[懐かしいね]



 ────  ────



 ……誰?



 ────  ────



 ………声?



 ──── 早く 私を ────



 なんで………聞こえるの…?



 ──── 私を・・・・・て ────



 な、に…? 聞こえない……。



 ──── ・・・・る・・・・・・て ────



 聞こえ………ないよ。



 ──── 『全て』を ────










 夢を・・・・見ていた。
 どんな夢? 誰が、何を言っていた?
 それは、とても大切そうな・・・・訴えかけるような、夢。
 でも、思い出せない。
 私は・・・・・・なにを”視て”いた?






 薄く、目を開けた。
 途端、視神経を突いた強い光に目を閉じて、顔を顰める。その正体が朝日だということは分かった。
 あぁ、もう朝か。目を閉じたまま、まだぼんやりする頭でそう考えた。

 「ッつ…。」

 不意に頭に痛みが走った。ズキズキするその原因を考えて、すぐに思い当たる。昨日は、ずっと泣いていた。泣いて泣いて泣き過ぎて、そのツケが今日に回ってきたのだろう。
 もう一度、光りに目を慣らしながら開けてみようと試みて、目蓋がやけに重い事に気付く。
 ・・・・なんで?
 手で触れてみると、そこはかなり腫れていた。なるほど、これも昨日のツケか。相当酷い顔になっていそうだが、目を擦ることでの緩和を祈ってから、ゆっくり辺りを見回した。

 「……あれ…?」

 思わず首を傾げた。今いるこの場所が、昨日彼と話していた小川付近ではなかったからだ。
 ここが宿屋との見当はつく。見回した際、目に入った家具やらテーブルが、それを物語っていたからだ。
 しかし、眉を寄せた。自分は、あの河原から戻って来た記憶がない。なぜこんな所で突っ伏して眠りこんでいたのだろうか?
 そう考えていると、小さな音を立てて扉が開いた。入って来たのは。彼は、微笑みながら片手を上げた。

 「おはよう、。」
 「あぁ…、おはよう…。」

 簡単に朝の挨拶を済ませる。
 祈りは届かなかったのか、まだ腫れている目蓋を両手で覆いながら、洗面所の在処を問うと、彼は笑って「部屋を出て、左に曲がった突き当たり。」と言った。それに礼を述べてから、コソコソ足を忍ばせ部屋を出て行く間、彼はずっと笑っていた。






 「本当、マジで、マジごめん…。」
 「…何回目? 気にしなくていいって言ってるのに…。」

 簡単な身支度を済ませてから一階へ下りて、朝食を取り始めた。
 顔を洗うことで、目蓋はだいぶ沈静化していたが、目はまだ赤い。充血だ、と小さな手鏡を見ながら落ち込んでいると、彼は「あんまり分からないから、大丈夫。」と、フォークでレタスを突き刺しながら慰めてくれた。

 注文したものを腹におさめながら話をして、そういえば、どうして自分は宿屋で寝ていたのかと訪ねると、彼は「きみが泣きつかれて眠ってしまったから、俺が運んだんだ。」と笑った。
 あの河原から宿までは、そこそこ距離があったため、自分を担いでとは重かっただろうに。そう考え、合間を挟んでは、昨夜の失敗を何度も謝り続けていたのだが、彼はその度笑ってそう言ってくれた。



 「ってことは、ここ…クロム?」
 「うん。」
 「あー、そうなのかぁ。……ヤバいなぁ。」
 「……何かあった?」

 一人悩み出す彼女に、はそう問うた。だが彼女は、フォークでベーコンを刺しプスプス穴を開けながらも、それを口に入れることはせず、一人唸り続けている。

 「、行儀悪い。」
 「うーん……。」

 見兼ねて、彼女のカップに水を注ぎながら「何かあったのか?」と再度問うた。

 「うーん……。あったと言えば、あるかも…。」
 「言葉遣いおかしい。」

 過去形から現在形に変えた言葉に真顔で突っ込むと、彼女は苦笑いしながら、並々と水の入ったカップに口をつけた。

 「いや、その…ね。なんつーかさぁ…。」
 「ん?」
 「ここの北東の街に、ティントってあるじゃん?」
 「あぁ、あの鉱山の街か。」

 そこから言葉を選び始めた彼女に「続きは?」と急かしてみる。だが、急かしたことを少しだけ後悔した。
 彼女は、もう一口水を飲んでから、諦めたような焦ったような顔でポツリ。

