[月と罰]
とある昼のことだった。
その日は、とを誘って、レストランへ足を運んでいた。
中に入ると、赤を基調とした可愛らしいチャイナドレスを纏ったウェイトレスに、席を案内される。
メニュー表をもらって注文を終え、食事が運ばれてくるのを待つ間、今度はピンクのチャイナを来たウェイトレスの持ってきてくれたお茶を口にしながら、早速に切り出した。
「で、大丈夫だったの?」
「え? えっと…。」
「…。主語をつけないと、が理解できないだろ?」
唐突に切り出された話題に困り顔をしたに、がおしぼりを渡しながら突っ込んだ。だが確かに。『何が』の部分をすっ飛ばしていきなり切り出したら、誰だって戸惑うだろう。
そう思い直し、おしぼりを受け取りながら「ごめんごめん。」と笑った。
「んで、ティントとは、無事に同盟結べたの?」
「あぁ、そのことですね。はい、無事に!」
「ごめん、。彼女は、こう……いつも突拍子ないから。」
ははは、と何がおかしいのか笑っている彼に「失礼な!」とおしぼりを投げつける。彼は、片手でそれを軽く受け取りながら、クスクス笑った。
と、何か思い出したように頬杖をつき、急に押し黙る。
「……?」
「ん? あぁ、どうした?」
「いや…、あんたの方がどうしたの?」
「どうって…?」
「急に黙りこんだら、誰だって気になるでしょ?」
「あ、あぁ……それもそうか。ごめん。」
「で、どうしたの?」
じっと、そのドジャーブルーの瞳を見つめる。
彼は、何やら考えていたようだが、やがてポツリと言った。
「シエラは……月の紋章を、取り戻したんだよな…?」
「あぁ、そういえばそうだったね。………あ!!!」
気取らせるような、彼の言葉。それで思い出した。
そうだ。彼女は、真なる紋章を持っている。
同時に、自分の”使命”を思い出していると・・・・
「。」
涼やかな可愛らしい声が、彼を振り返らせた。
一同が目を向けると、そこには話題の人であるシエラが、優美な笑みを見せ立っている。
「やぁ、シエラ。どうしたんだ?」
問う彼を無視し、彼女は、に「席を詰めぬか。」と実に尊大な態度で言った。そして慌てたを奥へつめると、優雅な動作でそこへ腰かける。
ネクロード退治に向かった際、彼女の不遜な態度は、全員が知っていた。だが、見かけとは大層違った”それ”にだいぶ慣れたとは言うものの、どうしてもそのギャップが掴みきれなくて、苦笑いを浮かべるしかない。
赤チャイナのウェイトレスが、さきほど注文した品々を運んできた。そこでようやく追加の客に気付いたようで、「ご注文は?」と問う。彼女の代わりに「トマトジュースと、鶏肉のソテーをニンニク抜き、野菜多めで。」と答えたのは、だ。
当然といわんばかり、シエラは笑みを浮かべている。
「ふん、分かっておるではないか。」
「まぁ…ね。」
褒めてつかわす、と言いたげな彼女に、彼は苦笑い。
その空気で、なんとなく邪魔をしてはいけない、邪魔をすれば痛い思いをしそうだ、と考えていた自分とは真逆だったようで、が首を傾げて素直に問うた。
「シエラさんとさんって、お友達なんですか?」
「え? あ、あぁ…まぁ、そんな感じ…」
「馬鹿を言うでない。こやつは、わらわの小間使いじゃ。」
「シエラ…。本当に、相変わらずというか何というか…。」
小間使いと言われ、苦笑いし通しの。そんな彼を見て、彼女は面白そうに口元を緩めている。仲が良いんですね、と笑顔を見せる。
は、それを傍観しながら、一人『取り残されたなぁ』と思った。
が、ふと視線を感じ、そちらへ目を向けた。目が合ったのは、何か物言いたげなシエラ様。それは殺気立ったものでも、値踏みするようなものでもなかったが、なんとなく気にかかった。ワケが分からず、取りあえずニコリと笑ってみると、彼女はに向けて言った。
「…。この者が、おんしの言っておった…」
「ま、待ってシエラ!? ちょっとたんま!!」
彼は、咄嗟に彼女の口を両手で覆った。その素早さは、同盟軍のどこを探しても真似出来る者はいまい。一瞬にして席を立ち、向かいの彼女の後ろに回り込む程のスピードだ。
この者って、私のこと? 言っておったって、なに?
