[終わらない涙]
ロックアックス陥落作戦が、決行された。
やナナミ率いる突入部隊は、ロックアックス城へ突入していたため後から知ることになるのだが、その戦の最中、同盟軍重鎮であったキバが、傭兵隊の砦で壮絶な最後を遂げたとの知らせが届いた。
はその時、に付いて行ったルックに代わり、自部隊の面倒を見ていた。その為、その報が届いた直後にキバの死を知った。
伝令から伝えられたその壮絶な最後に、静かに項垂れた。せっかくここまで頑張って来たのに。皆と一緒に。
彼の最後を聞いて、涙がにじんだ。
その場にいた者達は、皆そろって口を閉ざした。皆の意識がクラウスに向いていたが、誰も彼に声をかけられなかった。
暫くすると、それまで黙って目を閉じていたシュウが、ホウアン達を連れて城内へと入って行く。
それを見つめていると、後ろから声がかかった。クラウスだ。
「殿……。」
「え、あっ…。」
きっと、今、一番悲しいのは、彼のはずだ。けれど彼は、涙を流すこともなく、ただひっそりその場に佇んでいた。
「父のこと…、泣いて下さるのですね…。」
「…っ……当たり前じゃん…。」
「父のことは…。いえ。父は武人として、最後の最後まで戦い抜きました。ですから、あなたが……そんな悲しい顔をしないで下さい。」
「…私、は……。」
涙が、止まらない。どうして?
思えば、直接話をしたことは、とても少なかったと思う。軍事的な関わりも殆どなかった。
だが、ルカの過去を聞いたあの日以来、指で数える程度で足りてしまうものの、個人的な酒の席に呼ばれることもあった。普段は、毅然とした武人らしさも、酒の席では幾分砕けるのか、人の親らしい優しい笑みを見せることもあった。
心の優しい人だと、そう思っていた。全てをその眼で真っ直ぐに見つめ、受け止められる強い人だった。100年以上生きている自分なんかより、ずっと、ずっと・・・・。
涙が止まらなかった。
思い出すのは、一度だけ、自分の頭を撫でてくれた大きな掌。
涙は、堰を切ったように溢れ落ちた。本当は、その息子であるクラウスが、一番泣きたいはずなのに。彼にとって、世界でたった一人の父親なのに。
それなのに彼は、自分をずっと抱きしめてくれていた。
ずっと・・・。
彼が、そっと顔を乗せた自分の右肩が、少しだけ濡れていた。
どれほどの時間が経ったのか、正確には分からなかった。
それは、数刻だったのかもしれないし、半刻ほどだったのかもしれない。
城内から、そして兵士達から歓声が上がった。
顔を上げ、ロックアックス城の遥か上を見ると、それまでマチルダ騎士団の旗が掲げられていた屋上には、同盟軍の旗が風にはためいている。
波打つ歓声の中で、『あぁ、シュウの策が成ったのだ』と思い、ホッとした。
ところが、それまで場を支配していた歓声が、次第にどよめきに変わっていった。
暫くすると、城内からの姿。遠目にも、顔色が悪い事が分かる。
続くように、ビクトール、フリック、ホウアンが出てきた。よく見れば、ビクトールが誰かを抱きかかえている。
・・・・・それがナナミだと確信するのに、時間はかからなかった。
彼女は、ぐったりとしており、腹部には・・・・・矢が、突き刺さっていた。
「ナナミッ!!?」
思わず声を上げていた。
同時に、達と城内へ潜入していたルックが、眩い光を放ち現れる。
「……。」
「ルック。いったい、何が…」
「……その話は後。今は、達を本拠地に送るのが先だよ。でも…この人数を、僕一人じゃ送りきれない。仕方ないけど、きみも転移を使ってくれるかい?」
「わ、分かった…。」
ルックに手を引かれ、すぐさまの所へ向かった。
先に転移で本拠地へ戻ったルックやを追うように、シュウやアップル、そしてクラウスを連れて転移した。
ナナミは、すぐに医務室へと運ばれたようで、現在も治療中だ。
皆、ナナミが一命を取り留めるようにと、医務室前で知らせを待っていた。
も、その中にいた。
「………?」
渡り廊下に誰かの気配を感じて、視線を上げた。
その先から歩いて来たのは、もう見慣れてしまった草原色。
「ルック……。」
足音を消して近づいて来た彼は、隣に立つと、囁くように問うた。
「……ナナミは?」
「まだ……。」
容態がどうこうの前に、ホウアンが処置室から出てこないところを見ると、まだ治療は続いている。
ルックと二人で、医務室の扉の前に立ち俯いている少年を見つめた。背を向けているため分からないが、その姿は、まるで祈りを捧げるように・・・・ともすれば、すぐに崩れ落ちてしまいそうな程に頼りなかった。
その痛ましい姿を目に、祈るように呟く。
「…神様…………どうか……ナナミを助けて下さい……。」
「……………。」
隣に立つルックには、聞こえていたかもしれない。
けれど、彼は何も言わなかった。
医務室の扉が開き、ホウアンが顔を出した。
その音で、今まで俯き祈りを捧げていた仲間たちが、一斉に顔を上げる。
扉の前に立っていたが、瞬時に問うた。
「ホウアン先生、ナナミは…!?」
「…………。」
医師は、何も答えなかった。その顔色を見れば、結果は『堪え難い』としか言い様がない。
それでも納得出来なかったのか、は、掴み掛からんばかりの勢いで彼に詰め寄った。
「ホウアン先生!!」
「………済みません。私の……力不足です………。」
「っ、何だって!? お前、それでも…!!」
「やめろ、ビクトール!!!」
告げられた残酷な現実に、まずビクトールが掴み掛かった。しかし、フリックに諌められて一歩下がる。そして、悔しそうに吐き捨てた。
「ちくしょう! キバに、ナナミに……今まで頑張って来たのによ………なんで…。」
静寂が舞い降りた。それは、長い永い沈黙。
は、ルックに目を向けた。彼は顔を上げたが、すぐに目を伏せ俯いてしまった。
皆、悲痛な面持ちだった。中には、少女の死に拳を震わせ涙を流す者もいた。
次に、を見つめた。彼は、肩を震わせている。
その場で口を開く者は・・・・・・・誰もいなかった。