[使命]
「あ、帰ってきたんだ。」
「まぁね。」
「そっか。おかえり。」
「………ただいま。」
屋上につくと、気配を悟ったのか、振り返ることなく彼女はそう言った。
それに答えると、彼女が、一つ伸びをして立ち上がる。
「んーで、成果は?」
「……散々だったよ。」
「って言うと?」
「……ここで、その話かい?」
暗に『室内が良い』と言うと、彼女は苦笑しながら右手を掲げた。いつものように光が零れ落ち、地面に波紋を広げる。
「……だいぶ慣れたね。」
「でしょー? 」
少し褒めると、彼女は得意そうに笑う。それに「…まぁ、まだまだだけどね。」と言ってやると、「時間はたっぷりあるから、何とでもなるし。」と返される。
それになんとなく顔を顰めて、光の波に身を任せた。
「で、なにがあったの?」
「……獣の紋章さ。」
「へぇー…。」
部屋につくと、早速本題を切り出した。
示された椅子に座らずに、立ったままテーブルに腰を預ける。彼にしては珍しく、頬杖をつき、ため息をついていた。
「ルックさんが、ため息なんて……珍しい。」
「……別に。」
「んで? 獣の紋章がどうなったの?」
そう問うと、彼は、目を閉じて話し出した。
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ハイランドとの交戦に勝利した後。
ルックは、達と共に、ミューズ市内へ潜入した。
その際、なんとなく何かおかしいことに気付き、警戒はしていた。なぜ王国軍が、簡単にミューズを手放したのか気になっていたからだ。
案の定というか、そこで待ち受けていた物に、一同は戦いた。
街の至る所に配置された、金色の狼。それは、市庁舎の中にも居た。
皆で武器を手に戦ったものの、獣の紋章の『眷属』と言われるそれらは、その攻撃力や魔法耐性が生半可なものでなく、なんとか一匹倒すことに成功したものの、それらに街中が支配されているとなると流石に無傷では帰れまい。
そう判断したルックは、すぐにの腕を引いて、外まで一気に駆け抜けた。
だが、ミューズからの退却も簡単にはいかなかった。撤退しようと動き出した自軍を狙い、北方と東方から王国軍が攻めてきたのだ。
同行していたアップルの助言により、北方の王国軍を突っ切ってなんとか窮地を脱したまでは良かったものの、その道中、何百何千という兵が命を落とした。
同盟軍の、完全敗北だった。
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「嫌だなぁ…。テンション下がるわ…。」
「いつかの…、ルカ=ブライトによる『ミューズ市民大量虐殺』で血を得た紋章は、確実にその力を解放しつつあるよ。」
ルカと聞いて、途端に眉を寄せた彼女。
それを無視して続ける。
「それで……どうするのさ?」
「……どうするって?」
「獣の紋章だよ。きみ、自分の”使命”を忘れてないだろうね?」
「…………。」
きみの使命は、真なる紋章と共鳴することだ。そう遠回しに言うと、彼女は、とたん下唇を突き出した。
ルックには、なぜ彼女がそういった態度を取るのか、なんとなく理解できていた。
故に、核心に迫るため、躊躇なく止めを刺す。
「きみ……気付いてるんじゃないの?」
「……なにがですかー?」
「魔力だよ。紋章を宿した時とは、比べ物にならないぐらい力が強まってるって、僕にも分かる。」
そう指摘してやると、彼女は閉口した。
そして、視線だけでなく顔ごと自分から逸らした。
魔力が高まっている。彼は、そう言った。
それは疑いではなく、確信をもった言葉だった。
そして、それは・・・・・・真実だった。
自身、それに気付き始めたのは、もうずっと昔のことだ。いや、もっと早い段階で───やテッドと共鳴した辺りから、なんとなく気付いていた。
共鳴を行うことで、自分の魔力が『飛躍的に高まる』ということ。そして、『共鳴相手の魔力の高さ』が、自分の増すそれに比例していること。
彼に指摘されずとも、分かっていた。気付いていた。
でも気付かないフリをしていた。今の今まで。
・・・・恐かったからだ。
共鳴をすることで増大していく、己の魔力。それは、きっと人には許されないほどの”力”。
なぜ共鳴によって魔力が高まるのか、知らないし分からない。どうして、これほどまで体内を駆け巡る魔力が、否応なく増大していくのか。・・・・分かるはずもない。
だが、その分からないという理由が、己の恐怖心を大きくしていたのも事実だ。真なる紋章を持つ者達と共鳴するたびに増え、巡り、今にも身体を突き破って溢れ出すのではないかと思うほどの巨大な力。
恐いと思った。その力が。真なる紋章という存在が。
何より、自分が”人”でなくなってしまいそうなことが。
だから、誰にも相談できなかった。どれだけ近しい者でも、話す事が出来なかった。
けれど、ふとした時に駆け巡るそれに、心を犯されてしまいそうになった。だからこそ、今まで誰にも言えず、一人、恐怖に震えていた。
”それ”を、どう制御すればいいのかも分からず、時折、吹き出すように表面化してくる”恐怖”に心を悩ませたが、きっとこれは、誰にも分からない。
これは・・・・・自分にしか、分からない。
『誰か、助けて…。』
そう叫びたくても、誰も自分を助けられないことを、自分自身でよく分かっていた。