[囚われた暗闇の底で・6]
一ヶ月後。
準備は、万端だった。
表立って外に出れない自分に代わり、仕事や食料の調達、果ては彼女救出の際に必要になるだろうからと、札やら薬やらを集めに集めてくれたキリルと、神殿内の地図を事細かに書き上げてくれたオルフェルに礼を言い、テッドは最終確認に入った。
神殿内の地図をキリルと共に頭の中に叩き込み、彼女を救出する為のルートを見出す。
オルフェルいわく、彼女が囚われているのは、恐らく神殿内の最奥にある『実験室』だという。そこは、厳重に厳重を重ねられた警戒がされており、中でも最高位の神官将しか出入り出来ないのだと。
更には、そこで例の『秘術』の実験や、時に『人体実験』も行われているのだと言った。
人体実験。そう聞いて、テッドは青ざめた。
もし、それが彼女に行われていたらと思うと、気が気でなかったからだ。
だがオルフェルは、静かに首を振って「それは100%無い。人体実験とは、主に紋章を宿した人間が、同じ魔法を使った時の『魔』の性質の違いを計ったり、なぜ同じ魔法であっても個々に威力が変わるのかを研究する事だからだ。」と言った。
「まぁ、不死身であれば実験に使われるかもしれないが……真なる紋章は、不老を与えても不死は与えてくれないからな。だから、万が一にも、きみが想像するような事にはなっていないから安心して良い。」と笑った。
それに安堵を得たテッドは、彼等を伴い、一路クリスタルバレーを目指した。
愛する彼女を、早く救い出すために・・・・。
予め立てておいた計画にそって、三人は行動を開始した。
だが、クリスタルバレーに入るには、大きな難関があった。検問だ。
その憂いを述べると、彼は、静かに笑って自分に何か『術』をかけた。いわく顔を変えるものだという。しかし鏡を見てみるも、それに映る自分は紛うことなき自分だった。思わず睨みつけたのだが、隣にいたキリルが「テッドじゃない…。」と驚いていた。
オルフェルは、「かけられた本人には分からないが、周りには、きみの顔が違って見える術だ。」と笑った。
第一関門は、いとも容易く突破した。
だが、それを聞いて『オルフェルを仲間に加えて正解だった』と、あの時彼を引き止めてくれたキリルに心底感謝した。同時に、神殿内部や情報を深く知っているこの男に、『相当高位な神官将だったのか』と思った。
そして、そんな男を自分の元に使わしてくれた『誰か』とやらに、内心礼を言った。それが誰なのか自分には知る由もないが、何より、彼の加入で彼女を救える確立が、格段に跳ね上がるのだから。
だが、一つ懸念があるとオルフェルは言った。「街に入るのは容易いが、円の宮殿内部なると話は別だ。」と。
どういうことかと問えば、宮殿内には、円の紋章による『結界』が張られているのだと言う。彼は、予め「『転移魔法』が使えるので、宮殿内にはそれで侵入しよう。」と言っていたが、その結界は厄介なことに侵入者を感知するためのもので、招かれざる者が足を踏み入れれば一発でバレるという。
それなら手も足も出ないではないかと眉を寄せれば、彼は一言「一つだけ、手がある。」と言った。それは何かとまた問えば、「誰かが囮になることだ。」と・・・。
すると、ここでキリルが「僕がやるよ。」と言った。それに馬鹿を言うなと一蹴するのは簡単だったが、それを言う前に、彼は「大丈夫。僕が上手く敵を引きつけておくから、きみは彼女を助けに行って。」と笑った。
「彼女を助けるのは、オルフェルでも僕でもない。きみじゃなきゃダメなんだよ。だから、計画通りに事を進めて。」と。
彼らと共に過ごしてきて、テッドは・・・・・・・思った。
自分一人では決して作り上げることが出来なかった、この救出作戦。それは、彼等がいてくれたからこそである、と。
素直になれなかったわけじゃない。迷惑をかけたくなかっただけじゃない。でも、自分一人ではどうにもならない事だと身に染みて痛感していたし、会ったばかりだというのに、それでも誰かの為、己のため、自分のため、彼女の為に”力”を貸してくれる彼等に、心からの礼を述べた。
彼等は、それに「作戦が成功してから、礼は受け取る。」と言って笑った。
オルフェルの転移で宮殿内に忍び込み、キリルと別れてから、暫く。
ずっと遠くから剣戟や神官達の喧噪が聞こえ始めたのを期に、テッドはオルフェルと共に行動を開始した。
侵入者の数は、侵入した瞬間に敵側に知れている。
しかし、三人分の動きを捉えることの出来る『円の紋章』の所持者であるヒクサクから下の者に話が伝わるまでには、まだ時間があるだろう。
それは僅かな時間であったものの、キリルが目を引きつけていてくれる間に彼女を救出し、予め示し合わせた場所で彼と合流し、オルフェルの転移で脱出すれば良い。その流れの通りにいけば、仲間の誰も欠けることなく脱出できる。
オルフェルと共に警備の目をかいくぐり、ひたすら駆けに駆け、神殿の最奥部を目指した。
早く、早く、早く・・・・!!
その思いだけを胸に、決して大きいとは言えぬ体で、彼は、駆けに駆けた。
・・・・もう、成長したいなんて言わない。大人になんてならなくて良い。
ただ、彼女が傍にいてくれれば良い。彼女さえ生きていてくれれば、それで・・・・。
願いなんていらない。希望なんていらない。光なんていらない。
ただ、彼女が『生きて』いてくれれば、それで・・・・・
駆けに駆けた。
自分がこんなに駆け続けることが出来るのかと、自分自身で驚くほど。
だがその途中で、またも難関に出くわした。大きな岩石とも取れるような扉が立ち塞がっていたのだ。
だが、それを見たオルフェルが目を見開いた。いわく、以前はこんな扉は無かった、とのこと。しかもこの扉は、何かの『術』によって封印が施されており、オルフェルでも簡単に解けそうもないという。
しかし、この道しか最奥へ続く場所へは行けないため、何としてもこの扉を突破する必要があった。
だが、ここで更にあろうことか、数人の神官に見つかってしまった。
こんな所で騒ぎになっては、元も子もない。彼女を救出する前に阻まれ、挙句、合流地点に戻ることが出来なければ、キリルをも更なる危険に晒すことになる。
それなら、騒がれる前に・・・・・!!!
そう考えて、ソウルイーターを使おうと右手に力を込めたのだが、オルフェルに「ここでその紋章を使えば、他の連中も集まってくる。それでは、計画が台無しだ!」と言われ、躊躇する。
けれど、彼女が自分を待っているのだ。こんな所で立ち止まっている暇はない。
彼女を助けるのは、自分なのだ。
だから・・・・・!!!!
そう結論し、右手を上げかけた、その時だった。神官達が、一斉に倒れ伏したのだ。
勿論、自分は紋章を使ってはいない。隣にいるオルフェルを見るも、彼も使っていない。
いったい何があったのかと、もう一度、神官達が倒れている方に目を向けた。
そこにいたのは・・・・・
「なんっ………なんで、お前が……?」
それは、見覚えのある顔だった。
人間離れした美しい容姿に、纏め上げられた黒く艶やかな長い髪。深いアメジストの瞳に、独特な民族衣装を身に纏う、線の細い肢体。
だが、自分を見つめて同じく驚いたような顔をしている、柔らかで大らかな美を持つ・・・・その少年。
「お前……クヴィン? ……なんで…………どうして、お前が……。」
知らずそう呟くと、少年は途端、驚き顔を安堵に変えて静かに微笑んだ。