ふと、促された覚醒。
 それを感じて、目を開けた。

 「………?」

 違和感を感じて、起き上がった。しかし、やはりそれが消えることはない。
 おかしいと思ったので、目が覚める以前の記憶をまさぐる。
 ・・・・・あぁ、ここは円の宮殿じゃないのか。それなら、ここは何処だ?

 そう思い、辺りを見回す。
 ここがどこかの部屋で、自分が今まで寝ていたのはベッドだという事は分かったが、それ以外の情報は皆無。周りを見回せど、灯り一つ無い。
 ・・・いや、自分の後ろから零れ入るのは、月明かりか。それで夜という事は分かった。

 それでは、ここは何処だ・・・・?

 再度そう思っていると、カチャと音がした。



[囚われた暗闇の底で・11]



 「あぁ、目を覚ましたんだね。良かった…。」
 「キリル? ……なんで、俺はここに…?」

 光と共に開かれた扉から入ってきた青年に、ポツリと問う。
 すると彼は、「…ごめん。あの時のきみは、正気じゃないと思ったから…、僕が気絶させたんだ。」と申し訳なさそうな顔をして、自分が気絶している間の事を話し出した。



 「そうか……ヒクサクの奴が……。」
 「…うん。僕も正直、驚いたんだけど…。」

 逃げている途中、ヒクサクが現れて。絶体絶命かと思いきや、自分と彼女とクヴィンの紋章が彼を退けて。彼は死ぬことはなかったが、三者の紋章による攻撃をモロに受けて重傷を負ったせいか、転移防止結界が解けて。そこから転移を使い、円の宮殿を脱出して。
 そして、今いるここは、クリスタルバレーから遠く離れた街で、自分たちが三ヶ月を共にした宿屋で。

 話を聞き終えてから、テッドは、急激に『あの時のこと』を思い出した。
 体を切り刻まれ、腕を切り落とされ、心臓を一突きにされた『彼女』のことを。
 それは無意識に問いとなって零れた。

 「は…………どこだ……?」
 「……………。」

 無言になったキリルに、知らず奥歯を噛み締める。
 守れなかった・・・・・守れなかった。
 けれど、せめてその亡骸を清めてやることは・・・・・。

 そう考えていると、彼が、小さな声で言った。

 「テッド…………彼女は……………………生きてる……。」
 「っ…!?」
 「あんな状態になっても………………彼女は、まだ生きてるんだ……。」

 実は、まだ僕も混乱しているんだ。そう付け足して、彼は今度こそ黙った。

 ・・・・・どういうことだ?
 あれだけの傷を負わされ、腕を切り落とされ、更に心臓を貫かれていたはずなのに。銀細工の短剣は、確かに彼女の心臓を・・・・・正確に貫いていたはずなのに? どうして?
 いや・・・・・それでも構わない。彼女が生きているのなら、それで・・・・。

 どんな姿になっても、自分は、彼女を愛しているのだから。

 「………どこにいる?」
 「っ、彼女は……」

 彼がそう言いかけた時、またも部屋の扉が開いた。見れば、オルフェルが真剣な面持ちで自分をじっと見つめている。

 「オルフェル………はどこだ?」
 「………部屋を出て、右隣の部屋にいる。」
 「オルフェル!!」

 答えを紡いだ彼にキリルが怒鳴ったが、テッドは、その言葉を聞くや否や、体が無意識に動いていた。ベッドから立ち上がり、キリルの制止の声を無視して部屋から飛び出すと、すぐ隣の部屋の扉を勢い良く開けて中に入る。

 バタン!

 「!!!!」
 「テッド!? ダメだッ!!」

 部屋にいたクヴィンが、何故か自分を引き止めようと肩を掴んできた。

 「なにすんだ……離せッ!!!」
 「ダメだよ、テッド! きみは、見ちゃダメだ!!」
 「ッっ、離せッッ!!!!」

 彼を振り切り、彼女の眠っているであろうベッドに駆け寄る。
 だが・・・・・

 「っ……!!!?」

 目に入った彼女を見て・・・・・・彼女のその『姿』を見て・・・・・・・・・彼女の紋章の『呪い』が、どれだけ特殊で強いものであるのか、彼は、この時ようやく理解した。






 「キリル、大丈夫か…?」
 「…………うん。」

 少年が隣の部屋に向かった後。
 はたして彼を部屋に向かわせて良かったのだろうかと、キリルだけでなくオルフェルも思った。あの少年が、彼女の『姿』を目にして、発狂してしまわないだろうかと・・・・。

 ポンとキリルの肩に手を乗せながら、オルフェルは、拳を握りしめた。



 皆が皆、おかしい事に気付いていた。
 あれだけの致命傷を悉く負わされながらも、それでも彼女が生きていることに。

 テッドが目を覚ます前。
 その『理由』を、オルフェルもキリルも『知って』しまった。
 見て・・・・・・しまった。

 円の宮殿から、無事に逃げおおせた後。
 暫く滞在していたこの街の宿に、クヴィンが転移した。そして自分に『二部屋分を取るように』と言付けて、片方に彼女を、片方にテッドを寝かせた。
 いつ目を覚ますか分からないが、何より彼女の傷をどうにかするのが先決だ。そう考えたオルフェルは、キリルにテッドを任せ、クヴィンと共に彼女の治療にあたろうとした。

 だが、クヴィンは「その必要は無いよ…。」とだけ言った。そして何を思ったか、切り離されていた彼女の右肘から下を、肘上にそっと合わせたのだ。
 途端、淡い光が彼女の全身を包んだ。どういうことだと問えば、「…大丈夫だよ。彼女は、死なないから…。」という返答のみ。

 それから数刻して、光は止んだ。

 しかし、その光が止んだと同時にオルフェルは、彼女の持つ『紋章の呪い』が、どれだけ恐ろしいものなのかを目の当たりにした。いや、自分だけではない。その間に部屋にやってきていたキリルは勿論、それまで冷静に対処していたクヴィンですら、目をいっぱいに開いて「有り得ない…」と驚愕していたのだから。

 切り刻まれていたはずの、その肩。
 焼かれていたはずの、その左腕。
 一閃され、臓物が出ていてもおかしくない、その腹部。
 切り落とされていたはずの、その右腕。

 そして・・・・・・一突きにされていたはずの、その心臓。

 それらは、まるで何事もなかったかのように、全て『元通り』になっていたのだから・・・








 テッドは、夢を見ているような錯覚に囚われた。おぞましい暗闇の中にいるような、そんな感覚。
 それまでの惨状がまるで夢だったのではと思うほど、その体から『致命傷』となる傷が無くなっていたのだ。残されたのは、致命傷とも言えぬ多くの”傷跡”ばかり。

 でも・・・・・なんで? どうして、彼女は・・・・・

 心も体も、何もかもが『混乱』に埋め尽くされた。
 すると、クヴィンに肩を叩かれた。振り向けば、彼は今まで見た事もないような辛い表情で、語り出した。



 『創世』と呼ばれる、紋章。

 その紋章の持つ能力の中でも、最も恐ろしいとされる”特性”を・・・・・。