[囚われた暗闇の底で・10]



 ソウルイーターと呼ばれる紋章が、ようやくその光を収めた後。
 キリルは、光の消失を知り、そっと目を開けた。
 だが、驚愕する。その場にいたはずの神官達が、全て倒れ伏し絶命していたからだ。

 「なっ…!」

 ソウルイーターと呼ばれているのだから、文字通り『魂を喰らう』のだろう。
 しかし、その悪しき”意志”が蹂躙した結果を実際目にして、ようやく分かった。だからこそ、オルフェルやクヴィンらは、「その力を使うな」と言っていたのだと・・・・。

 「テ、テッド……。」

 顔を上げ、自分たちに背を向けている少年に声をかける。だが彼は、それに何の反応を返すこともせず、扉に向かって静かに歩き出した。



 まだ、足りない・・・。
 ・・・・・喰らい足りない。
 これだけでは、まだ・・・・・。

 ・・・・彼女を傷つけたこの国を、決して許しはしない。
 その為ならば・・・・・・・・この”力”を使うことを、躊躇しない。
 いや、躊躇する必要すら無い。

 「まだだ………。」

 まだ、足りない・・・。
 ・・・・・喰らい足りない。
 この神殿にいる者、全てを喰らい尽くさなければ、この『怒り』は・・・・・。

 扉に向かい、歩き出す。
 後ろでキリルが何か言っていたが、憎悪や殺意に邪魔されて聞こえない。
 いや・・・・・もう、聞こえなくていい。
 ここから先、出会う者を・・・・すべて喰らってやる。
 喰らって喰らって、喰らい尽くして、そして・・・・・!!!!!

 だが・・・・・・

 誰かが自分の前に出て、一言「ごめん…。」と言った直後、意識が暗転した。








 意識を無くし、ぐったりとしたテッドを抱き上げて、キリルは目を伏せた。今の彼は尋常ではないと考えたため、その鳩尾を打って気絶させたのだ。
 ふと顔を上げれば、オルフェルとクヴィンが何か話している。どうやってここを脱出するか考えているのだろう。

 「クヴィン殿…。」
 「うーん、まずいなぁ。当初の計画だと、防止結界が張られる前に、ここからオサラバの予定だったんだけど…。」
 「…では、どうしますか?」

 そう問うているオルフェルの顔色は冴えない。それもそうだろう。復讐しようとした相手を、手を下す間もなく殺されてしまったのだから。
 しかし、それだけではないのも確かだ。このままここに居れば、新手がやってくる。

 「うーん…。まぁ、とりあえず……きみ、彼女をおぶってくれる? 彼女の右腕は、僕が持っていくから。」
 「わ、分かりました…。」

 言われた通りにオルフェルが『彼女』をおぶる。クヴィンはクヴィンで、彼女の切り落とされた右肘から下を手に「…とりあえず、ここから出よう。」と部屋を出た。
 彼に続いて部屋を出て、駆け出す。

 「しかし、この結界は…」
 「…そうだね。僕も、これだけ大きくて分厚い結界は初めて見たよ。けど…」

 二人の後ろを駆けながら、その会話に耳を傾ける。

 「この神殿から出られれば、あとは、何てことな……っ!?」

 地下廊を抜け、彼と再開した扉の前を駆け抜けようとした、その時だった。クヴィンが言葉を止め、足も止めたのだ。
 どうしたのかと目を向ければ、彼は、扉の先を凝視している。

 「あれは……?」

 その視線の先には、神官が一人立っていた。何をするでもなく、ただ扉の前で自分たちを見つめながら・・・・。
 だが、恐るるべきは、その存在感だった。何も声を発することをせず、静かにただ佇んでいるだけなのに・・・・ゾワリと全身が怖気立つ。
 その出で立ちを見るに、明らかに高位の神官だと分かる。
 高位・・・? いや、違う・・・・”彼”は・・・・・・目の前に立つ、この男は!!