 「私……そこに、仲間置きっぱだったわ…。」
 「…………。」

 ・・・・・・流石に呆れた。






 仲間とは、どういった仲間なのか。
 そして、いま自分が、どこで何をしているのか伝えた。この地で起こっている戦争に参加し、同盟軍に身を置いていると。

 「そっか…。きみが戦いに…。」
 「うん、まぁね…。一応、私もいっぱしに戦えるようになったわけよ…。」

 戦争と聞いて、彼の表情が曇った。150年前のことを思い出したのだろう。
 それにどんな『大義』や『志』があったとしても、結局”殺し合い”であることも、彼は知っている。それを嫌というほど彼が経験してきたことを、は知っていた。自分も、彼と同じなのだから。
 だから、何も言えなかった。

 何となく言葉を閉ざし、窓から外を見た。どうやら空の機嫌は麗しくないようで、先ほどから曇り顔を見せていたが、流れる時間は穏やかだ。だが、いずれこの地も戦火に飲み込まれる。
 すると、彼は言った。

 「俺は、もうこの街を出る。このティント地方も……戦の臭いに包まれてきてるからさ。」
 「……そうだね。その方が良いよ。」

 それしか言えなかった。暗に別れの言葉だ。
 自分は同盟軍のメンバーで、彼は一介の旅人。それを引き止めることなど、どうして出来ようか。共に戦ってくれとは、口が裂けても言えない。もちろん、言うつもりもなかった。

 彼は、真なる紋章を所持している。
 もし、共にいることでそれが露見しようものなら、申し訳がたたない。下手をすれば、昔のように頼られ重荷を背負わされるのだ。
 背負うのは、自分だけでいい。これ以上、彼は傷ついてはならない。同じ苦痛を繰り返し味わうようなことをさせられない。だから、何も言わなかった。

 すると、彼が微笑んだ。

 「…そういう所は、相変わらずというか、なんというか…。」
 「なにが…?」
 「きみの、その優しいところだよ。いま、昔のこと考えてたろ?」
 「……バレバレ?」
 「あぁ、ばればれ。」

 互いにクスリと笑い合う。そう、あの頃のように・・・。

 「ねぇ。そういえばさ。あんたって、読心術でも体得してんの?」
 「は?」

 突拍子もなく投げかけた質問に、彼は口をポカンと開けて目を丸くした。確かに、話が飛ぶに飛んだが、そこまで驚くことかと思う。

 「だって、あんたって、昔から……私の考えてること、よく分かってたじゃん?」
 「あぁ、そういうことか…。」
 「ねぇ、なんで?」
 「………秘密。」

 悪戯を思いついた子供のような顔で、彼が笑ったのがなんとなくムカついたので、食い下がってみる。

 「いいじゃん。教えてよ。」
 「駄目。」
 「誰にも言わないからさー!」
 「無理。」
 「ケチだなお前! ケチ男!!」
 「…まったく。相変わらず口が悪いなぁ…。」

 可愛らしい罵声を送ってみるものの、彼は、笑うだけで断固として答えてくれない。

 「、教えろ。」
 「だから、駄目。」
 「教へろ。」
 「変な言葉使っても駄目。面白いだけだから。」

 「………。」
 「…………………ぷっ!」

 どうやら「教へろ」が、後からジワジワ効いてきたらしい。彼は次第に大爆笑しだした。
 やけに遅い発動だなオイ、と思いながらそれを見つめていたが、その笑いが終える気配はない。

 「あんた、笑い過ぎ…。」
 「ぷッ! だ、だってさ…!」
 「いい加減、笑い止みなよ。」
 「む、無理………ごめん………………あはははははははははっ!!!」

 どうしてそこまで大爆笑できるのか分からない。だが、なんとなく不快だったので、椅子から立ち上がり拳をバキボキ鳴らした。
 自分ひとりだけで楽しむなんて、なんかつまらない。

 「こっの……………………………天誅!!!!!」
 「ッで!!??!?」

 ゴンッ! という音と共に、少年のうめき声が食堂に響いた。

 ふと、思い出す。
 そのやり取りが、昔・・・・あの頃にもあったような気がして。
 懐かしさの余り、苦い想いと共に、吹き出した。