[囚われた暗闇の底で・13]
クヴィンと別れ、違う大陸に飛ばしてもらった、その後。
ハルモニアより遠く遠く離れたとある国、とある地。
彼の言っていた通り、すぐ近くに村が見える小さな一軒家で、テッドは彼女と身を隠していた。
彼に言われた通りに村へ下りて診療所を探し、扉を叩いた。出て来た医者は、自分の特徴を聞いていたのか、何も言わずに黙って小さな紙袋を渡してきた。
それを手に家へ戻った。『鎮静剤なんて、持ってたってしょうがないだろうに…』と思いながら・・・・。
それから、数日が経った。
その間、当然といえば当然だが、毎日彼女から質問攻めにされた。
『私が攫われたあと、あんた大丈夫だったの?』『この前の人たちは?』『どうして私の体には、知らない傷が沢山ついてるの?』と・・・・。
けれどテッドは、詳細を述べることはしなかった。ただ『この前の3人組は、お前を助けるために協力してくれた』としか。『彼らが協力してくれたから、お前を取り戻すことが出来たんだ』としか・・・・。
しかし、彼女は、女性だ。やはり、知らぬ間に体に残された幾多の傷跡が気になったのだろう。その理由だけでもいいから聞かせてくれと言われたが、正直、何と答えて良いのか分からなかった。その理由を聞かせてしまえば、彼女は、その身に宿る紋章の『本当の呪い』に気付いてしまう。それだけは、どうしても避けたかった。
だが、やはりどうしても諦められないのか、彼女は「お願いだから!」と必死に頼んできた。
・・・・けれど、どうして言えようか? 『死んで当たり前の傷を負いながらも、おかしな事に、お前はこうして生きているんだ』と。
沢山傷ついてきたのだから、もうこれ以上、傷つかなくて良い。傷つけたくない。もう傷ついてほしくない。
だから、かもしれない。この件に関して、無言を貫き通そうと思ったのは。
・・・いや、それで良い。彼女が生きていてくれたのだから、それで。
彼女は、何も知らなくていい。知るべきじゃない。絶対に教えてなんかやらない。
この事件は、自分が墓まで持っていけば良い。・・・・彼女を残して逝く気はないから、永遠に死ぬつもりはないが。
だからこそ、「生きていたんだから、それで充分だろ。…もう忘れろ。」と言って、話を終わらせた。彼女が納得してもしなくても、それ以上、口を開く気は無かった。
心の底で、何度も何度も謝罪しながらも・・・・・・決して。
そして、夕方。
テッドは、水を汲みに近場の川へ下りていた。桶一杯に水を張り、出来る限り零さぬように、ゆっくりと家に戻る。
彼女は、まだ体に違和感があると言っていたため、大事を取ってベッドに寝かせたままだ。
だが、ここで、家の中から絶叫が聞こえてきた。その音色の凄まじさに、思わず全身が戦く。それは言い表せぬほどの『恐怖』や『苦痛』を受けた者のみが出せる、おぞましい程の叫び。
「っ…!!?」
死を願うようなその旋律を聞いて、水の事など忘れ桶を放り投げて家に入ると、すぐに彼女の部屋を目指した。扉を開けて一歩踏み出せば、何故か半狂乱で叫んでいる姿。
いったい、なにが・・・・!?
そう思ったが、ベッドから転げ落ちて尚、手足をバタつかせ何事か叫んでいるその体をなんとか押さえ付け、落ち着けと言って宥める。だが彼女は、目の前にいる自分すら見えていないのか、暴れながら叫び続けた。
「嫌、だ…イヤだッ!!! やめて、お願い……嫌だぁッ!!!! お願いッ殺さないでぇっ!!!!」
これは、ただ事ではない!!
そう考え、取りあえず落ち着かせる為に、先日、町医者に貰った鎮静剤を力づくで彼女に飲ませる。
「いや……だ……………や…………殺さ、な………。」
即効性のある薬なのか、やがて彼女は眠りに落ちた。
「……………。」
なんだ・・・・・・これは?
いったい・・・・これは・・・・・・・なんだ?
何が何だか分からなかった。
唯一分かることと言えば、クヴィンの言っていた『鎮静剤が必要になるから』という言葉の意味。彼は、きっとこうなる事が分かっていたんだろう。
でも、何故・・・・?
こうなることが分かっていて、彼は・・・・いや、彼を使わした『あの男は』、わざわざこの地に自分たちの為小さな家を建て、近場の村医者に自分たち事を話しておいたというのか?