 「っ、ヒクサクッ!!!!!」

 途端、全身から怒気と殺意を発したクヴィンが、忌々しげに声を荒げた。自分の知る彼とは真逆の、戦くほどの憎悪をそのアメジストの瞳に燃え上がらせながら。
 ヒクサク、と彼は言った。聞いたことがある名前。目の前に佇む、この男が・・・・?

 すると、それまで静かに佇むばかりだった男が、ゆっくりと口を開いた。

 「『導』よ……邪魔立てするというか? ようやく手中とした『創世』を…………そして、そこの『生と死』を…………汝が連れ行くというか?」
 「当たり前だッ! 僕は、お前を許しはしない!! 僕の生まれた村を襲い、僕の家族や友人を殺した、お前らハルモニアなんかに…!!!」
 「家族……友人…? それらを殺したのは、『導』よ……………汝であろう…?」
 「ッ……!!」

 交わされていく彼らの会話。それを解することは出来なかったが、クヴィンがヒクサクに、そしてハルモニアという国に恨みがあることを知る。
 しかし、今は・・・・・。

 「殺してやる…殺してやるッ!!!!!!」
 「………我が意にそぐわぬ、哀れな同胞よ…。なれば我が………汝の、その哀れなる”宿命”に、『終止』を贈ろう…。」

 男がそう言った瞬間、その右手が光り出した。
 その光を目にした途端、目の前が『灰色』に染まるような錯覚に陥る。
 なんだ、これは・・・・・・・なんだ、この感覚は?
 見れば、自分だけでなくオルフェルやクヴィンでさえも、襲い来るその錯覚に硬直している。

 「くっ……これは…!!」

 何も・・・・・無い? 視界の先に見えるのは、誰も何も『無い』世界。
 あの男の見せる『何か』は、己の体を意思を通り抜け、絶望するような感覚を突き付けてくる。
 これでは・・・・・このままでは・・・・!!
 キリルがそう思い、膝を屈しかけた、その瞬間だった。



 キィ・・・・・・・・ン!!!!!



 「っ……!!」

 驚きのあまり、クヴィンは、一瞬憎しみすら忘れて魅入ってしまった。
 自分の持つ『彼女』の右手から溢れ出した、その『光』に。

 「これは……」

 全ての者を癒すような、力強くも儚さを灯す、その光。
 それに促されているのか、自分の右手が輝き出す。ふと、顔を上げてキリルの方へ目を向ければ、気絶しているテッドの右手からも禍々しい光。

 「これは、なに……?」

 そう呟くと、どこからか、とても優しい”声”が聞こえた。



 ─── さぁ、『導』の子よ……そなたの”意思”を、この私に…… ───



 あぁ・・・・・そうか、そういうことか。

 その”声”は、自分と共存する『者』のものではない。『彼女』の紋章のものだ。
 直感的にそう悟り、クヴィンは、右手に力を込めた。

 「ッ!!!!!!!」

 彼女の紋章の”声”を聞き取ったのか、ヒクサクが息を飲んだのが分かった。だが、逃がしてやる気はさらさら無い。

 「我が手に宿る『導の紋章』よ…………我が同胞の”意思”を受け、我らがその力を標せ!!!!」

 クヴィンは、三様の光に目を見開いている彼に向かって、その手を振り下ろした。

 三様の光が空中で交じり合い、彼に向かって牙を剥く。
 彼は、咄嗟に防護の結界を張ろうと構えたようだが・・・・間に合うものか。そう考えて、内心ほくそ笑む。
 自分の意思、そして彼女とテッドの紋章の”意思”が同一となった今なら、いくらこの男とて無傷では済まないのだから。

 だから、今ここで・・・・・その忌わしい命を絶ってやる!!



 ッドオォオォォオオォオオン!!!!!!!



 巨大な爆発が、辺り一帯を覆い尽くした。