[なごみの時間]
ティント市内を目指した達は、市内をゾンビが闊歩しているのを見て、別の場所からの侵入を試みた。
市内に繋がっている坑道を使うことで、内部は道が入り組んでいたものの、順調に進むことができた。
あと少しで市内に入ることが出来る。そんな時に限ってストーンゴーレムに遭遇したが、の持つ雷紋章や、ルックの風紋章での攻撃、の盾紋章やの水紋章での回復の甲斐あって、難無く突破した。
市内に入り、聖堂へ向かうと、ネクロードがいた。
カーンが言うには、彼は『現し身の秘宝』を使うという。しかし、彼の祖父が生み出し、彼の父が伝えたという『秘術』を使うことで、その秘宝を封じることができる。
そう聞いたビクトールが、かつてない名演技を見せ、カーンが秘術を作動させるための時間を稼いだ。
そして、ネクロードが解放しようとした”月の紋章”を、正当なる継承者であるシエラが封じる。
達が負ける要素は、もう何一つなかった。
ネクロードは、必死に抵抗を試みたものの、歴戦の猛者達の前には成す術もなく。
彼は、月の紋章をシエラに返すことで、何とか命を助けてもらおうと考えたようだが、彼女は紋章を取り返して満足したのか、彼に興味をなくしたように素っ気なく「わらわの用は済んだ。後は、おんしらの好きにせい。」と、ビクトールに全ての采配を託した。
ビクトールと、彼の持つ星辰剣の力によって、数百年という長い時を蹂躙してきた吸血鬼は、ここに滅んだ。
そうして、ティントでの戦いは、二日と待たずその日のうちに決着がついた。
先に戻っていて下さい、と言ったの言葉に素直に感謝を示して、はを連れて本拠地に戻った。
彼を自分の部屋へと案内する。最初、彼はそれを断っていたが、『達が戻るまでは』と強く言うと、渋々了承した。
こうして、同じ部屋で寝起きを共にすることになった。
当然、ここで問題が起きた。「ベッドを使え」と言うも、彼はそれを断固として拒否したのだ。客人であるのだから、遠慮する必要はなにもない。そう言っても、彼は「俺はソファでいい。」と聞かないのだ。
何をそこまで遠慮する必要があるのかと思ったが、どうやら彼の信念は揺るがないらしく、は仕方なしにベッドを使った。
それからは、なにか入り用がある時以外、部屋で二人の時間を過ごした。茶を楽しんだり、ベッドでごろごろ寛いだり、欠伸をしながら窓から外を見てみたり・・・。
だが、それも3日4日も経てば、流石に気分が滅入ってくる。彼が「そろそろ外の空気が恋しいな…。」と言ったため、城内やら外にある専門店やらを一緒に見てまわった。
紋章屋にいた店主には、流石に彼も驚いたのか「真の紋章を…?」と聞いていたが、その妖艶な微笑みにはぐらかされてしまい、答えは聞けずじまいだったが・・・。
そうこうしている内に、5日が過ぎた。
その日の昼過ぎ。
達が兵を纏めて戻って来た、という知らせが城内に届いた。
ちょうどその頃、とは、屋上の梯子を渡った先の屋根で昼寝をしていた。
風が緩やかに頬をくすぐり、髪を揺らす。
眼下に見渡すことのできるデュナン湖では、漁をしているのか、小さな船やら男達の声やらが僅かに聞こえてくる。
寝転がって空を見上げている自分の隣で、片膝を組んでいたがふと呟いた。
「ここは……良い所だな…。」
「ふふっ、でしょ?」
「根性丸を思い出すよ。」
「あっははっ! 懐かしい名前聞いた!」
見ると彼は、眼下にある湖面を見つめていたが、やがてあの頃に想いを馳せるよう、ゆっくり目を閉じた。思い出しているのだろう、あの海を。仲間達と共に戦ったあの日々を。
彼にならうように、目を閉じた。そして、記憶を呼び起こす。ここから、ずっとずっと南に位置する場所にある、かつての仲間達が眠るであろう彼の地。どんなに時を経ても変わらない、彼等と過ごした大海原。過ぎて行った、数々の日々。
ゆらゆらうつろう湖面のように、その記憶の波間を漂っていると、彼は思い出したように問うてきた。
「ここには……、この場所には、再び宿星が?」
「うん。3年前のトランであった解放戦争と同じだってさ。そういえば、その時も宿星が集まったって聞いたけど…。」
「…そうか。」
そう言って立ち上がった彼は、背を向けて、梯子も使わず屋根から飛び降りた。それを視線で追いながら、声をかける。
「どこ行くの?」
「この城、釣り場があるんだよな? 船着き場に行ってくるよ。」
「そっか。……晩飯どうする?」
「一緒に食べよう。陽が沈んだらレストランに集合、でいいか?」
「あい、了解ー!」
軽く手を振りながら階段を下りていった彼を見送り、また空を見上げた。だが、それにも段々と飽きてきたので「よっこいしょ!」と言いながら身を起こす。
