[泣いていいよ]



 を椅子に座らせてから、いつものように紅茶を注いだ。
 その間に、彼はポツリポツリと、ロックアックスでの出来事を話しだした。



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 城内に突入してから、順調に歩を進めていた。

 だが、その途中、城に残っていた敵兵に囲まれてしまった。
 その際、仲間達が「先に行け!」と殿を買ってくれた。
 それから、ナナミと二人で階段を上がり、ひたすら屋上をめざした。

 そこで、親友との辛い再開。
 対峙しながら、『自分の信じる道を進む』という想いを、互いに主張した。

 直後、騎士団長ゴルドーの卑劣な手によって、ナナミが矢に倒れた。
 それに怒りを露した親友が、自分と共にゴルドーと戦ってくれた。

 ゴルドーを倒した。けれど・・・・・誰もナナミを助ける事が出来なかった。
 自分も・・・・・。

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 彼は、震えながら言った。

 「ナナミは……僕を、庇って…!!」

 震える声。小さな身体。しかし、その瞳に涙が見えない事が気がかりだった。
 悲しみより先に、自分自身に対する怒りがそうさせているのだろうか。現実を受け止め切れず、心の闇を彷徨っているのだろうか。

 「僕は……僕は、何も出来なかった! 守ることも、助けることも…!!」
 「…。」
 「何よりも……誰よりも大切な姉だったんです! なのに……それなのにっ!!」

 ドン、とテーブルを叩いて彼は嘆いた。怒りをどうにか抑えようとしているようだった。
 その小さな身体に大人達の期待を背負い、これまでずっと駆け続けてきた少年。年端もいかぬその子供が、それを必死に背負い込み、軍主として振る舞おうとするその姿は、見ていてとても痛ましいものだった。

 今の彼には、きっと慰めはいらない。言葉はいらない。
 ただ聞くだけで良い。内から沸き上がるその想いを、聞くだけで良いのだ。

 彼は、きっと、自分と同じ気持ちを知ってしまった。
 守れず、亡くし、嘆き、悲しみ、己を呪う。
 大切な人に何も出来なかったという”事実”こそが、苦しみの元となり、己を責め続けるのだ。
 こんなに・・・・・・こんなに小さな子供が。

 無意識に、言葉が出た。

 「私もね、大切な………愛する人を失ったよ。」
 「…?」
 「私にはね……愛する人がいたよ。長い時間を共にした、大切な人が。」
 「大切な…。」

 椅子からゆっくり立ち上がり、窓際へ足を運ぶ。
 ガラス越しに見える空は、厚い雲に覆われていた。

 「私は……絶望したよ。全てを恨んで、呪ったよ。……でもね。他の人たちの支えがあって、私は、今もここで、こうやって立っていられる。」
 「……………。」
 「けどね…。その人のことは、きっとこれからも忘れることはないよ。愛する人を失って、簡単に乗り越えられるほど、私は………強くないから。」

 唇が震えた。
 乗り越えていない。そう簡単に乗り越えられるはずがない。
 本当に『永遠』というものが存在するならば、その悠久の流れの中、自分はそれでも彼等を想い続けよう。

 夜空が、ぼやけた。しかし、目を閉じることは出来なかった。涙を零してしまっては、彼に申し訳ない。自分の涙に気を遣わせるために、こうして話しているわけではないのだから。

 「私達に出来ることは………涙を流して、自分を責め続けることだけ。無理をして笑う必要なんて、全然ないよ。」
 「さん…」
 「だからさ。泣ける時に、思いっきり泣きなよ。我慢なんかしないでいいよ。泣かなくちゃ、前に進めない時だってあるんだよ。」

 カタ、と椅子が鳴った。
 ガラス越しに見えるのは、立ち上がり自分を見つめている少年の姿。
 振り返りながら、小さく呪文を唱える。宙から光が零れ落ち、床に波紋を広げた。

 彼の『泣きたいのに泣けない理由』を、知っていた。

 緩やかな動作で少年に歩み寄り、その身体を抱き寄せる。優しく、包み込むように。
 さぁ、行こう。そう言って、二人で波に身を任せた。






 どこかも分からない場所だった。
 けれど、何も・・・・・誰にも気を遣う必要のない場所だ。

 「だから……だからね、。あんたは、ナナミのために…………我慢なんてしなくていいんだよ。ここなら、何も我慢しなくていいから…。」
 「っ……!」

 その言葉で箍が外れたのか。
 少年は、小さく肩を震わせ始めた。そしてその腕を、するりと自分の腰に回してくる。
 小さな身体は、震えていた。怒りとは違うもので。
 やがて、茶色の髪が不規則に揺れ始めた。まだ幼さを残した唇からは、小さな嗚咽。

 少年の首に腕を回して、優しく囁く。

 「今のあんたはさ……同盟軍の軍主でも何でもないよ。ここには、誰もいないから……だから、今だけは……リーダーである事を忘れて、泣きなさい。思うように…………想うままに……。」

 それで、完全に枷が外れたのか。

 少年は、声を上げて泣いた。
 悲しみを叫ぶように。ただ失ったことの辛さに。
 置いて行かないで、置いて逝かないで! と。

 彼は、少年だった。家族を失い、涙を流す子供だった。
 そんな彼が泣きつかれて眠るまで、は、ずっとずっとその背を撫で続けた。



 悲しみの夜は、深けてゆく。