[デュナン統一戦争]
王国軍と同盟軍。
デュナンの地の覇権をかけた、壮絶な戦い。
後の世の人々は、その戦を『デュナン統一戦争』と呼ぶ。
それは・・・・・・分かたれてしまった紋章の戦い。
親友同士である、少年達の戦い。
そして、この広大なデュナンの地に集った、宿星達の戦い。
かの地で、決着という名の最後の戦いが、今火蓋を切ろうとしていた。
騎士団領から森を越え、ハイランドを目指した同盟軍は、途中レオン=シルバーバーグ率いる2万の軍勢と戦った。そして、シュウの常識を覆す策により、勝利を収めた。
その最中にシュウが傷を負ったが、ホウアンの治療によって事なきを得た。彼の身を挺した火刑によって、同盟軍は、兵を減らすことなく王国軍の軍力を大きく削ることに成功した。
『あのレオンに勝利した』事で士気の上がったまま、その勢いを落とさず進軍を続けた。そして、皇都ルルノイエの近くの平原にて巨大な陣を敷いた。
対峙するは、王国軍の将であるクルガン、シード。そして第二軍を率いるハーン=カニンガム。更には、いつぞや軍主暗殺を狙ったルシアと、黒騎士ユーバーまでもがいた。
二度と感じたくなかった気配を感じて、ルックは、思いきり顔を顰めた。
もう動けるようになったのか。やはりあの男、人では無い。もう少し自分に力があれば、あの時、止めを刺してやれたのに・・・。
傷が疼いた。記憶が鮮明に蘇る。ざわざわとしたあの時の殺意が、全身を駆け巡った。
それに違和感を感じたのか、隣にいたが「どした?」と目を瞬かせる。
「別に……どうもしないよ。」
「ほー? いつもその顔ってことで、ファイナルアンサー?」
「……。」
「はいはい、分かってますよ。」
「……早く戻って来なよね。」
「はいはーい。すぐに済むから、あんたは、ここで良い子に待ってなさーい!」
からかうようにケラケラ笑って、彼女は、軍主のもとへ歩き出した。
「あー、。ちょっといいかな?」
「さん…? どうかしたんですか?」
は、思わず目を丸くした。彼女が、手をひらひら振りながらやって来たからだ。
いつ合戦が始まってもおかしくない状況で、あえて己の持ち場から離れ、彼女が自分に声をかけに来ることなど初めてのことだった。
いつも、広間に集まり『戦』と聞くと、彼女はまず決まって嫌そうな顔をした。
いつかビクトールに聞いた話だと、戦の前夜は必ずと言っていいほど、大量に酒をあおるらしい。それが翌日に響くことはないようだが、は、それを聞いて心配していた。
だが、一度陣に入れば、絶対に持ち場を───ルックの傍から離れることはしなかった。必要最低限の情報は、部隊頭のルックが教えるだろうし、それより彼女は、『戦直前』となるとルック以外と話をする事はおろか、誰とも目を合わす事すらなかった。
そういった事もあって目を丸くしたのだが、話しかけてきた本人は、いつものような人当たりの良い口調で微笑みすら見せている。
シュウに代わって軍師となったアップル、そしてクラウスの訝しげな視線を避けるように、彼女に「ちょっとこっち来て…。」と手招きされたので、白馬を下りて駆け寄った。
「何かあったんですか…?」
「えっとね…。もう時間ないから、単刀直入に言うわ。この戦が終わったら、あんたに頼みたいことがあるんだけど…。」
「頼みたいこと…?」
「そ。出来れば、人がいない場所で詳しく説明したかったんだけど……。まぁ、こんな状況だし、そうも言ってらんないからね。」
「??」
「だから…………全てが終わった後に………私と”共鳴”を…。」
最後の言葉はとても小さなものだったため、聞き取れなかった。
思わず首を傾げたが、彼女は、それ以上なにか言うこともなく、静かに微笑みを残してルックのもとへ戻って行った。
「これで…………戦が、悲しみが、全て終わる!!!」
の声が、平原に木霊する。
何万という視線が、彼一点に集まり、皆がその言葉に耳を傾けていた。
彼は、一つ呼吸をしてから、これまでの想いをぶつけるよう力の限り叫んだ。
「これが、最後の戦いだ!!!! 全軍、前進!!!!!」
ウオォーーーーッ!!!!
ワアァーーーーッ!!!!!
それを合図に、108星や兵士たちは一斉に大歓声を上げて、ルルノイエに突撃した。
勝敗は、目に見えていた。
客将であるユーバーは、『利有らず』と判断したのかすぐに退却し、カラヤ族長ルシアは、善戦するも傷を負って撤退。
クルガンやシード、そしてハーン=カニンガムも、時の勢いの前には成す術なく、撤退していった。
同盟軍が、勝利を収めた。
そんな中・・・・。
歓喜する自軍を見ていた彼女が、そっと視線を伏せた事を、ルックだけが見ていた。
後は、いよいよルルノイエ城内を制圧するだけである。
アップルに最後のパーティーメンバーを告げて城内へ入ろうとしたを引き止めたのは、だった。問えば、彼女は「私も行くわ…。」と言って、有無を言わさず同行者に入る。
だが、それを見ていたルックは、思わず待ったをかけた。
「……。まだやめておきなよ…。」
「なんで?」
「……きみの用事は、この戦いが終わってからでも遅くないだろ?」
「いいじゃん、別に。それに、戦いの邪魔はしないよ?」
「良くない。」
「…………。」
いいから留まれ、と、ピシャリ言ってやった。だが、どうやら彼女、引き下がる気は無いらしい。ムスッと下唇を突き出ししながら『嫌だ一緒に行く!』と、態度で語っていた。
・・・・これは、駄目だ。お手上げだ。まったく聞く耳を持ちそうにない。
彼女の気持ち。それを理解できなくはなかった。
きっと共鳴するにあたり、獣の紋章を、一度その目で確かめておきたかったのだろう。その右手に宿る紋章と、彼女の受け持つ使命を考えれば、容易に理解できる。
そして、出来ることなら、すぐにでも共鳴しようと考えているはず。
『何か』が・・・・・・起こってしまう前に。
それは実に彼女らしい判断ではあったが、如何せん、王国軍にはまだあのレオンがいる。あの曲者が、何を仕掛けてくるか分からないのだ。ルックの不安は、その一点にあった。
ルック自身、一度だけ獣の紋章の眷属を見ていた為、それがどれほど凶悪なものか理解している。だが彼女は、それを話の中だけでしか知らない。
だから不安だった。
故に「…僕も行くよ。」とに告げて、無理矢理パーティに入った。
すると、彼女が、場に似合わぬツッコミを入れてくる。
「へー。珍しいじゃん。あんたが自ら進んで『僕も行くー!』なんて。」
「……うるさいよ。切り裂かれたいの?」
「冗談だって! 痛いのはヤだー。」
「……………頼まれたからね。」
「は?」
「……何でもないよ。きみのお守役は大変だ、って言ってるのさ。」
呆れたように言ってみせると、彼女は「…ワケわかんねッ!」と言って、パーティに紛れ込んだ。
その背中を少しだけ見つめて、ルックも歩き出した。
『に………………頼まれたからね。』