［囚われた暗闇の底で・５］
それから二ヶ月が過ぎていた。
その間、何をしていたのかというと、三人はクリスタルバレーより遠く離れた地で生活していた。
キリルは、表立って仕事を見つけて資金を稼ぎ、同時にいずれ行う侵入の時の為に札や薬を集め。
オルフェルは、神官将時代の知識を生かして、内部の地図を精密に作り。
テッドは、神官達に顔が割れてしまっているので、オルフェルに「外には出るな」と言われた。仕方なしに、男やもめの生活を何とか快適にするために、外に出なくてすむ家事を担当した。
しかし、あれから早二ヶ月という時を、何も出来ずに過ごしていく中で、テッドの心は次第に打ちのめされていった。
あんなこと、言うんじゃなかった。あの時、自分が本音を出さなければ、強く止めていれば、彼女はハルモニアなんかに囚われる事もなかっただろう。
ハルモニアに行けば、もしかしたら・・・・なんて、少しでも希望を抱いてしまった自分が心底憎い。だが、どれだけ後悔しても、もう遅い。囚われてしまった彼女は、きっと自分が助けに行くのを待っている。自分だけを・・・・・
襲い来るのは、後悔、後悔、後悔・・・・・。
すると、己の心情を察したのか、ある日キリルが言った。「凄く辛いんだね。でも、もう少しだけ我慢してくれ。」と。
それは分かっている。今は、ただ耐え忍ぶ時なのだと。焦り、準備の無いまま突っ込んで行っても、あのハルモニアだ。それこそ彼女を助けることすら出来ずに、自分の紋章も奪われて殺されるのがオチだ。彼女と共に生き存えるには、それだけは何としてでも避けなければならない。そんなこと、充分・・・・・嫌ってほど理解している！！
しかし、早く彼女を助けなければ殺されてしまうかもしれない。そう焦るばかりの自分に、オルフェルは「真なる紋章を奪うには、殺す以外に方法がある。」と言った。
そして「それに紋章との繋がりの長さによっては、数年は生きれる。」と。
殺す以外にも『奪う方法』があり、また、紋章との繋がりの長さによって数年も生きれる、という事実は驚きだったが、聞く所によると、その『方法』とやらが発見されたのは、つい十数年前であり、神官の中でも一部の者しか伝えられていない秘術だという。
更には、その『方法』を用いるのもまだ実験段階であり、紋章を取り外すには数ヶ月はかかるから、すぐに彼女が殺されることはないだろう、と。殺されるとすれば、紋章を取り外した後だ、と・・・・。
・・・・・それなら、どうしてお前が、そんな事を知っている？
そう問えば、彼は「その時に起こった『事件』が原因で、私はあの神殿を追われ、こうして命を狙われ逃げ回るはめになった。」と言った。そして「とある神官に『復讐』するために、こうして祖国から離れることはせず、身を隠しながらずっと機会を伺っていたんだ。」と。
相変わらず、自分が隠れていた場所を教えた人物の名を、彼は断固として口にすることは無かったが、彼の話を全て鵜呑みにするなら、自分と共に神殿内に侵入するということは、つまりその神官に復讐する最大のチャンスなのだろう。
余談だが、何故か彼は、自分が真なる紋章と呼ばれる物を宿している事を知っていた。自分もキリルも話していなかったのだが、彼がそれを知っていたということは、自分の居場所を彼に教えた『誰か』の仕業か。
それがいったい何者の仕業かは分からないが、この二ヶ月の間で、テッドはオルフェルを信じ始めていた。キリルの言も一つだが、彼と接している内に、その人柄が決して嘘をつくような人間でないと切々と語っていたからだ。地図を作りながらも、自分が神殿内の事を聞けば黙すことなくはっきりと答えるし、紋章学に関してもとても明るい。自分の知らないことを、ひけらかす事ことなく聞かれたことだけに答え、接していく内に『実直で努力を惜しむことのない人間だ』と分かった。
だからこそ、彼に自分を裏切らないで欲しいと、強く願った。
