[星の集う船]



 師の意向によって、突如、旅に出ることになった
 いきなり呼び出されて告げられた出立、そして、行き先さえ告げられることのなかった強制転移。
 自分が一体何をした! と憤慨するのも、致し方なかった。



 転移の光が消えたのを感じ、そっと目を開ける。
 だが、目の前に広がった光景に、思わず絶句した。

 「……………………海?」

 視界の先には、蒼く広大な大海原。まるで夢でも見ているようだ。
 何度か瞬いてから、辺りを見回す。港なのだろうとわかるほど、大小様々な船が停泊していた。

 「なんで……こんなおっきぃ船……?」

 首を傾げた。トラン地方に、ここまで大きな船はあっただろうかと。確か湖ならあった。大きな大きな。何度か、ルックにせがんで連れて行ってもらった事がある。
 しかし、今、自分が見ている景色は、どうみても海にしか見えない。でも、もしかしたら海ではないのかもしれないと思い、指を水に付けて舐めてみた。しょっぱい。
 ふむ、これは冷静にならねばと思い、もう一度辺りを見回す。すると、この港にしてはやけに大き過ぎる船を見つけた。見た感じだと、軽く百人以上は乗船できるのではないだろうか。

 次々と沸き上がる疑問に首を捻りながら、とりあえず腹が減ったので、腹ごしらえでもしようと考えた。だが、一つ大事なことを忘れていた。ポッチを持っていないのだ。
 いきなり旅に出ろと言われ、混乱極まる大パニックの最中に「どうぞ。」と荷物を手渡された挙句に強制転移させられてしまった為、ポケットに金を突っ込む暇すらなかったのだ。

 慌てて『ルック監修・作成』とされる荷袋を漁るも、それらしい物は皆無。
 ・・・兄弟子よ。何故、『おくすり』やら『火炎の札』など、戦闘に使うようなものは、これでもかとばかりに沢山詰め込まれているのに、肝心の金を入れてくれなかった? 第一、戦闘行為なんて高度な技術は、一度も教えてくれた試しが無いじゃないか。
 いつも紋章術の練習ばかりしていたのに、さぁ今から戦え! とばかりに突っ込まれている荷物。やりたくもない旅荷作りをやらされた彼の、これ見よがしの嫌味が見て取れる。
 あのガキ次会った時は覚えてろよ、と愚痴を零しつつも、出るのは溜め息ばかり。

 「あぁ……どうしよう…。」

 これは、出だしから万事休す。思わず頭を抱え込む。
 と、後ろから声がかかった。

 「あ、あの……。」
 「あぁん、もうっ! マジどうしよ! やったこともない実戦で『とっとと砕け散れバーカ!』ってこと? あいつ、どんだけ性格悪いんだよ、オイクソガキがぁッ!!」
 「あのっ!!」
 「あ…?」

 強めに声をかけられて、ようやく気付いた。慌てて後ろを振り返ると、少年が一人つっ立っている。目が合うと、彼は困ったように笑った。

 「何か…、その、困っているようだったから…。」
 「え? あぁ、まぁ…、って…………………あ、あぁッ!!」
 「な、なに!? どうしたの!?」

 突如、気付いたことがある。それで大声を上げてしまった。
 それに驚いたのか、少年が一歩後ずさった。それに「ごめん驚かせた?」なんて可愛い声が出せるほど、今の自分には、余裕が無い。
 この少年に見覚えがあったのだ。というか、一方的に知っている。
 薄いタンのおかっぱ頭に、ドジャーブルーの瞳。頭に赤いハチマキを巻き、赤と黒を基調とした動きやすそうな服を纏う、この少年。

 『この衣装、外見、他諸々…………だ!!』

 例え歴史の記憶が消されようとも、登場人物の名前や印象を覚えていたため、そう確信した。途端、要求がみるみる溢れ出て来る。もっと近くで顔が見たい! なんつー美少年だ! ルックに負けず劣らずじゃないか!! そう思い、勢い良く立ち上がってにじり寄る。
 なるほど、一つ分かったことがある。彼は、自分と同じぐらいの背丈だ。なるほど、なるほど・・・。

 対する少年は、急に立ち上がって間近に迫ってきた自分に怯えたのか、身構えていた。そんな彼の心情などいざ知らず、は感動に打ち震え、少年の肩や腕、果ては足下などをまじまじと見つめ「はぁ、幸せ!」と感慨の声を上げていた。
 と。

