[言わない]
「。」
「ん…。」
「、起きるんだ。」
「あ…れ……? 私…。」
何度か呼ばれて目を開けた。目の前には、。
眼前一杯に映った彼に驚きながらゆっくり身を起こすと、彼は「おはよう。」と笑った。酷い寝癖のついた髪を指でいじりながら、ぼーっとする頭で彼を見つめていると、いつものようなニコニコ顔が、ふと真面目なものに変わる。
「。」
「…なに?」
「いい? 落ち着いて、聞いて。」
「…ん?」
「ルックが…………戻ってきた。」
思わずベッドから飛び起きていた。すぐに部屋を出ようと、扉に向かう。
しかし、腕を掴まれ引き止められた。
「ちょっと…。」
「、待って。」
「あの子は、どこ?」
「まだ、話しは終わってない。」
そう言って、彼は無理矢理腕を引いた。そして腰に手を回してくる。ベッドに腰掛けていた彼は、立っている自分を見上げる状態だ。
いったいどうしたのだと口を開きかけると、彼は、困ったように笑った。
「ルックは、無事だよ。さっき顔を見てきた。大した怪我もしてなかった。」
「本当に…?」
「うん。だから、心配しなくても大丈夫。」
「良かった…。」
途端に身体の力が抜け、目元が潤む。だが、彼は腕を離そうとはしない。むしろ、先より力がこもっていた。
「あんた、どしたの? なんで…」
「…俺は、そろそろここを出ようと思う。」
「え…。」
唐突な言葉だった。それは、全く予期していないものだった。
どうして? なんで、いきなりそんなこと言うの?
傍にいてくれるって、言ったじゃない。
もう、私には、あんたしか・・・・・。
「…………。」
・・・・・違う。違うよ。
彼だけじゃない。私には、まだ沢山の仲間がいる。や、ビクトールや星辰剣だってそう。まだ”仲間”と呼べる人達がいる。
それに、まだ残されている。ルックという”家族”がいる。私を想ってくれている人が、沢山いる。
私は・・・・・・・・一人じゃない。
「…きみには、きみを想ってくれてる人がいる。」
「うん…。でも…」
「もちろん、俺もきみのことを大切に想ってるよ。」
「………。」
そう言って、彼は笑う。とても優しい顔で。
そして、優しいその手で自分の頬をそっと包み込んだ。
涙が流れた。それは頬を伝い、自分を見上げている彼の額にポタリと落ちる。
「本当は、出来ることなら…………きみと、ずっと一緒にいたい。」
「それなら…」
その言葉に首を振って、彼は否定した。
「本当は、このまま……きみをここから連れ出して、きみの手を取って、どこか遠くへ……行きたいと思うよ…。」
「……?」
ふと、その言葉に首を傾げた。含みを感じたからだ。
その意味を問おうとした。しかし、彼は、自分の胸に顔を埋めて口を閉じてしまう。
考えを放棄してその頭を撫でた。彼は、小さく笑っていた。
「150年前から、ずっと思ってた。きみの隣には、俺がいれたらなってさ…。」
「え…?」
「プレゼント攻撃で、俺……けっこう頑張ってたんだけどなぁ。結局、そのポジションは、あいつに取られてしまったけど。」
「なんの話…?」
「………内緒。」
そんな彼女を見て、は『やっぱり鈍いな』と笑った。
150年前を、思い出す。懐かしい、皆と大海を旅した根性丸での出来事を。
当時、船内では『FC』なるものが結成されていた。
それは文字通り、のファンが集う会。のことが好きでたまらない女性達が集まり、それは会合が開かれるほどだったという。
当の本人であるは、かなり後期に彼女から「そういった裏の組織があるらしい…。」と聞かされていたのだが、その時、彼女が放った一言を、今でも覚えていた。
「あれ、あんた知らなかったの? ……鈍くね?」
彼女の一言で、その当時、最大の謎を解明するに至った。『どうして彼女は、自分と二人でお茶することを嫌がるのか?』という謎を。
彼女は、必ずといっていいほど、自分と二人だけで行動するのを断った。青かったあの頃は、勇気を出して「二人でお茶しない?」なんて誘ったこともある。しかし、彼女から返る答えは、必ず「じゃあ、他の人も誘おう!」だった。
もしかして、俺、見込みないのかな? なんてらしくなく落ち込んだこともある。しかし、そうではないということが『彼女が、FCの存在を知っていた』ことで明らかになった。要は、ファンの女の子達の視線が恐かったのだろう。
そうだったのかと一人納得し、その当時は、ものすごく安堵した記憶がある。
それらを一瞬で思い返し、思わず吹き出した。きみも人の事を言えないだろ、と。その胸に、顔を埋めながら。
笑っていると、彼女から「…なに笑ってんの?」と不満そうな声。
・・・・ほら。もう、きみは忘れてる。
この話の直前に、俺がきみに教えたこと。きみ大切な家族が、帰ってきたこと。
俺の出したナゾナゾを考えるより先に、きみには、行かなければならない場所があるはずなのに。きみはいつだって、新しい疑問が浮かぶと、その前のことを忘れてしまう。
でもね・・・・・・
そんな所も、好きだよ。好きだ。大好きなんだ。
きみのことが、ずっと好きで、好きで・・・・
そんな所が、今でも、ずっとずーっと大好きなんだ。
でも、そろそろ、きみを行かせてあげないといけない。それが俺の役目だから。
じゃないと、あの少年が拗ねてしまうだろうから。
「ところで、。」
「なに?」
「ルックの事なんだけど…」
「あっ!」
そうだ、と目を瞬かせる彼女がおかしくて、また笑ってしまった。夜も寝付けなくて、夜更かしして彼の無事の帰りを待った挙句、ようやく睡魔に負けてこんな時間までずっと寝ていたのに・・・。
まったく、本当にきみは見ていて飽きない。そう思ったが、それを口に出してしまったら、きっと鉄拳の一つや二つ降ってくるに違いない。
だからは、腕を解くと、「医務室で横になってる。早く行っておいで。」と笑顔を見せた。
「医務室ね? じゃあ早速……!」
「行ってらっしゃい。」
「あ、でも…」
不安げな顔。
今、彼女が考えているだろう事に、笑みを見せて否定してやる。
「大丈夫。いきなり居なくなったりしない。」
「…本当に?」
「あぁ。俺、きみには、嘘をつきたくないから。」
「…分かった。行ってくる!」
そう言うと、彼女は、勢い良く駆け出した。
パタン、と閉められた扉を、ただ見つめていた。それまで浮かべていた笑みを、何処かへ消し去りながら。
今頃、彼女は「早く!」と階段を駆け下りているだろう。
そんなことを想像しながら、彼女に届かないと分かっていても、言葉は零れた。
「俺は………言わないよ。そして、きみも…………気付かなくていいんだ。」
そして、もう一人。
もう、この世にはいないはずの、”彼”へ向けて・・・・・
「どうして……。なんで、を置いていったんだよ………………テッド……。」
その声は、今にも泣き出してしまいそうな。今にも壊れてしまいそうな。
届かない者への、届かない想い。
どこへ宛てたら良いかも分からない・・・・・・送り先の存在しない、虚しい言霊。