「なんで……? ……なんっ…………。」
途端、ボロボロと溢れたのは、涙。どうして流れたのかなんて分からない。
あんな状態の彼女を見たのが初めてで、驚いただけかもしれない。あそこまで叫び狂っている彼女を見たのが初めてで、いい知れぬ緊張をしたからかもしれない。その緊張が、彼女が眠ったことで解けたから・・・・・かも、しれ・・ない?
・・・・どれでもいい。どれが合っていても間違っていても、全て間違いでも。
ただ、分からなかった。どうして彼女が、あんな状態になったのか。
全身が震える。
それは・・・・・予感? ・・・・・・・・なんの?
分からなかった。
彼女が・・・・・・彼女でなくなってしまうような気がして・・・・。
ふと誰かに呼ばれて、意識が引かれた。
あの後、考えるままに眠ってしまったのだろう。少し頭が痛い。
目を開け顔を上げれば、先日『フレマリアに戻る』と言っていたはずのクヴィン。
「お前……なんで…?」
「………気になったから…。」
そう言って目を伏せる彼は、『全て知っている』のだろうか?
彼女が、どうしてあんな状態になったのか。彼女にあそこまで叫び声を上げさせる『原因』が、いったい何であるのか?
全て・・・・・知っているのだろうか?
そう問えば、彼は顔を伏せた。それは肯定だ。
「クヴィン…お前は、なにを…」
「いやアァああああああーーーーーーッっ!!!!!」
「っ! !?」
問いかけた直後、彼女の部屋から聞こえてきた叫び声に戦き、すぐさま部屋に向かう。扉を開ければ、また彼女が・・・・。
「、落ち着け!!!!」
「いやッ、止めてよッ!! 殺さないで……お願いだから、もう止めてぇッ!!!!」
「ッ!!!!」
仕方なしに、彼女の肩を抑えて押し倒し、全体重をかけて馬乗りになる。だが彼女は、やはり自分のことが目に入らないのか、叫び続けている。
・・・・おかしい。彼女の意識は有り、その目は開いているはずなのに、その焦点は定まっていない。意識が・・・・ここには無いのか?
だが、これでは埒があかない。そう考えて、ポケットに入れておいた鎮静剤を取り出し飲ませようとした。
しかし、部屋に入ってきたクヴィンがそれを制した。何を・・・と思っていると、彼はそのまま暴れる彼女の傍にしゃがみ込み、その右手を優しくとる。
すると、それまで我を忘れて暴れていたはずの彼女の瞳に『正気』が戻った。それと確認すると、彼は自分に一瞬視線を向けてから、静かに部屋を出て行く。
「っ、私………私は……。」
「、大丈夫か?」
「あ……。」
彼が何をしたのかは知らないが、彼女が正気に戻ったということは、原因を直接聞き出すことが出来る。そう考え、テッドは、ある程度彼女が落ち着いたのを見計らって問うてみた。
「恐い夢でも見たのか…?」
「っ……。」
原因を知らねば、どうしようもない。だからこそ聞いたのだが、彼女は、途端自分を突き飛ばし、部屋の壁に背をつけて震え出す。
「、いったいどうし…」
「…っ……あれは……『夢』、なの…?」
「?」
何を言っているのか分からない。そう言おうとすると、彼女は途切れ途切れに話し出した。
眠っている間、ずっと悪夢を見続ける。
暗闇の中に囚われ、手も足も動かせぬまま、何人ものハルモニアの神官と見られる者達に傷つけられる。
時に骨を折られ、時に首を斬りつけられ、時に肩を刃物で抉られ、時に大きな剣で腹を裂かれ、時に腕を焼かれ切り落とされ・・・・・・・・そして、時に心臓を一突きにされる『夢』を見る、と。
「っ……。」
思わず閉口した。そして『おかしい』と思う。
ブラックルーンという紋章を額に宿されていたはずなのに。その効果によって、彼女は意識がないはずだったのに。どうして・・・・?
だが・・・・・
「っ……!!」
何も言えなかった。声を発することすら出来なかったのだ。そもそも、言えるはずがない。
真実を口にする事がこれほど辛いことだなんて、思いもしなかった。
だから、口を閉じることしか出来なかった。そして「俺が傍にいるから、大丈夫だ。だから今は、これを飲んで少し休め…。」と言って彼女に鎮静剤を飲ませ、眠ったことを確認すると、静かに部屋を出た。