[最後の戦い─Lucia─]
城内に入った矢先、まず待ち受けていたのは、ルシアだった。
彼女が王国軍に加勢した理由。それは過去、前グリンヒル市長アレクとマチルダ騎士団団長ゴルドーの策略によって、父を毒殺されたからである。
故に彼女は、アレクの娘であるテレーズを恨み、王国軍に力を貸していたのだ。
ルシアは、鞭を手に、の前に立ちはだかった。対し、はトンファーを構える。
それまでのやり取りを、は黙って聞いていた。
ふと目が合い、物言いたげな顔をしたのは、ルシアの方だ。それに僅かに首を振って見せて、目を伏せた。
彼女は、すぐに視線をに戻し、鞭を一振りして襲いかかった。
戦いに破れ、膝をついたルシアは、声を限りに「自分には正義がないのか!?」と嘆いた。
すると突如、その場にテレーズがやって来た。
その姿をとらえて激怒するルシアに、彼女は「自分の父であろうと、いずれ真相を突き止めて、それを世間に公表する。」と言って背を向けた。ルシアは、その背に短刀を抜いて襲いかかろうとした。だがテレーズは、逃げるどころか怯むこともしなかった。
何故逃げようとしない!? そう問うたルシアに、彼女は「それは、貴女を信用しているからよ…。」と静かに言った。
その言葉を聞いて、ルシアは、短刀を投げ捨てに道を譲った。
は、再び進み始めるパーティーの最後尾についたが、ふと足を止めた。先ほどから、ずっと気にかかっている事があったのだ。
不躾に、まじまじルシアの身体を見つめていると「…おい。」と声をかけられた。テレーズは外へ戻り、達は先に進み始めた為、自分たちの接触に気付く者はいない。
「…どしたの?」
「なぜ、戦わなかった…?」
「は? どういうこと?」
「……貴様なら、私を倒すことなど容易いのだろう…?」
「あー…。」
そこで、彼女の言いたいことを理解して、思わず苦笑い。
自分は以前、暗殺を企て捕らえられた彼女に『自分の方が強い』と、皮肉交りに伝えている。そして、恐らく彼女もそれを理解しているはずだ。
確かに、自分がパーティに入っていれば、あの戦闘は楽に終わっていただろう。だが、自分がそれを選ばず、あえて『同行者』として傍観していたことに、彼女は納得がいかなかったのだ。
もし自分が共に戦っていたのなら、達は大した傷を負うこともなく、かつ魔力を温存しながら先に進めたはずなのだから。
しかし・・・・
「なんでって言われても…」
「貴様は強い。それは、私も知っている。」
「うーん…。私には、この最後の戦いに参加する”権利”が無いから……かなぁ?」
「…?」
何が言いたい、と、彼女の瞳が問いかけてくる。
「要するに、私は……”星”に認められていないんだよね。まぁ、非公式の存在ってことかな。」
「星? 非公式? なんのことだ…?」
「あ…喋り過ぎた。ごめん。今のナシ無し!」
「……?」
「私は私で、自分に課せられた”使命”があるからね。」
「貴様…、いったい何を言っている?」
「さぁ? 自分で言ってて、ワケ分かんなくなってきた。あははっ!」
怪訝な顔をする彼女に笑いかけて、しゃがみこんだ。
もしかしたら勘違いかもしれないが、一応、言っておかなくてはならない事があったからだ。
「あのさ…。」
「…なんだ?」
「身体……大事にしなよ?」
「……なんのことだ?」
「だって、あんた、お腹に…」
「っ…!?」
突如、彼女が声にならない叫びを上げた。恐らく気分的なものなのだろうが、虚をつかれた驚きか、それとも戦闘中に密かに堪えていたのか、口を覆って背を向ける。
これはマズいと思い、慌ててその背をさすってやる。
「ちょっと! あんた、大丈夫!?」
「ッ……はぁ……はぁ…。」
「あー、やっぱ図星だったんだ?」
「…貴様……なぜ分かった…?」
