[一人じゃない]



 達がティントから戻って来てから、半月が経った。

 その間は、平和そのもので、と出来るだけ二人の時間を過ごしていた。
 途中、槍でも降るのではないかという程ルックが部屋に訪ねて来たり、ナナミが料理の試食をお願いして来たり、それをが止めに入って、代わりに食べては医務室へ運ばれたり・・・・。

 半月という時間であったが、本当に、色々あった。



 そして、その日。
 が、とルック、、といったメンバーでお茶会を開いている所に、突然シーナが訪ねてきた。

 彼は、滅多矢鱈に、の部屋には近づかない。
 それは『今は、二人にするべきだ』と考えているや、その意見に賛同した、更には『誰がお前なんかに!』と全身で不機嫌を露にしたルック三人の、連携した徹底妨害によるものが大きい。
 ある程度の時間をかけて、ようやく彼等3人が彼女の部屋に出入りするようになったのは、つい最近のことだ。
 彼女は、未だに全くと言っていいほど気付いていないようだが、部屋の前で繰り広げられる睨み合いだったり、剣劇だったり、紋章術だったりの攻防戦をなんとなく察知していたは、終始苦笑いしていた。

 そんな彼等の天敵がノコノコとやって来たのだから、部屋には無駄な緊張が走る。
 無粋な訪問者を見て、まず眉を寄せたのはルックだった。そして、シーナを睨みつける彼を目にしたが、困ったような呆れたような溜め息。

 「シーナ、きみ…」
 「ち、違うッ! 誤解だ! ちょっと待ってくれ! 俺は、シュウに頼まれただけで…!」

 彼の言うことは、きっと本当だ。
 なまじ、それまで、ある程度の加減された棍を振り下ろされたり、さりげなく本気度の高い力の籠ったトンファーでひっ叩かれたり、本気で殺しにかかっているとしか思えない威力の風魔法で切り裂かれたりしていれば、流石の彼も懲りる。
 英雄と呼ばれる少年二人に、切り裂き大好き風小僧。その恐ろしいほどの連携を見せる三人攻撃を、部屋に侵入しようとする度に食らっていたら、流石の彼も『彼女に手を出してはいけない』と分かるはずだ。

 ルックの右手が輝き始めたのを見て本気で恐れをなしたのか、あわわとの後ろに隠れた彼をさすがに不憫に思ったのか、が待ったをかけた。

 「シーナ……いったい…どうしたんだ…?」
 「おぉ、! お前は、俺を信じてくれるか!?」

 天の助け、とばかりに両手を合わせて拝むシーナに、は苦笑いした。
 それでもちょっとだけ、と言わんばかりに彼女にウインクして───瞬間、ルックの目が据わったが───彼は話し出した。

 「。シュウの奴が呼んでたぜ?」
 「え、本当?」
 「あぁ。なんでも、グリンヒルの件で話があるみたいだ。」
 「そっか。うん、分かった! ありがとう!」
 「あー、それと……ちゃんとルック、お前らのことも呼んでたぞ。」

 思い出したように追加した言葉に、が目を丸くする。

 「さん達も?」
 「あぁ。戦に出陣する奴らは、全員召集かけろって言われたんだ。まったく……なんで俺が、こんな使いっ走りみたいなこと…。」

 俺はトラン大統領の息子だぞ、とブツブツ不満を垂れる彼をがさり気なく宥め、ルックが不快そうに睨み続ける。
 それを見てから、は、に視線を向けた。一瞬かち合ったが、彼はすぐにそれを伏せる。でもそれでいいと思った。
 自分達がしているのが『戦争』だということを、こういう時に嫌でも思い出させられる。そして自分が、そのまっただ中にいるということも。
 望まぬ同種族の殺し合い。目を伏せた先に浮かぶのは、敵味方の区別がつかぬほどに積み重なった、死体の山、山、山。大地が、河が赤に染まる中で、ただ戦うことしか出来ない自分。

