[予知夢]
まどろむような世界。蕩けるような、幻。
その場所は────全て自分の無意識か、はたまた予知夢に似たものなのか。
無限に枝分かれをしながら広がり続ける、まさに異空間。
いや、空間ではない。それは己が意識の支配する、従来ならば有り得ぬことさえ当たり前に起こる”場所”。
けれど、その世界では、やはり全てが違和感なく進んでいく。壮大なパラレルワールド。
己が意思する世界を、まるで走馬灯を見るがごとく、時間軸の関係なしに流れ行く。流れては消え、消えては流れ。
それもまた、巡り続ける『環』のごとく。
その殆どは、意識の覚醒と共に忘れ去られてしまうけれど・・・・
それは、俗に『夢』と言われる。
夢を見ていた。とても不思議な夢だ。
考えたこともない、ありもしないことが、まるで現実のように流れ行く、そんな世界。
人は、必ず『夢』を見る。
それは、人により彩色が施され美しく見る者と、黒白のモノトーン構成で見る者がいるという。その殆どは、後者にあたる。
しかし、の目には、いま目の前に広がる景色が、はっきりとした色使いで映し出されていた。
いつも夢は見る。それは、何も知らず楽しくて懐かしかった頃の夢だったり、傷をえぐるような夢だったり。
その時によって、全く意識していなかった世界───空間に浮遊している夢であったり。
様々な種類があった。
いつもなら、常人と同じく、モノトーンの世界を見るはずだった。うろ覚えではあるものの、思い出してみても、色艶やかなそれを見た記憶は殆ど無い。
そして、自身の無意識下が司るこの世界では、常識や不変など皆無。違和感を感じるのは、いつもそれから覚めた後だ。
漂える意識の中で、目を開けた。
やけにくっきりと目に映る風景の中、自分は、そこに一人で佇んでいた。
そこは、古びた遺跡だった。見た事もない、想像したことすらない場所だった。
酷く殺風景だ。風と感じられないそれが、髪を揺らしている。
辺りを見回すと、四方が壁に囲まれていた。その壁には、不可解な文字や模様が刻まれており、その中央には、祭壇のような正方形の石造りの段。
上を見上げると、やはり彩色強く美しく彩られた空と雲があった。
祭壇に目を戻す。
すると、先ほどまで誰もいなかったはずのその場所に、人の姿。服装からして、恐らく男だろう。だが、遠目からでも男が小柄の類であることは分かった。
男は自分に背を向けているため、その顔を伺うことは出来ない。しかし、その髪の色を見て、『誰かに似ている』と思った。
それは、まるで、今、自分の身近にいる”誰か”のような・・・・。
『誰……?』
思うと同時に、男の方へ足を踏み出していた。とは言っても、意識がそこへ向かっているだけだったが。
小さな階段を上がり、あと数歩という距離まで縮まった時、突如、男が崩れるように膝をついた。そして大きく咳き込む。
その”音”が聞こえたわけではない。男が右手を口元に当て、肩を何度も揺らしている仕草で、そうと見たのだ。
音が・・・・無い?
景色はこれほどに美しいのに。現実で見るものよりも、もっと鮮明なはずなのに。
この世界には、音が存在していなかった。
『大丈夫……?』
声に出そうとしてみる。しかし、彼には聞こえなかったようだ。
次に、その肩に手をかけようと試みた。しかし、するりとすり抜ける。
『…………なんで…?』
男が、再度咳き込んだ。
と、その口から血の塊が流れ落ち、石畳を真っ赤に染め上げる。吐血したのだ。
『ねぇ、大丈夫……?』
けれど、やはり声は届かない。心配になって、男の前にしゃがみ込んだ。
ここで、不意に男が顔を上げた。だが、見えるはずの顔が全く見えないことに驚いた。まるで、そこにだけ影が落ちたように、何も見えないのだ。自然の摂理に反して施された、暗闇のような影。
だが、顔を見ることは出来ずとも、やはりこの男に見覚えがあった。
彼は、いったい・・・・・・誰だった?
陽が当たるとキラキラと反射する、羨ましいと感じていたオリーブグリーンの髪。
女性にしては、大きな部類に入るだろう自分と比べ、『自分と逆だったら良かったのに』と考えたこともある、華奢で小柄なその体。
そして、いつの間にか自分と同じ大きさになっていた、少し筋張った繊細そうな手。
それは、とても近い・・・・・否、いま自分に最も近い『誰か』ではなかったか?
『あんたは……誰…?』
言ってから、未だ苦しそうに肩で息をしているその頬に、右手を滑らせる。先ほどと同じくすり抜けてしまうだろうとの予測に反して、それはあっさり男の頬をとらえた。
『冷たい……。』
男の体温を、僅かに感じた。その熱は消えかけている。
この現象を知っていた。これは、この現象は・・・・・・・・死?
自分に気付かぬこの男を連れ行こうとする、目に見えぬ気配。それが、纏わりついて離れない。
「あんたは……………死んじゃうの?」
声に、成った。
そして、それは音となり、自分の意識からこの世界に、はっきりと存在を刻む。
男が、その音に気付いて顔を上げた。やはりその顔を見ることは出来なかったが、影のかかった口元が、僅かに動くのを感じた。
「なに……今、なんて……?」
男の声が聞こえなかった。自分以外の音が、この世界には無かった。
男は、まだ口元を動かして、自分に何かを必死に伝えようとしている。
「聞こえ…ないよ……。」
そう言葉にするだけで、他に何もしてやれない自分に腹が立った。
どうして何も出来ないのかと唇を噛み締め、男の頬を両手で包み込む。
すると、ふ、と男が口元を緩めた気がした。そして、一言。
ポツリ、と・・・・。
けれど、それを聞き取る事が出来なかった。
「えっ…!?」
不意に、意識が浮上を始めた。見えない何かが自分の腕を引き、男から引き離す。
身体が空へと引っ張られる。抵抗も出来ずに、されるがまま。
けれど、視線が男を捕らえて離さなかった。
すると、遺跡の入り口らしき場所から女性が現れた。青を基調としたロングドレスを纏う、
とても美しい女性だった。
女性はふらつきながらも、ゆっくりと男に近づいて行く。段々とその場所から遠ざかりながらも、それだけが強く印象に残った。
そして、女性が男の傍に跪き、助け起こしたところで・・・・・・・『夢』は、終わった。
夢は 巡る
流れては消え 消えては流れ
それはまるで 円を描くように
けれど それは
意識の覚醒と共に 忘れ去られる
記憶に残るのは
心を焦がす・・・・・・・・僅かな”欠片”のみ