「だってさ…。このまえ会った時より、ちょっとだけお腹が膨れてるような気がしたし…。太ったのかなと思ったけど、腹だけってのも何か変だし…。」
「くっ……はぁっ……ッ…。」
何か文句を言いたいようだが、それどころではないらしい。自分は経験したことがないので分かってやれないが、ツワリが相当辛いのだろう。込み上げる嘔吐感に、眉を目一杯寄せており、その額には脂汗。
こちとら妊娠経験がないので何とも言えないが、これは相当な一大事ではないか。
「あんた……仲間、どこにいる?」
「何を…」
「この城は、もう落ちるよ。あんたが、ここにいる必要はもう無い。だから…」
「くっ……余計な……お世話だ…。」
「あーはいはい! お節介なババアで結構ですよ。それに世話焼かれたくないなら、ハナっから、身重で戦なんか出るなっつーの!」
何ヶ月目なのかは分からないが、見ていて本当に辛そうだ。息も絶え絶えな彼女から、なんとか仲間の居場所を聞き出す。
話し終えて力尽きたのか、最後に大きな息を一つ吐くと、彼女はぐったり倒れ込んだ。
その身体を抱きとめ抱え上げてから、は転移した。
その頃。
先に進んでいたは、ふと後ろを振り返り、一人足りないことに気付いた。
「あれ、さんは?」
「……さぁね。用事でも出来たんじゃない?」
「用事? …なんの? はぐれたら危ないから、一度戻ろうよ。」
「……放っておきなよ。それに子供じゃないんだから、迷ったら転移で外に出るだろ。」
「酷いよ、ルック! さんのこと、心配じゃないの?」
「……僕が彼女を心配しようがしまいが、きみには全く関係無いことだろ? それに、いちいち彼女のことを僕に聞かないでよね。」
軍主に愛想の欠片もない返事をして以降、ルックは口を閉じた。
まだ彼は何か言っているが、相手にするのも鬱陶しい。
・・・・先程の戦い。
彼女が、ルシアに対してどこか不安そうな顔をしていたことに、もちろん気付いていた。
呪文を唱えながらルシアを注意深く観察してみれば、ある一つの違和感。
痩身なカラヤの女族長は、褐色ながらも顔色が悪く見え、こちらの攻撃に対して腹を庇うような素振りを見せていた。よくよく見てみれば、その腹部は、僅かな丸みを帯びている。
なるほどと思った。それなら、のあの表情にも納得がいく。
ルシアは、腹に子がいるにも関わらず、体調が悪いのを押してに勝負を挑んだのだ。
それなら、まだ彼女はあの場所にいるはず。そして、それこそ彼女が自分達に追いつかない理由。
そう結論に至り、ルックは「…ほら、早く行くよ。」と軍主を促した。
「族長っ!?」
「貴様、いったい何者だ!!?」
「おのれ……族長に何をした!!」
「……わーお…。」
ルシアに言われた通りに城の裏手に出ると、すぐに彼女の仲間達と分かる褐色の男達が勢揃いしていた。
民族間に色濃く残る、少し変わった模様の刺繍が施された衣装に身を包む彼らは、自分がルシアを抱きかかえているのを見て『敵』と判断したらしい。次々に剣を抜き、短剣を構え、弓を引いていた。
礼を言われるならまだしも、ここまで罵倒されるとは思っていなかった。苦笑いするしかなかったが、それも、この少女を思うが故の行動だろう。
見るからに『戦闘大好きです!』といった、血気盛んそうな民族だ。しかし、これ以上誤解を生んで斬りつけられるのも嫌だったので、「この場を取り仕切る者は…?」と問うた。
すると、その中から、一人の男が前に出る。
「あんたが、彼女の副官か何か?」
「…ビッチャムだ。貴様、何者だ?」
「あー…。別に、彼女を人質に取って身代金を要求しようとかじゃないから、安心していいよ。」
そう言って、ビッチャムと名乗った男に彼女を引き渡す。心底心配していたのか、彼は、小さな寝息を立てる少女を見て、安堵の息。