彼は「来月、神殿内で式典が行われる。」と言った。侵入を狙うなら、その式典の最中が良いだろうと。なんでもその式典とやらは、神殿内ではとても重要なものらしく、神官将や高位の神官が一堂に会す、年に一度の大行事らしい。
だがそんなに待てないと答えると、彼は、ふと「…その女性は、何と言う紋章を持っているんだ？」と聞いてきた。しかし、それを答えて良いものかと考えあぐねていると、「新しく発見された代物なら、殺される可能性が低くなる。」と。
どういう事かと問えば、彼は「…未知の物を見つけた場合、人は、大抵それがどういった代物なのか、その力や特性を調べようとするだろう？ だが『真なる』と名のつく紋章は、その力の対価として『呪い』がかかっている。五行の紋章ならいざ知らず、その呪いも分からずに所持者を殺して取り外しても、意味が無いだろう？」と言った。
だが・・・・なるほど、確かに。そう思い、『創世の紋章』だと答えた。
だがそう言った途端、彼の顔色が変わった。
聞けば、「創世の紋章とは……初めて聞いた。だが、その名から考えるに、その呪いは相当強いものだろう。」と言った。
その言葉に強い不安に駆られたが、続けて「しかし、それなら命を奪われる可能性は無いかもしれない。」との言に、ホッと胸を撫で下ろした。
すると次に彼は、自分の紋章について聞いてきた。
これほど紋章に関しての知識が深いのだから、それならばと正直に『ソウルイーター』のことを話した。本当は、こうやって過ごしているこの時ですら、俺はお前らの命を掠めてしまうんじゃないかと恐いんだ、と言いながら。
ソウルイーターの事を、彼は知っているようだった。「近しい者の命を取り込み、糧として力にする紋章か…。」と、実に苦い顔をしながら。
オルフェルは、少年の持つ紋章が『ソウルイーター』だと聞いて、苦い顔を隠せなかった。
正式名称は『生と死を司る紋章』とされているが、その呪いだけを見れば、死を司る面が色濃いからだ。
『創世の紋章』に、『生と死を司る紋章』。
それらを所持する継承者二人が、どうして共に生きているのかは分からないが、何とも皮肉なものだと思った。
『成長したい…。』
人として当たり前に思うことを、微かな希望を見出し『願って』しまった為に、愛する者を捕らえられ、目の前の少年は苦しんでいる。自分の復讐の為に力を貸しているとはいえ、この二ヶ月で少年の精神が徐々に追いつめられていることを、オルフェルは勿論感じ取っていた。
巨大国家であるこの国は、真なる紋章を大々的に集めている。
国主ヒクサクの”意志”により、禁断と言われる『秘術』を用いて。
言うなれば、真なる紋章を所持する者にとっては、この国は決して足を踏み入れてはいけない場所。踏み入れ、正体がバレてしまったら最後、円の宮殿奥深くの暗闇に囚われ、人としての尊厳すら踏みにじられ、ただ『生かされ』続ける。ただ『真なる紋章を所持する”器”』として。
そう、これまでは・・・・・・そうだった。
しかし、秘術が発見され、それが正式に用いられるようになれば、本来の所持者の命など不要。『静寂なる器』が出来てしまえば、『意思ある器』はいらないのだから。
だが、まだ彼女は生きているはず。方法は見つかったといえど、それを瞬時に取り外すだけの技術にまでは、まだ進歩していないのだから。
だからこそ、時を待たなくてはならないと少年に言った。
時を待ちながら、今は準備を進めることだ、と・・・・。
所持者に巨大な”力”をもたらす、真なる紋章。
その対価として、所持者は『大切なもの』を失っていくという。
それは時に、家族や友人であったり。地位や財産、自分の居場所であったり。
また、時に・・・・・・・・・・”心”であったり。
少年も囚われた女性も、どれだけの時を生きてきたのかは知らないが、きっと長く生きた分だけ失ってきたのだろう。
そして、そんな二人が肩を寄せ合いながら、これまで生きてきただろう事は、考えなくても分かる。
少年の、その後悔ばかりを見せる瞳を見れば、分かってしまうのだ。
だからこそ、オルフェルは・・・・・・『この少年の愛する人を救いたい』と、心からそう思った。
