[囚われた暗闇の底で・2]



 フレマリアからハルモニアへ入り、クリスタルバレーを目指したのだが、道中驚くほど何もなかった。びっくりするぐらい、無事目的地に辿り着くことが出来たのだ。
 本当に、本当にアッサリと到着してしまったが、もテッドも警戒は解かなかった。解かなかったが、それを悟られるような振る舞いは決してしなかった。

 そして宿で数日分の予約を取ると、必要最小限の物を持って神殿に向かった。



 それから、本を読みあさる日々が続いた。



 まず、真なる紋章に関する文献を探した。そこで見つけた本は、魔術師の塔にあった物より幾らか知識が足されている程度。

 次に、気になっていたテッドの持つ紋章の事を調べてみた。
 生と死を司る紋章、別名ソウルイーター。
 だが、これに関する事は殆ど描かれておらず、彼から聞いた『近しい者の命を奪う』ぐらいしかなかった。

 更に、自分の紋章の事をこっそり調べてみたが、これは完璧にダメだった。創世の創の字も出てこなかったのだ。自分でもビックリするぐらい、何の手掛かりも見つけられなかった。
 まぁ、そうだろう。一般的に広く知られている五行の眷属やサポート紋章ならいざ知らず、真なるそれに関して深く書かれた資料を、あのハルモニアが、一般人が多く出入りするこんな場所に置いておくはずもない。
 あるとすれば、円の宮殿の奥深くか・・・・。

 自分達の紋章に関する文献を探ることを諦めて、当初の目的の為の資料を集める事にした。



 それから、4日ばかりが過ぎた。



 は、ずっと神殿内に缶詰状態だった。宿に戻るのは、腹が減った時か眠くなった時。とは言っても、眠くて仕方ない時は、そのまま机につっぷして寝る事もしばしば。
 テッドには、自分が『こういう感じの本』と言った物を探しに出る役割をしてもらった。理由は、彼より自分の方が紋章に関する知識があったからだ。

 もう、何十冊目になるだろう?
 そんな事を考えながら、次に彼に『世界各地で確認されているシンダル遺跡関連の本』を見つけてもらいに行った。

 今、本を読んでいるこの場所は、とても静かだ。本が持ち出し禁止なので、集中して調べるため小さな個室を借りられたのは幸いだったが、何ぶん狭い。本当に一人用の小さな机と椅子が入るだけ。せめて二人分の席のある部屋を作ろう、という気はなかったのだろうか。

 一息つこうと静かに席を立ち、取り付けられている小さな窓を開けた。
 本当に小窓と呼べるものだったのだが、意外と気持ち良い風が部屋に入ってくる。

 「あー……きもちー…。」

 4日も延々と本を読んでいる自分。どちらかと言えば体を動かす方が好きなのだが、他ならぬ彼の願いだ。聞き届けてやりたい。
 だからこうして頑張っている。頑張っているのだが、なかなか作業がはかどらない。
 それが、もどかしい。

 「やべ………ねむっ……。」

 ひとたび集中が解ければ、襲って来る眠気。己の精神との戦いだ。
 うとうと、うとうと。頬を叩いて気力を振り絞る。
 ・・・・・あぁ、これはダメだ。一度休憩しなくては。

 そう思い、扉を開けて個室を出た所で、目を見張った。この国の神官と思われる者が、数人立っていたのだ。

 「……?」

 疑問に思いながら、目を合わせないように部屋を出ようとする。
 だが、内一人に腕を掴まれた。

 『早く逃げろ!!!!!』

 心が、そう警鐘を鳴らした・・・・・・・瞬間だった。

 「えッ? ……う……………そ……」

 自分のその言葉を最後に、意識が、途絶えた。






 『世界各地で確認されているシンダル遺跡関連の本』

 それを見つけて来いと言われ、さっそくとばかりに足を使った。色々探し回り、ようやくそれを探し当てると、小走りで彼女の元へ戻る。
 だがテッドは、彼女の使用している個室の前で、この国の神官と見られる者達が数人、なにやら囁き合っているのを見て眉を寄せた。

 ・・・・もしや・・・・・・。

 足音を忍ばせて少し近づき、気配を悟られないような位置で神官らを眺める。
 だが、神官の腕の中で眠っている者を見て、息を飲んだ。

 ・・・・・・彼女だ!!!

 「おいッ!!」

 咄嗟に声を出していた。神官らが振り返る。

 「……そいつを、どうするつもりだ?」

 もしかして、もしかして、もしかして・・・・!!!
 そう思ったが、なけなしの理性を振り絞って、静かに問う。
 しかし、内一人から返って来たのは、一瞬にしてそんな僅かな理性を奪い去るような言葉だった。

 「……この娘は…………我らが、貰い受けよう……。」
 「っ!!!!!」

 右手が、光を発した。
 いけない!! 自分でも、そう分かっていた。『これは、絶対に使ってはいけない』と。
 だが、明らかな『宣言』とも取れる、その言葉。行動。
 彼女を貰う? 連れて行くだと? バレているはずがないのに、どうして・・・・?
 激怒する自分と冷静な自分が、刹那の合間に火花を散らす。だが、勝者は『右手が戦慄く』という事実を見れば明らかだ。

 「……!?」

 瞬時に、己の右手から吹き出した黒い霧を目にした神官の一人が、驚愕した。
 ・・・・勝手に驚いてろ。逃がしはしない。逃げる間もなく、お前ら全員食らってやる。
 霧は一人、二人とその魂を食らい、三人目に牙を剥こうとした。

 その時。

 「……なるほど………貴様も『継承者』か……。」

 三人目の魂を食らった瞬間、彼女を抱いている四人目が、そう呟いた。
 ・・・・バレてしまっても、もう構うものか。お前も『コレ』に食われて死ね。
 そう思い、”意思”を四人目に向けた。

 その直後。

 「なっ……!」

 彼女を腕に抱いたまま、神官が姿を消した。
 あれは、転移魔法。
 驚愕していると、もう誰もいないはずなのに”声”が聞こえてくる。

 「生と死を司る紋章……ソウルイーターか…。なるほど………では、次は貴様の紋章を……。」

 そう言って、”声”は消えた。






 「そんな………。」

 あと少し──のはずだった。あと少しで、あの神官も食えるはずだった。それなのに。
 大きなリスクを犯した挙句、彼女を攫われた。失態どころの話ではない。
 だが、何故? 何故、彼女は攫われた? 自分も彼女も、これまで紋章を使っていなかったではないか。
 それなのに、何故、何故、何故・・・・?

 使ってしまったが故に、自分も狙われる。
 ・・・・あぁ、狙われるのは構わない。使ってしまったのだから。
 だが、あれは決して無作為ではない。確実に『彼女だけ』が狙われていた。

 それは、なぜ・・・・・・?

 「…ち……くしょ……。」

 とにかく今は、身を潜めるしかない。身を潜め、必要な情報を手に入れられるだけ入れて、乗り込む機会を伺うしかない。円の宮殿に。

 「──くしょう………ちくしょう……。」

 ある意味、今の自分にとって、彼女は人質だ。
 けれど、彼女を置いて逃げるなんて・・・・・・・・出来っこない。

 「ッ………ちくしょうッ!!!!!!!」

 大切なのだから。
 誰よりも、この世界の何よりも。
 自分が、只一人愛した人なのだから。



 「必ず………必ず助けてやるからな…。だから待ってろよ……………!!」