 グゥッ・・・・。

 腹が鳴った。

 「……………。」
 「えっと……。」
 「……………。」
 「うんと……。」

 突然すぎて、恥ずかしさの余り顔に熱が集まる。余りに自分がみっともなくて、俯きながら腹に手をやった。
 対するは、なんと声をかけたらよいか、うなりながらの困り顔。明らかに、どうフォローすればいいのか考えているようだった。

 「うぅっ……もう、お嫁に行けない…。」
 「よ、良かったら、俺達の船に来ませんか?」

 腹の音をスルーしてくれた彼の心づかいが、余計に恥ずかしさを煽った。






 「しっかし、本当でっかい船だよねー!」
 「うん。俺の船じゃないけどね。百人以上は、入るんじゃないかな?」
 「へぇー、すげー!」

 彼の有り難い行為を受け取って船内へ入り、話しをしながら食堂へ向かう。
 彼の後ろについて食堂へ入ると、明るい喧噪に包まれた。ちょうど昼食時ということもあってか、食堂は、人でごったがえしていて賑やかだ。
 だが、二人が入った瞬間、一瞬だけ喧噪が消えた。同時に、いくつもの視線が突き刺さる。しかし、それもすぐに終わり(は全く気にならなかったらしいが)、彼は空いている席を見つけると、あそこに座ろうと指さした。
 席につき、さっそくメニューを見る。彼も昼食をとっていなかったらしく、自己紹介がてら一緒に食事をすることになった。

 「私は、。心は、永遠の22歳。宜しくね!」
 「うん。俺は。宜しくね。」

 互いに一礼して、握手を交わす。

 だが・・・・・。

 「ッ…?」

 握手を交わした右手が、ざわっと疼きを発した。
 それは痛みを伴うものではなかったが、波打つような感覚に思わず眉を寄せるほど。

 「、どうかした?」
 「へっ…? あ、いや、何でもない…。」

 驚いて手に力が入ると、彼が心配そうな目を向けてきたので、笑顔で首を振ってみせる。「そう?」と言って、彼は厨房の方を向いて「注文お願いします!」と声を上げた。
 厨房から出てきたのは、ウェイターと呼ばれるには些か問題のある顔つきで、どちらかと言えば『海の男』と言ったほうがしっくりくる男。そして自分を見ると、ニヤリと笑ってを突き出した。

 「おいおい、。いつの間に彼女なんて出来たんだ? しかも年上とは……中々の趣味だなオイ!」
 「か、彼女って…。そ、そんなんじゃないよ。さっき知り合ったんだ。」
 「ほー、なるほどなー?」
 「…顔が笑ってるよ。茶化してる暇があるなら、注文よろしく。」
 「ほいほい。お前はいつものだろ? んで、お姉ちゃんは何にする?」
 「あ、じゃあ…ってか。あのね、先に言っておかなきゃいけないんだけど…。」

 転移を終えてから、すぐに直面した問題。ポッチだ。
 には、船に乗る前にそれを説明した。すると彼は、小さく笑って「大丈夫。俺がおごるから、好きなだけ食べてよ。」と言ってくれた。

 「あぁ、ありがとう! なんて優しいんだろう! このお礼は、身体で払うから!」
 「えっ!? えっ、と……。」

 冗談で言ったつもりだったのだが、年頃の少年は真に受けたらしい。言葉の意味をそのまま想像してしまったのか、顔が次第に真っ赤になっていった。
 それを見ていたウェイターの男は、またニヤリと笑う。

 「おーおー! お姉ちゃん。こいつは、まだその手の話しには疎いだろうから、あんましからかってやんなよ。」
 「おぅ、マジですか? そっか…まだ若いもんね。ごめんね。」
 「なっ、ち…ちがっ…!」

 大人二人にからかわれ、少年が耳まで真っ赤になる。それを見て、またニヤリと笑うウェイター男は、注文も受け終えると笑いながら厨房へ戻っていった。

 「ねぇ、。」
 「ち、違うよ! 俺は、そういう意味で、きみをここに誘ったわけじゃ……!」
 「いや分かってるよそんなの。ってか赤くなり過ぎ。ゆでダコみたいになってるんですけど。」
 「ち、違っ…!」

 このままからかい続けると、沸騰した頭を冷やすため、彼が海に飛び込みかねないと思ったため、「ゴチになりまーす!」と言って頭を下げた。
 頭の中では、先ほどの”疼き”が気になっていたが、それも彼と話しながら食事をしている内に、どこかへ行ってしまった。



 思った通り、彼は十代後半だった。
 まだ成長過程であろうその背丈や、大人の海の男と比べるとまだまだ物足りない筋肉、そして微笑んだ時の幼さ。それが本当に少年らしくて、とても可愛かった。
 だが同時に、彼は、どこか大人びた部分を持っていた。それは、話をしている時に見せるふと影を潜めた時の『暗さ』であったり、ふと静かに笑った時に見える『寂しさ』だったり。
 まだ十代だというこの少年に、一体何があったのだろうと思った。