・・・・あんた、なに言ったわけ? 彼女にどんな話をしたわけ?
瞬間的にそう考えた自分の心情を知ってか知らずか、彼と彼女は『口を塞ぐ』『手を外そうとする』といった攻防を繰り広げている。
仕方なしにと閉じただろう彼女の口を、ようやくが解放した。と思ったら、咄嗟に怒声が飛ぶ。
「! おんし、わらわにこのような事をして……ただで済むと思うておるのかえ!?」
「分かった! 俺が悪かった! 本当に悪いと思ってるから、雷だけは勘弁してくれ!!」
怒るオババに、両手を合わせて謝る彼。
そして、それを隣に間近で目撃して目を丸くしている。
・・・可哀想に。まだこんなに若いのに。これで女性恐怖症にでもなったらどうするんだ。
苦笑いが止まらず、ただ傍観していた。
シエラは、一通り怒りを爆発させて気が済んだのか、目を細めて鼻を鳴らす。は、それに安堵したのか、息をついてから席についた。
「とにかく……その話は、また後でにしてくれ。」
「ふん。まぁよいわ。」
「あの……えっと…。」
自分と同じく、さきほどから蚊帳の外のが何か言いかける。だが、の笑顔───聞くなよ、という圧力────に負けてか、しょんぼり項垂れた。
「さぁ、食べよう。ほら、も。」
「……う、うん。」
そう言いながら、彼はシエラにナイフやフォークを、そして”箸派”の自分とに箸を渡してくれた。
「いただきます…。」
「…僕も、いただきます…。……さん。頑張って、食べましょう…。」
「うん、私、頑張る…。」
「大丈夫です……僕も、頑張りますから…。」
それまでお腹が空いてどうしようもなかったはずなのに、食欲が一気に失せた。ただ彼らのやり取りを見ていただけなのに、なんだか疲れた。心頭滅却する術を覚えなくては、この二人にはついていけないかもしれない。
ならず、までもがそう思った。
だが、なんとなく、彼が彼女に何を言ったのか想像ついてしまったので、黙って料理を口に運んだ。
食事を終えて会計を済ませると、は「会議があるので!」と、手を振り走って行った。
さてこれからどうするか。そう考えていると、それを遮ってが「ちょっといいか?」と聞いてきたので、その流れに任せた。彼がシエラに目配せをしたことで、先ほどの予想が間違っていないことに気づく。
「オッケー。」と答えると、彼は「じゃあ、人のいない場所に行こうか。」と言って歩き出した。
シエラの後ろをが歩き、は、更にその後ろについた。
どうやら城から出るようで、それならと思い口を開く。
「ねぇ。城から出て、ちょっと遠い所に行くんだよね?」
「そうだけど……どうしたんだ?」
「だったらさ、転移使えば良くない?」
「転移じゃと…?」
途端、シエラが眉を寄せた。その意図を汲み取ったのか、が「彼女は、それを使えるのさ。」と答える。
そのやりとりにどんな意味が込められているのか分からないが、とりあえず、二人の会話が終わるのを待つことにする。
「彼女は、同盟軍では”戦士”として戦ってるけど、実は紋章術にも長けているんだ。」
「…それなら、何故ネクロードを倒しに行ったとき、それを使わなんだ? 転移が使えるのなら、あやつの所まで、あんな苦労せんでも辿り着けたではないか。」
「それは……まぁ、彼女にも色々事情があるってことで…。」
「事情、となぁ…。」
そこで会話は終了したようだ。
なんだか気まずい空気になって、は、視線を明後日の方へ向けた。
ルックはもとより、も転移魔法を使うことができる。
ルックは、同盟軍に来てからそれを人前で多用していたが、は違った。それを使用するのは、必ず人目を忍ぶ場所か、または城から出て少し歩いた場所だった。
なぜかと問われれば、答えは簡単だった。
「僕は、別に構わないけど、きみは、絶対に転移を使えることを知られない方が良いよ。」と、ルックにキツく言い含められていたからだ。
