[回想─先見る夢─]
夢を、見た。
意識と無意識の境が見せるその場所は、”灰色”で統一されており、現実味をまったく感じさせない。けれど違和感なく『自分はここにいる』という夢だった。
だが『あぁ、またこの場所か』と思うこともなかった。いつも自分を苦しめる『それ』ではなかったのだ。
色が無いのは、いつものこと。しかし、自分を絶望に突き落とし、先を憂う存在であるはずの『監視者』がいないことが、唯一の救いだった。
自分の立っている場所を見渡してみた。壁画に描かれた独特の文字や、何かの儀式を執り行なうような石造りの祭壇を見て、咄嗟に思い浮かべたのは『シンダル遺跡』。
それに妙な懐かしさを覚えた。同時に、吐き気を催すような目眩を起こしそうな”既視感”。
視線を上げると、そこに天井はなく、広がるのは目一杯の空。でも色が無い。
恐怖は感じなかった。それが『いつも決まってみるはずの夢ではない』という安堵が、どこかにあったからだ。
ふと、自分の意識が、この中に存在している己の身体から抜け出た。意識は、ちょうど抜け殻を見つめるような位置に。
『っ…!!』
抜け殻を見た瞬間、理解した。これが『未来の自分』だと。
髪は今とは違い短く、服装はまるで旅人のようだが、今の自分より幾らか背が高い。
自分と、未来の自分。それを知った時の嫌悪感といったら。
別の未来を表す夢ならば、いつもいつも、見せられているはずなのに・・・。
息苦しさがあった。なんて苦しいのか。
目の前にいる自分は、いったい、何年後の自分なのだ? どうして、こんな場所にいる?
抜け殻は、虚ろな瞳でどこか遠くを見つめている。
きみは・・・・・いや、”僕”は、いったい何を見ている?
不意に、視界に何かが入った。そちらに意識を向けると、抜け殻の背後に立ってその背を見つめる一人の女性。だが何かおかしい。女性の顔には、不自然な影がかかっていたのだ。
けれど、どこか見覚えのある服装だった。そして、見覚えのある体格。
あぁ・・・・・・『彼女』だ。
それは、とても不思議な事だった。何故だろう。彼女には『色』が在ったのだ。
全てが虚ろなはずのこの夢の中、彼女にだけは、この灰色のみが支配する世界で『色』を持っていた。
『…?』
呼びかけてみるも、それが声に成ることはなかった。音が、無い。
この場所と、そして彼女という存在以外は、全ていつも自分が見る夢と同じ。
無駄だと分かった上で、もう一度、その名を呼んでみた。しかし、やはりそれに気付くことはなく、彼女は、抜け殻の自分の背を見つめている。
抜け殻が膝をつき、咳き込んだ。仕草で分かる。
それを見て、彼女が何事か呟いた。影の所為で表情は分からないが、彼女のことだから、きっと心配を口にしたのだろう。
抜け殻は、それでも彼女に気付かなかった。代わりに彼女がその前に跪き、その肩に手をかけようとする。しかしその手は、するりと”未来の自分”を通り抜けた。
何故だろう、と言うように、彼女は首を傾げている。
抜け殻が、再度咳き込んだ。
自分でも嫌悪感しか湧かないほど整った唇からは、ボタボタと血の塊が流れ落ちる。顔は苦痛に歪められ、苦悶に満ち・・・。
彼は、自分の未来なのだろうと、漠然と”知って”いた。もしかしたら、風の紋章が『これ』を見せているのかもしれない。
眉を寄せ、思わずその光景から視線を離そうとするも、見えない力に固定されているように意識がそこから動かない。諦めて、ため息をついた。
彼女が、また、何か言った。
それは、自分にも抜け殻にも届かない。
だが、不意に抜け殻が顔を上げた。それを見た彼女はまた呟き、両手でその頬に触れようと手を伸ばした。
またすり抜けてしまうだろう。その予測に反し、今度は抜け殻の頬をしっかりととらえた。
「あんたは……………死んじゃうの?」
彼女の声が、この世界に響き渡った。音に”成った”のだ。
それに驚き、思わず目を見開く。
抜け殻も、その”音”に気付いたようで、はっきりと彼女に視線を合わせた。そして、その口元を僅かに動かす。彼がなんと言っているのかは、分からない。
「なに……今、なんて……?」
彼女が聞き返す。彼は、彼女に『何か』を、必死に伝えようとしていた。
「聞こえ…ないよ……。」
何もしてやれない事を惜しんだのか、彼女は、悲しそうな悔しそうな声で言った。その頬を包み込む両手は、冷えゆく自分に熱を与えてくれているようで・・・。
ふ、と。彼が口元を緩めた。
それはとても寂しそうであり、苦しそうでもあり、また嬉しそうであった。
そして彼は、ポツリと・・・・・
「…あり…………た…な……の……ぞく…………ずっ……っ………あ……て……。」
途切れ途切れだが、ルックには、確かに聞こえた。音に”成った”のだ。
そして、それではっきりと確信を得た。彼は、確かに『自分の未来』なのだと。
そしてそれは、決してそう遠くない未来なのだと・・・・。
『え……!?』
意識が、急激に暗転した。本当に唐突に。
それに続き、急浮上を始める。
あぁ・・・・夢の続きは・・・・・・・・・・分からない。
夢 それは幻
灰色の夢
それは 虚ろい続けるこの世の”先”
けれど それは
意識の覚醒と共に忘れ去られる
記憶に残るのは
心を焦がす・・・・・・・・僅かな”欠片”のみ