 「…………。」

 行きたくないと思った。けれど行かなくてはと思った。
 それが、自分に示された道。自分に託された使命。
 自分が選び取った・・・・・・・この世界なのだから。

 ルックが席を立った。それにならい腰を上げると、彼は何も言わずに部屋を出て行く。
 とシーナも、それに続いた。
 部屋に取り残されたのは、自分と、と、

 が、口を開いた。

 「。」
 「ん?」
 「俺達は、ここで待ってるから。」
 「……うん。行って来る。」

 気持ちを切り替えるよう背筋を伸ばし、扉に手をかけた。






 黙って彼女を見送った彼を、は静かに見つめていた。
 彼は何も言わない。なにも、しない。
 それが、同盟軍に示した彼の『条件』なのだから。

 「さん…。」
 「どうした?」
 「彼女は…」

 それ以上、言えなかった。言葉が詰まる。例えそれ以上を言葉にしたとして、なんの意味を成すというのか。
 だが、そんな自分の心情を読み取ったのか、彼は言った。

 「きみには、色々と迷惑をかけて………済まない。」
 「いえ…。」

 まるで、その先その先を読み取り続けるかのように、彼はそう言った。
 不思議に思う。どうして彼は、自分のその言葉の先を理解し得たのかと。
 それに気付かぬフリをして、彼は、棚にある菓子を取るため席を立った。そんな彼が振り返るまで、は、じっとその背中を見つめていた。






 大広間につくと、シュウは『グリンヒルを奪還する』と皆に告げた。
 やテレーズの賛成によってあっさり話は決まり、会議は10分もかけず終了。あっという間だった。

 皆が去った後。
 自分に何か言いかけたルックは、それを止め、光を残して広間を出て行った。

 これからまた起こるだろう”戦の恐怖”に、は、一人小さく身を震わせた。






 夜を迎えていた。

 部屋に戻ったは、と二人で酒を酌み交わしていた。
 酒場に行っても良かったのだが、如何せん人が多い。は、成人した後に真なる紋章を宿したために酒場で飲むことはできたが、はそうもいかなかった。彼は、20にも満たない年齢で”それ”を得た。年齢的には、とっくにその歳を超越していたが、やはり見かけが物を言う。下手に酒場に出入りしていたら、それこそ女主人に説教を食らうだろう。
 そう考えたからこそ、は酒場から調達した酒を持ち、自分の部屋で飲むことにした。

 それは、戦いの日々を僅かでも忘れることの出来る、一時の楽しみ。
 夜の紋章の件以来、戦の前夜に酒を飲むことが習慣になっていた。
 逃げる、とまでは言わない。から見ても、彼女が逃げているとは思えなかった。
 戦の最中ではあるが、せめて前夜に酒を飲むぐらいは、許されてもいいだろう。

 は知っていた。彼女が脆いことを。
 精神面は、人それぞれ大小あるが、、そしてルックから見ても、彼女は弱かった。彼女は、優し過ぎた。繊細なガラス細工のように、手から離してしまえば簡単に砕け散るほどに。

 あの頃から、彼女は、本当に何も変わってはいない。

 彼女と共にネクロードを退治に向かった時に、それは更に強くなっているのだと思った。
 坑道で出会ったモンスター。それを、出来る限り殺すことはせず、上手くいなしながら、相手の疲弊を待つか隙をついて逃げだすか。道を阻むから殺すということはせず、戦わないで済むのなら、と。
 しかし、どうしても倒さなくてはならない相手も存在した。前進も後退も許してはくれない相手。そういった相手に、彼女は躊躇せずに戦うものの、それでも倒した後には目を伏せて祈る。せめて安らかに、と。

 そんな彼女だから、心配だった。だから、何も言わずに酒に付き合った。
 それで、少しでも彼女の支えになるのならと。
 例え、それが・・・・・束の間の慰めだったとしても。

 『きみには………きみを愛し、きみを想っていてくれる人がいるんだ……。』

 それを口に出すことはしなかった。今は、まだその時ではない。彼女は、それに気付かないほどに傷ついている。その傷は、まだ乾かない。血が滴り続け、乾く気配すら見えない。
 彼女が求める支えは、自分しかいなかった。だから言えなかった。

 『きみには、まだ”家族”がいるんだ』と・・・・。






 互いに酌をし、雑談を始めてから数刻経った頃。

 ・・・・・ドオォオオォォォオン!!!!!

 「え…!?」
 「今のは…!!」

 突如、城内に大きな爆発音が響いた。

 習慣からか、二人は一気に酒が抜け、瞬時に思考する。
 同時に顔を合わせて武器を手にすると、音がしたであろう場所─────の部屋がある最上階へ転移した。