、二人してじっと川を見つめていた。
 暫くして、は口を開いた。

 「久しぶり…だね?」
 「あぁ……………本当に。」

 傍に落ちていた小石を手に弄びながら、彼が僅かな間を空けて答える。
 次は、彼が問うてきた。

 「変わりは……?」
 「うん…。そっちは…?」
 「俺も……何も変わらないよ。」

 ぎこちない会話が続いた。
 百年以上という時を隔てての再開。積もる話もある。
 しかし、その非常識な時間の長さも相まって、どことなく気恥ずかしい思いがあったが、互いが互いにその意味を知っていた為、気にすることはなかった。

 話したいことがあった。
 聞いてほしいことがあった。
 謝らなくてはならないことがあった。

 だから、多少きごちなくありつつも、ゆっくり会話を進めていった。



 最初に話し始めたのは、彼だった。
 ずっと、ずっと昔の話。それは、二人が出会った頃にまで遡る。

 彼は、あの戦のあと群島諸国に留まった。
 そして、そこでまた新たな戦いに身を投じたと言う。その後あの国に留まりながらも、陰ながら王の補佐を務めていたらしい。
 それから何十年後か。旅に出て、各地を放浪したこと。時に一人で、時に新たに出会った仲間と共に。時折群島諸国に戻りはしたが、これまでの殆どを旅に費やしたと言っていた。
 また彼は、その長過ぎる時の流れに心を狂わされた時期があったが、同じ『呪い』を持つ者の支えによって乗り越えることが出来た、と語った。
 それから、ゆっくり時間をかけて、彼は今日までに至る話をした。

 そして、ここ最近の話。
 最近までは、グラスランドを放浪していたのだが、次にトラン方面へ向かおうとしていた所、デュナンで戦をしていると聞き、とりあえずこのティント地方まで下りて来たのだと言う。
 そこでようやく、彼は話を止めた。

 は、彼の話をずっと黙って聞いていた。次に話すのは自分だ。
 けれど何も言えなかった。
 きっと、彼も気付いている。あの時、あの戦のあと。三人で旅に出たはずなのに、今、自分一人で会いに来たその”意味”に。

 暫く沈黙が続いた。彼が聞くことを躊躇しているのが分かる。
 ややあって彼は、川の流れを見つめながら問うてきた。

 「…………アルド……は?」
 「……………。」



 真の紋章を持たなかった彼。そんな彼が、150年という時を生きられるはずがない。自身、よく知っていることだ。
 けれど、それをあえて彼女に問うたのは、彼がどう生きて最後の時をどう過ごしたのか知りたかったからだ。
 あの頃、共に戦を乗り越えた仲間達は、もう誰ひとり生きていない。それは充分理解していた。だからこそ、その最後を看取ったのだろう彼女に、話を聞きたかった。彼も、仲間だったのだから。

 見れば、彼女は躊躇している様子。唇を噛み締め、じっと何かに耐えるようにその瞳を伏せている。
 だが、やがて小さな声で言った。

 「アルドは……………ソウルイーターに……。」

 その声は、その肩は、小さく震えていた。
 俯いているため表情は分からないが、彼女は、堪えるように肩を抱いていた。

 「………そうか…。」

 彼女達と共に彼を行かせたことを、少しだけ後悔した。
 同時に、あの時彼らが追いかけた少年の姿が、脳裏に蘇る。

 その少年は、『呪い』を持っていた。自分は、少年に宿る『呪い』を知っていた。
 それでも彼が願うならと、止めることはなかった。だが、あの時彼を止めていれば、少しだけでも未来は変わったかもしれない。今さら、そう思った。

 ・・・・・・更に聞いた。

 本当は、分かっていたけれど。
 彼女とこうして再開する前に、知ってしまったけれど。
 聞かなくてはならなかった。彼女が、きっとそれを望んでいるのだろうから・・・・。

 「……………テッド、は……?」
 「ッ…」

 彼女の肩が引き攣ったのを、見逃したいのに見逃せなかった。その体は、先ほどより更に震えている。
 は、そっと視線を伏せた。

 ・・・分かっていた。それを”知る者”から、あの少年が命を落としたことを。そう聞かされていた。
 しかし、それを知ったとて、どこか半信半疑な自分がいた。あの少年が、まだどこかで生きているような気さえしていた。

 でも・・・・・・。

 彼女の反応を見る限り、きっと『そう』なのだろう。彼は、きっと、本当にもう居ない。
 鼻の奥に、ツンと熱いものが込み上げた。流れ出そうになるそれを、歯を食いしばって堪える。あの頃から、自分のことを知る者は、彼女ただ一人になってしまった。150年前から、『本当の自分』を知る者は・・・・。

 胸が軋んだ。
 握りしめた拳が、僅かに震えていた。






 どれほどの沈黙が流れたのか。
 それは、数秒のことだったのかもしれないし、数刻だったのかもしれない。
 長らくこの場を支配していたそれを破ったのは、彼女だった。

 「……………………ごめん。」

 ポツリ、と。

 たったそれだけの一言が、彼女の心を全て表している気がした。
 顔を上げて彼女を見つめる。その瞳からは、それまでずっと我慢していたのだろう大粒の涙。ボロボロボロボロ、流れ落ちている。
 そっとその目元に手を伸ばし、溢れ続けるそれを指ですくった。それでも、彼女の涙は止まらない。震える手で、自分の呪いの宿る左手を取った彼女は、それまでずっと胸に秘めていただろう思いを・・・・・

 今、初めて、ここで告げた。

 「ごめ…っ……私……………あんたとの約束……守れなかっ…!」

 途切れ途切れに紡がれた、言葉。それを聞いて、胸が張り裂けそうになった。
 彼女は、自分に『それ』を伝えるために会いに来てくれたのだ。あの時交わした約束を果たせなかったと、ただ、それだけを伝えに。
 そして、その苦しみを背負いながらも、誰にも言えずに一人苦しんできたのだと。

 だからは、少しでも彼女の気持ちが軽くなるようにと、その体を抱きしめた。
 「俺も…………知っていたんだ」と言いながら・・・・。