すると、後ろから声がかかった。
「……婆くさいよ。」
「ん? あ、ルックじゃん。」
「……なに? 僕じゃ不満なわけ?」
「そんなこと思ってないし、言ってないし! いちいち揚げ足取るなっつーの!」
梯子を使って屋根に上がって来た彼が、隣に立った。
「随分と遅いお帰りで。」
「……軍を引き連れてるんだから、転移で戻って来れるわけないだろ。」
「まぁまぁ。長旅、ご苦労様でございました。…そんで、いつこっちに着いたの? さっき?」
「そうだよ。」
「部隊の人達は? ちゃんと労った?」
「……別に、そういうのは、がやればいいじゃないか。」
会話のやりとりをしながら、仕草で『座れば?』と促すと、彼は素直に腰を下ろした。本当に、変な所で素直さを出す奴だ。
「あれ? ってことは、に会った?」
「……ついさっき、階段ですれ違ったよ。」
「ふーん。そっか。」
それから暫く、無言。
目の前の少年が、それ以上なにも言わないのなら、達も特に問題なく戻ってきたのだろう。ちらりと視線を動かすと、瞳がかち合った。
「ん、どした?」
「……別に。」
「そう?」
「……そうだよ。」
「そっかぁ…。」
「…………。」
「ねぇ、ルック。」
「……なに?」
「んー。」
「……言いたいことがあるなら、はっきり言いなよ。」
「分かった。…………ありがとね。」
「……なにが?」
「ふふっ、秘密。」
「……切り裂かれたいの?」
「うぇー、痛いのは勘弁。でも、お礼が言いたかった。黙って受け取ってよ。」
「……………。」
「あのさ。そういう時は、普通『どういたしまして』とか言わない?」
「……何も言わずに受け取ってって言ったのは、きみじゃないか。」
「なに? やけに素直じゃん? ってか、ようやく反抗期終わったの?」
「……はぁ。本当に、きみって…」
「ん、なに?」
「……何でもないよ。」
何でもない、とは言っていたものの、彼は、むず痒そうな顔をして目を逸らした。礼を言ったあとに『意味が分からない』という顔をしていたが、どうやら時間差で理解してくれたようだ。その中に少しだけ照れがあるのに気付いて、思わず笑みを零しそうになる。が、それをすれば、彼が拗ねてしまうことを知っていたため、ぐっとこらえた。
まぁ、いいか。だって彼は、なんだかんだ言いながらも、帰ってきて一番に自分に会いにきてくれたのだから。下手にからかうのは止めよう。・・・・切り裂かれるのも嫌だし。
だが目敏いのか、それとも隠しきれてなかったのか、彼が僅かな反応を見せた。
「……何がおかしいのさ?」
「あれ、バレた? まぁ……あんたは、ホント可愛いなぁって…」
「……なるほどね。あぁ、よく分かったよ。僕を怒らせたいんだよね? 切り裂かれたいんだよね?」
「ちょ、ちょっと待って! ごめんごめん、冗談だって!」
本気で怒られる前に立ち上がり、梯子を使わずそこから飛び降りた。彼の視線が自分を追っているのは分かったが、構わずに声をかける。
「ねぇ。」
「……なに?」
「お茶しない?」
「………。」
「ついでに、昨日焼いたクッキーもつけてあげるから。ね?」
「…………はぁ。全く…。」
彼は、自分が誘い出したら『うん』と言うまでしつこく粘ることを、よく分かっている。呆れたようなため息をこぼしながらも、腰を上げてくれた。
しかし、今しがた上がったばかりの梯子を下りるのが面倒くさいのか、なにやら難しい顔をしていたので、取りあえず手を貸してやる。
屋根から下りて乱れた服を整えながら、彼は、疑うように問うてきた。
「失敗して……ないだろうね?」
「もちろん! 今日のは、バッチシだよ!」
「それなら……別にいいよ。」
そう言って、彼が自分の右手を取った。その行動を見て『なんと珍しい』と思ったが、口にすることは控えた。嬉しさがあったからだ。
なんとなく、握った手に力を込めてみた。すると彼は「…痛いんだけど?」と小さな抗議。
ふと、彼と初めて出会った頃を思い出す。
あの頃。
自分よりも、ずっとずっと小さかった、その手。それが今や、もう同じくらいの大きさになっている。成長期ゆえ、いずれ自分のそれよりもう一回り大きくなるか。
なるほど、自分が、ババアと呼ばれる歳になるわけだ。
過ぎた歳月に抱くのは、僅かな感傷。
けれど、そっと握り返してくれたその手に、頼もしさを覚えた。
「ね。今日は、なにが良い?」
「……別に、なんでもいいよ。」
「じゃあ、あんたの好きなミントティーにしよっか!」
「………うん。」
優しい光の波に身を任せて、二人は屋上から姿を消した。