ようやく敵ではないと判断してもらえたのか、男達が次々に武器をしまった。それにニッコリ笑ってから、そっと彼に耳打ちする。
「あのさ…。ルシアって、何ヶ月目なの? つわり酷いから3〜4ヶ月ぐらいかなとは思ったんだけど…。」
「ぬっ…!? 貴様、なぜそれを…!」
「なぜそれをって…。そりゃ、あんた……前と違って腹が出てたり、戦闘中にそこだけ意識して庇ってたら、いくらなんでも気付くでしょうよ。挙句に顔色悪いくせに、ドデカい魔法使うし…。本当に心配したんだからね。」
言いながら、彼女の頬に手を滑らせた。規則正しい安らかな寝息が聞こえてくる。
「確かにさ…。族長って呼ばれる、大変な地位なのかもしれない…。」
「むっ?」
「あんただって、心配だったんでしょ? 身重の体なのに戦に出るなんてさ。でもさ…。お腹に子供がいるなら、労ってやらないと。好きな人の子なんでしょ? 失ってからじゃ、遅いんだよ…。」
「………。」
「って、この子に伝えてくれる?」
「……分かった。」
「頼むよ。それじゃあね。」
最後にもう一度笑って、踵を返す。
すると、後ろから声がかかった。
見れば、今まで眠っていたはずのルシアが、ビッチャムに体を支えられながら立っている。その顔色は、相変わらず悪い。
「ルシア…。気分が悪いなら、寝てた方が…」
「…そんなこと、貴様に言われなくとも、自分でよく分かっている…。」
「そっか。そんで?」
「気は……進まないが…。」
「?」
「礼を………言う。」
ポツリと。彼女は、そう言った。少し恥ずかしそうな、気まずそうな顔で。
つい先程まで敵対していた者の言葉に、は思わず目を丸くした。
しかし、すぐ表情を戻して小さく笑い、「…どういたしまして。」と答え、転移で城へ戻った。
「また………借りが出来たな。」
その背を見送って、ルシアはぽつりと呟いた。
それを聞いていたのか、ビッチャムが眉を寄せる。
「借り、とは…?」
「あの女…。には、二度も助けられた。」
「、というのですか…。」
「あぁ…。変わった女だ。敵である私を、笑いながら二度も逃がしたのだからな。」
不思議な気持ちだった。まだ問題は解決していないのに、とても晴れやかな気分だった。
それを読み取ったのか、ビッチャムが口元を緩める。
「……また、会えると良いですな。」
「馬鹿な。あんな破天荒な女……これ以上、会おうとも会いたいとも思わない。」
鼻を鳴らし、どこか照れたようなむくれたような年相応の表情をする少女に、ビッチャムは静かに微笑んだ。
早くに父を亡くし、若くして引き継いだ『族長』という立場から、これまで若い娘らしいことや悩みを打ち明けられる同じ年頃の友人を作ることも出来なかった、哀れな娘。
女性というハンデを覆すための、決死の決断だったのだろう。しかし、ずっとそれが不憫に思えて仕方なかった。
だが、という女に出会ったことは、彼女にとって、きっとプラスになる。
「…いずれ、城は落ちる。我々が、ここにいる必要はもう無い。……カラヤに帰るぞ。」
そう言って歩こうとした少女を、ビッチャムは抱き上げた。
反射的に抗議の声が上がったが、下ろす気は無い。
「なっ、なにをする!?」
「…族長。私と彼女のやり取り、聞いていたのでしょう? あの女の言った通り、少しは体を大切にして頂きたい。」
「………。」
「ただでさえ顔色が悪いというのに…。私達は、なんの為にいるのですか? 頼れる時に頼って下さい。」
「だからと言って、なにもこんな…!」
「背に負っては、腹に負担がかかります。」
「っ………。」
以降、彼女が反論することはなかった。口を尖らせ、目を逸らすぐらいの抵抗しか出来ない少女に、ビッチャムや男達はそっと笑った。
『…………礼を言おう。』
心の中で、そっと呟いた。