 彼と話しをしている内に、いくつか驚いたことがあった。
 一つ目は、ここは、自分が暮らしていたトラン地方より更に南方に位置する『群島諸国』と呼ばれる場所だということ。
 二つ目は、彼は今現在、この地方で行われている戦争を指揮する『リーダー』だということ。

 だが、もっとも驚いたのは、三つ目だった。
 それは、太陽暦だった。
 話しの流れで、なんとはなしに聞いただけだったのだが、こともなく彼の口から放たれた言葉に、は、頭を殴られたような衝撃を覚えた。

 「…今年? 305年だよ。」

 それは、自分がいた時より148年も過去だということ。そこから考えれば、レックナートは、自分を過去に転移させたという事になる。
 余りの衝撃的な事実にショックを受け、口元を引きつらせた。それを見て、彼が心配を口にしたが、「何でもない…。」と言う他ない。
 しかし、やはりショックはショックだった。彼は、見たまま嘘をつくような人間ではないと思ったし、ならばその言葉の通り、きっとここは過去。

 では、なぜ師は、自分を過去に飛ばしたのだろうか。
 派生して浮かんだ疑問は、『もし、これが転移として失敗した結果なら、はたして自分は元居た時間軸に帰れるのか?』というもの。
 無意識に、食事の手が止まっていた。

 眉間に皺を寄せて黙り込んでいると、彼が言った。

 「ねぇ、。もし行く宛がないなら、俺達の仲間になってくれないかな?」
 「え…?」
 「無理にとは言わないけど……きみさえ良ければ。」
 「迷惑なんて…思わないよ。むしろ、嬉しいけど…。」
 「…けど?」
 「今、ここじゃ戦争をやってて、あんたは、この群島諸国を率いるリーダーなんでしょ? で、仲間を増やしてる。でも私は、紋章は人並みには扱えるけど、武器を使って戦った事なんて一度もないよ。」
 「大丈夫だよ。武器を取って戦うだけが、戦争じゃない。ここには、戦う以外に皆の食事を作る人、武器の手入れをする人、紋章を扱ったり道具屋を経営したりする人達だっている。」
 「でも…迷惑かけるかもしれないじゃん。」
 「…迷惑? どうしてそう思うの?」
 「私は、何をすれば良いかも分からないし、どうすれば皆の役に立つのか…」
 「それは、これから見つけていけば良いよ。誰にでも『適性』があるんだから、自分に合った仕事を、この船内で見つけてくれれば良い。それに俺は、きみを迷惑だなんて思わないよ。きみが良ければ、ずっとここに居て欲しい。」
 「何で……?」

 正直、彼の考えが理解できなかった。
 確かに、彼の申し出は、自分にとってとても喜ばしいことだ。紋章術の知識はあるが、武器を持たず戦闘経験の無い自分に戦いを強いることはせず、できる仕事を見つけていけば良いと言ってくれた。迷惑だなんて思わないと・・・・そう言ってくれた。
 しかし、自分達は、出会ったばかりだ。出会ったばかりの自分に、どうしてそこまで良くしてくれるのか理解できなかった。

 すると、彼は苦笑した。

 「別に、変な意味で言ってるわけじゃないよ。それに、ここの人達は、良い人ばかりだから。」
 「でも…」
 「『でも』『だって』『何で?』は、なしにしよう。どうして俺がそう思ったのかと言えば……そうだな。って、なんか懐かしい感じがするんだ。」

 顔を上げると、彼がじっと見つめている。緩やかに微笑んで、本当に懐かしいと言うような顔をして。その大人びた表情に、僅かに動揺してしまったので、茶化すように笑ってみせた。

 「ふふ…、何それ? 場合によっちゃ、口説き文句に取られるよ?」
 「えっ、そうなの…?」
 「もしかして、素で言ってたの? ふーん…将来すごいプレイボーイになるね、あんた。」
 「な、何言って…!」

 顔を赤くして立ち上がった少年が、膝をテーブルに打ち付けた。とても痛かったようで、悶絶している。それを見て、思わず吹き出した。
 彼は、更に耳まで赤くして「笑うことないだろ!」と言っていたが、それが更に笑いに拍車をかけた。

 『運命の歯車…。そして、自分を待つ星たち。意味はよく分からないけど…。今はまだ、それでも良いのかな……。』

 そう考えながら、まだ顔の赤い少年に、仲間になることを告げた。