どうしてそこまでキツく言われるのか理由を問い正したものの、「…きみは、黙って僕の言う通りにしてれば良いんだよ。」と、彼は、それ以上頑として口を開かなかった。
故に、とりあえず彼がそこまで言うのだからと、仕方なしにその約束を守っていた。
だが、実はこれには、ちゃんとした理由があった。
そこには、ルックの強い意思があった。
彼は、紋章術を主体として戦う人間で、基本的に攻撃はロッドを使用する。しかし残念ながら、その攻撃力は皆無に等しかったので、パーティーに入っていても基本は後衛、紋章による援護のみ。
だが、は違った。
彼女は、刀を使うために前衛でしか戦えないが、一応、一般人より紋章術に長けている。それより何より、誰よりも強い魔力を持っていた。
ということは、前衛では攻撃を主体に、後衛では土の上位紋章での援護も期待できる。それだけで、彼女の”戦士”としての利用価値、同盟軍への貢献度は格段に上がるのだ。
しかし彼は、そこで考えた。
それだけでも『価値』を見出されてしまっているのに、これで更に転移を使えるとなると、軍主や軍師が、彼女をパーティーから外さないだろう。
それに、もし彼女がそれを使用できることが露見し、己の考える通りになったとしたら、きっと彼女は断れない。体をどれだけ酷使しても、『頼られているのだから』と、期待に答えようとするだろう。
だからこそ、ルックは、彼女にそれを強いた。
転移が使えることも、真なる紋章を持つことも、絶対に知られてはいけない、と。
それは、彼女に対する彼なりの優しさであったし、意思であったし、また我が儘でもあった。
話を戻して。
「それじゃあ頼むよ。」と言われて、は右手を掲げた。宙から光が落ち、波紋を広げた後、「そこに入れば、適当な場所につくから。」と告げて、二人がその場に立つのを待つ。
ふと、の視線。その瞳は、自分の右手に注がれている。
「…どしたの?」
「いや……なんでも。」
「なんで右手見てんの? なんかついてる?」
「それ……使ってくれてるんだなって思って。なんだか嬉しくてさ…。」
「……あっ、そっか!」
嬉しそうに頬をかいた彼を見て、自分の右手に宿している紋章の事を思い出す。
そうだ。このカモフラージュ用の紋章は、彼が150年も前に自分にくれた物。
ネクロードを退治に行った時に、は、ひとつ嬉しい発見をした。自分が150年前に贈った”大地の紋章”を彼女が身に付け、今でも使用していてくれていたのだ。
それが、とても嬉しかった。
「本当に…今更だけど、ありがとうね。あんたが、コレをくれたから……私、今もこうやって戦えてる。」
「そんな…。きみが喜んでくれるなら、いくらでも…。きみが望むなら、どんな物でも調達するし、どんな事だってやってのけるさ!」
「いや、流石にそれは……。それに、もう左手にも額にもつけちゃってるし…。」
「それじゃあ、もし入り用な物があったら、いつでも俺に言ってくれ。きみのために、知り合いに頼んでみるからさ。そういえば、最近常連になった店で、夢幻羽織を見かけ…」
「うおッほおぉんッ!!」
突如、横から上がった激しい咳払い。
驚いて視線を向ければ、『まだ待たせるのか!?』と言いたげなシエラ様。
「あ……と、ごめんね、シエラ。」
「分かった! ごめん、シエラ! 俺が悪かった! だから雷だけは…!」
「ならば早うせい!!」
どうにかオババ様の怒りを宥めたあと、彼は彼女を伴って、先に転移の輪の中に入った。
それがどうにも可笑しくて、もう少し彼を驚かせてやろうかと考える。
「そうそう。ねぇ、。」
「ん?」
「知ってる? ジーンさんだけじゃなくて、ここには、ビッキーもいるんだよ?」
「えッ!?」
ビッキーも!? と言いかけた彼は、そのまま地面に吸い込まれて行った。
驚いたまま飲み込まれた時のその顔が可笑しくて、誰も居ない場所で声を上げて笑った。
そして、目を閉じて、自分も光に身を任せた。