[最後の戦い─Fencers─]



 先ほどとは違い、ルックが道々に紋章の気配を残していてくれたおかげで、転移を使うこともなかった。僅かな気配を辿り、3階4階と階段を上がっていき、ようやく最上階と思われる5階へと辿り着く。

 旅の封印球を左手側に、一度立ち止まった。この先は王家の居室だろうと分かる、質の良い豪華な絨毯が長く続く廊下。
 そこを歩いていると・・・・・

 「…ん? ………人?」

 思わずそう口にしてしまった。それもそのはずで、通路のド真ん中に、男が二人仰向けで倒れているのである。一人は赤毛。一人は銀髪。その全身が血に塗れているのが、遠目からでも分かった。
 辺りを見回せば、どうやら、ここで大規模な戦闘があったらしい。周りの壁や床、そして天井までもが無惨に焼けこげ、この場の戦いの凄惨さを見せつけていた。
 どうやら、達と一戦交えた後のようだ。となると、彼等はハイランドの将だろう。
 だが、よくよく目を凝らせば、その胸が僅かに上下している。

 『まだ………息がある…。』

 そう思いながら、ゆっくり近づいた。
 すると赤毛の男が、力のない小さな声で銀髪に話し始めた。

 「なぁ………クルガン…………。」
 「………なん……だ?」

 赤毛の言葉を受けて、銀髪の男が途切れ途切れに返した。
 どうやら、こちらの気配には、全くと言って良いほど気付いてないらしい。

 「俺は………楽しかったぜ…………………この国を想い……未来を想い………存分に戦った………。」
 「そう…………だな。」

 赤毛の言葉に、銀髪が小さく頷く。
 男達は笑っていた。後悔はないと、その静かな笑みが物語っていた。

 ・・・・・・・哀しくなった。

 想いは、誰にでもあった。もちろん目の前の男達にも。彼等はハイランドの将として、この国を愛する者として、最後まで戦ったのだろう。
 そして、その結果が負けであれ、悔いはないと笑っているのだ。

 『その誇りだけで……死ぬの? ………それで良いの?』

 胸が締め付けられた。同時に、彼らを羨ましく思う。
 何かを愛し、想い、満足いくまでやり遂げることが出来た彼らを。
 後悔など無い。そう言えるまで誰かを守り通した事もなく、それより先に置いていかれるばかりの自分とは、何一つ違って・・・・・。

 『羨ましいよ………羨ましい……。』

 素直にそう思った。
 彼等は、きっと息を引き取るその瞬間まで後悔なく笑うのだろう。これで良い、これで良かったと、笑いながら逝くのだ。
 やり遂げた先に待つ死を、すんなりと受け入れるのだ。

 『………なんか、嫌だ。死なせたくない…。』

 強く、そう思った。そう願った。
 彼等は、このまま放っておけば、自分が何もしなくてもいずれ息を引き取るだろう。でも、その姿に心を強く打たれた。
 本来、この世界に存在するはずのない自分が『誰かを生かす』のは、いけないことなのだろう。それは、重々承知している。自分が歴史に干渉することは、それだけで大きな罪になるのかもしれない。
 自覚していた。していたが、それでも・・・・・最後の最後まで戦い続けたこの男達を、見殺しにしたくなかった。死なせたくないと思ってしまった。

 「この国と………………命運を共にするも………………悪くない……。」

 「……悪いけど、共にさせてやる気はないから。」

 銀髪───クルガンの言葉を遮ると、シードが、口から血を流しながら顔を上げた。どうやら本当に気付いてなかったようだ。少し驚きだったが、話しやすいようにと彼らの傍で膝を折る。

 「私は、あんた達を死なせない。死なせたりしないよ………絶対に。」
 「誰、だ………貴様…ッ……。」
 「なに……を……?」

 同盟軍の者だと気付いたのか、二人は身を起こそうとしたが、やんわりとそれを制し、目を閉じる。右手からは、自分でも眩いと思う、強くて優しい光。
 男達も、咄嗟に目を瞑った。






 目蓋を閉じていても感じる強い光の中で、先の戦闘で傷ついた身体が───腕が、足が、感覚すらなくなっていた指が癒されていった。とても暖かくて優しい、慈悲の光。体が軽い。
 光が収まり、シードとクルガンは、目を開けた。そして、先の戦いの名残すら───傷一つなくなった己の体を見て、目をいっぱいに開く。
 傷が癒えている? 致命傷であったはずの斬られた首の動脈も、薙ぎ払われた脇腹も、貫かれた足の傷も、全て・・・・?

 大切なものを守るために必要な、剣を振るう手。シードがそれを開閉していると、クルガンは状況をすぐに悟り、目の前の女に問うた。

 「どういう……つもりですか? 敵将である、我々の命を助けるなど…。」

 静かに身を起こしていると、彼女は、少し戸惑うように言った。

 「えっとね…。私……羨ましかったんだ。」
 「……は?」
 「大事な物の為に、命を張って守り続ける事が出来たあんた達が………羨ましかったんだよ。」
 「……仰る意味が…。」

 死を覚悟して同盟軍軍主に戦いを挑んだというのに、この女は、いったい何を言っているのか。命を助けるばかりか、羨ましい、とまで言い出す始末。
 二人は、開いた口が塞がらなかった。
 そんな自分たちにお構い無しに、彼女は尚も続ける。

 「これから、あんた達がどうするかなんて……私は、どうでもいいよ。助けておいて何だそれって思うかもしれないけど…。でも私は、あんた達に死んでほしくなかったんだよ…。」
 「俺達に…って…。」
 「ですが、何故、あなたが……?」

