[回想─荒野の対決─]
転移の光が消え去る前に、ルックは身構えた。
何も考えずに転移を使ったため、着いた場所がどこなのか見当もつかなかったが、そう思う暇さえ無いだろうと考えたからだ。
思った通り、光が消える直前に、悪魔が攻撃を仕掛けてきた。襲い来る戦慄に、背筋がゾッとし、手に汗をかく。
一撃目を近距離転移でかわし、二撃目、三撃目とかわしながら、頭を働かせた。
どうする?
次に、どう動けば良い?
どうすれば、この魔物に勝てる?
・・・・・・・?
考えてから、自分のその考えこそが、可笑しいと思えた。
人間ではない? 人外? ・・・・・・魔物?
そのどれもが、自分にも当てはまるじゃないか。
出生、存在意義。そして、魂に絡み決して離れることのない、己が呪われた運命。
それのどこが、目の前で不気味に笑っている悪魔と違う? それのどこが、人間だなどと言える?
結局、大差ない。自分もこの男と同じ、人ではない『何か』だ。
自嘲で、思わず笑う。
「……なんだ…?」
それを訝しげに思ったのか、ユーバーが攻撃の手を止めた。それを横目に、右手の紋章をすぐに発動できるよう調整しながら、眉を寄せる。
ゆらりと剣を構え直して、彼は言った。
「どうした…? その貧弱な腕では、俺の攻撃をまともに受けることも出来んか…?」
「………うるさいよ。」
そう毒づいてみたが、内心焦っていたのも事実。
今まで、黙ってただ彼の攻撃を避けていた、その理由。単に隙を狙っていただけだ。僅かでも隙を見せたら、その身体にドでかい魔法を叩き込んでやろうと。
しかし、先ほどから転移で彼の攻撃を避けていたものの、一向にその兆しは見えない。隙どころか、四撃、五撃と続くうちに、その早さは増していた。
その心境を見抜いたのか、彼は笑う。
「…まあいい。貴様を殺し、あの女を……迎えに行くとしよう…。」
「……………。」
「同盟軍とやらの………本拠地まで、な…。」
言い終わるか終わらないかの内に、彼が攻撃を再開した。思った通り、それまでだいぶ手加減していたらしい。
・・・・馬鹿にするにも程があるよ。
そう思いながらも、益々増してゆく攻撃の早さに、どうしたら良いか分析を始める。しかし、それとは逆に馬鹿にされたことに対する苛立ちがあったのも事実。まるで、自分が簡単に負けることを前提に言っているような、あの口振り。
あれは挑発。挑発だと分かっている。いつもの自分なら、そう簡単に乗ったりしない。むしろ『下らない』とばかりに無表情を貫き、逆に相手の神経を逆撫でするだけの言葉を返せる。
だが、『今』は違った。それは、無視できない言葉だった。
それは『下らない』という言葉で済むものではなかった。
『誰が………お前なんかに…………!!』
苛立ちが増す。同時に沸き上がってくるのは、今まで感じたことのない”殺意”。それは力と成り、無意識に身体を駆け巡る魔力へと変わっていく。
転移を使い、男から距離を置いた。目を閉じ右手に力を込めて、口早に詠唱を開始。
最初で最後の一撃。当たれば息の根を止めることは出来なくとも、瀕死にしてやるぐらいは出来る。だが、外せば・・・・自分の命はここで消える。
けれど『死ぬかもしれない』という考えは、とっくに無くなっていた。そんなこと、もうどうでもいい。
今は、ただ刺し違えてでも・・・彼女をこの男に渡したくなかった。
『誰にも……!!』
目を開けた。眼前で、悪魔が笑っている。
恐らく彼は、自分が強い魔法を発動する前に、と、転移を使って近づいたのだろう。腹立たしい程のその笑みに、胸くそが悪くなる。
「終わりだ……!!!」
死へと誘う無慈悲な剣が、振り下ろされる。
だがルックは、それに動じることなく、冷たく笑って言い放った。
「終わりなのは……………きみの方さ!!!!!」
右手が光ると同時、巨大な風の竜が地から舞い上がった。
それは、自分の傷を癒し、天から急降下して、己が”敵”に襲いかかる。
・・・ドオォオォォオン!!!!!!
辺り一帯を、大きな衝撃が走った。
「グッ……。」
「はぁっ……はぁっ……はぁっ…!」
苦しげに膝をつくユーバー。
それを横目にルックは、膝に手を置いて、肩で息をしていた。
巨大な一撃をまともに受けた悪魔は、剣を地に落としながらも、ゆらりと立ち上がる。まだそれだけの体力が残っているのか。そう思ったが、残念なことに、もう自分に先の大魔法を使えるだけの余力が残されていない。
・・・・・あと一撃。あと一撃だった。
あと一撃さえ放てれば、目の前の悪魔を、この世界から葬り去ることが出来るのに。
ズ、と膝をついた。立っているのも辛い。相当な疲労感だ。全身に汗をかいている。
と、立ち上がったはずの悪魔が、ドッと膝をついた。どうやら予想以上にダメージを負ってくれたようだ。
彼は、忌々しげに吐き捨てた。
「くッ…。真なる紋章………呪わしい…………呪わしいぞ!!!!!」
呼吸を整えながらも、それに皮肉な笑みを浮かべて見せる。『次は、必ず仕留める』という殺意を視線に乗せて。
だが、それは男も同じだったようだ。
「貴様のその顔……………忘れはせんぞ………。」
呪いの言葉を吐き捨てて、悪魔は、転移で姿を消した。
もう、これ以上は動けない。思わずその場に尻餅をついた。
ここでようやく、まともに景色を目にする。自分の選んだこの場所が、荒れ果てた荒野であることを知った。
腰を下ろした場所は、ゴツゴツしていた。到底、座り心地が良いとは言えない。
唯一、止めを刺せなかったことだけが悔やまれた。
でも、まぁいい。あれだけの傷を負わせてやったのだから、あの悪魔め、当分戦に参加することはおろか、まともに動くことさえ出来ないだろう。
「……………………ざまぁみなよ。」
勝てたという安堵と、守れたという誇りが、己に笑みをもたらした。
それだけの偉業を成し遂げた事が、自身にそう言わしめた。