 「…言ったでしょ? あんたらは、最後まで戦ったよ。戦って、負けて……後悔もしないで、笑って死のうとしてた。それに胸を打たれたんだよ。死んで欲しくないって、心の底から思ったんだよ。だから…」

 ・・・・・全く、わけが分からない。
 言葉を選びながら、ゆっくりとそう述べた女を前に、シードは呆れ顔をしている。クルガンは、問うことすら諦めた。
 せっかくの人の決心を、『精一杯戦ったから、なんとなく死なないで欲しかった』という、実に理解不能な理由で邪魔された挙句、あとは好きにすればいいなどと・・・・。
 同盟軍は、誰かれ構わず、どこの国の者であろうと仲間に引き入れる。そう聞いていたが、こんなおかしな女がいるとは、思いもしなかった。あそこの軍主は、どれだけ大らかなんだ。

 クルガンは、シードを見つめた。
 彼は、頭をガシガシ掻きながら、『さてどうするか?』という顔。

 と、彼女が立ち上がり、言った。

 「あっ! じゃあさ、こうしたら? 王国将のシードとクルガンって奴は、ついさっき死んだ! そんで、私の目の前にいるあんたらは、生まれ変わったシードとクルガンだわ。」
 「……………。」
 「……………。」

 「だから、あんた達が、これからどこへ行こうが何をしようが、超自由だよ。どっか遠い国に行っても良いだろうし、のんびり放浪ライフを満喫しようと…」
 「それなら……俺達が、今からの所へ行って…」
 「再度、勝負を申し込んだとしても、ですか?」

 二人で織り成した言葉に、彼女は一瞬動きを止めた。
 だが、困ったように笑って「勝手にしろって言ったし。」と答えた。

 「まぁ、あんた達がまた死にかけても、まーた私が助けちゃうだろうけどね。」
 「……………。クルガン……この女………馬鹿だろ。」
 「あぁ…………馬鹿だな。」

 再度、顔を見合わせて『この女には、何を言っても無駄だ』と思った。
 こんな破天荒な女が、同盟軍にいようとは。軍主の許可なく敵将を生かし、あとは好きにしろなどと、まったく正気の沙汰ではない。まともに反論するだけ無駄というものだ。
 そんな自分たちをよそに、彼女は笑いを消し去ると、急に真面目な顔をした。

 「シード、クルガン。この城は、もうすぐ落ちるよ。私の仲間に見つからないように、転移で城の外に出してあげる。あとは、あんたらの好きなように、生きたい場所を見つけて生きれば良い。」
 「えっ、ちょ、ちょっと待ってくれ!」
 「ジョウイ様は……?」

 右手を上げて待ったをかける相方を制して、クルガンは問うた。

 「ジョウイって…。確か、の友達だったよね?」
 「……ジョウイ様は、俺達の希望だったんだ。」
 「この国の……そして、私達の…。」



 二人の心残りは、この国最後の皇王であるジョウイ=ブライトか。
 二人が最後まで戦い抜けたのは、きっと、彼という存在を心から信じていたからだ。
 その気持ちを知ったは、けれど申し訳なく言った。

 「気持ちは分かるよ…。でも、その子の事は、同盟軍や王国軍という前に、がカタをつけることだから。」
 「っ……。」
 「ジョウイ様…。」

 「ごめんね……こんな事しか出来なくて。でものことだから、友達を手にかけるような事は、絶対にしない。それは私が保証する。安心して良いよ。だから……」

 そう言いかけた、その時だった。



 ドォオオォオン!!!!!



 城全体が揺れた。直後、巨大な獣の咆哮が、城内に響き渡る。
 その城全体を揺るがすほどの咆哮に、彼らは「なんだ!?」「これは…!?」と驚愕していたが、には、何が起こったのか即座に理解できた。

 「あーあ…。始まっちゃったか…。」

 小さく舌打ちして、右手を掲げる。
 そして落ちてきた光の波紋を指さして、彼らに口早に告げた。

 「この光に身を任せれば、城の外に出られる。あとは、好きに生きなよ。」

 そう言って、獣の咆哮のする方向へ足を向けた。
 ・・・・・なんとも恐ろしい気配だ。
 そう考えていると、肩を掴まれた。シードだ。

 「おい、ちょっと待てって!」
 「……?」

 振り返ると、「名前、教えてくれ…。」と言われた。
 咆哮が聞こえる方角から目を離すことなく、自分の名を名乗る。

 「…、だな。よし!」
 「……殿、礼は言いません。ですが、あなたに助けられたこの命は…」
 「うん。大事にして。今度は、自分達のためだけに。」

 「なぁ……また会えるか?」
 「うん。あんた達が長生きしてれば、会えるよ。いつかどこかで、ね。」

 「……そうですか。では、殿……また。」
 「うん、またね。」

 彼らに笑みを見せてから、王家の間に向かって駆け出した。






 「なぁ、クルガン…。」
 「…なんだ?」
 「これからどうする?」
 「さぁ、な…。」

 「そんならよ。俺に、考えがあるんだけどよ。」
 「…お前の考えとやらは、どうせアテにはならんだろうが……一応、聞いておこう。」
 「俺、考えたんだけどよぉ…。どうせなら、って……うおッ!?」

 言い終わらぬうちに、シードが波紋に飲み込まれた。

 「……………ふぅ。」

 後を追うよう、波紋に飲み込まれたクルガンのため息だけが、その場に取り残された。