[囚われた暗闇の底で・7]



 「あぁ、テッド…生きてたんだね!」
 「クヴィン……。」

 駆け出したかと思えば、途端自分に飛びついてきた少年を、テッドは抱きしめ返すことが出来なかった。



 テッドは、昔、この少年と共に旅をした時期があった。
 それは、太陽暦229年から232年という実に短い期間ではあったが、その頃、確かに二人で旅をしていた。
 そして、この少年が、自分と同じく『真なる紋章』を宿していることを、ある事件をきっかけに知った。



 あれは、ちょうど太陽暦232年の年初めの頃だった。
 その頃、とある大陸にて戦が起こっていた。そして、運悪く二人一緒にその戦に巻き込まれてしまった。
 少年は、「火が嫌いだ」と当時から言っていた。だが、なぜか烈火の紋章を額に宿していたので、「火が嫌いなクセに、どうして烈火の紋章なんて…。」と聞いたことがある。すると彼は、「トラウマを解消するためだよ。」と言い、困ったように笑っていた。

 そんなある日の事だった。
 とある戦場での交戦中、伏兵として、彼と少数の兵士と森の中を歩いていた時だった。何かの合図の音が聞こえたと同時に、一斉に森に火の手が上がったのだ。自分たちの情報が、敵側に知れていたのだ。

 だがテッドは、少年が転移魔法を使えるのを知っていたので、焦らなかった。すぐに本陣に戻ろうと声をかけるも、何故か少年は無反応。おかしいと思い横を見れば、轟々と燃え上がる炎を目に、少年が突然叫び声を上げて半狂乱に陥った。そして、その右手が光ったかと思うと、彼の内に巡る魔力が暴走を始めた。
 直感的に『ヤバイ!』と感じ取り、直ぐさまその暴走をソウルイーターを使って抑えた。彼の紋章の暴走を止めるため、自らの意思で。

 だが、少年が気絶した直後、今度はソウルイーターが暴走を始めた。それまでなるべく使わないようにしていたものの、急に力を解放した反動からか、己の紋章はここぞとばかりに敵味方問わず魂を食らい尽くした。所持者の意思すら通り抜けて。

 焼けこげた森の中には、誰もいなくなった。
 いや、自分と・・・・おかしな事に、クヴィンだけは生き残っていた。

 ・・・・どういうことだ?
 気絶している彼の右手袋を取れば、その甲には淡い光を放つ『何か』の紋章。これは、一般に広まっているような代物じゃない。これは、真なる・・・・・
 ・・・恐くなった。彼がそれを所持していたから、ではない。今回は運が良かっただけかもしれない。たまたまかもしれない。もしかしたら、また暴走した時に、やはり今まで自分が食らってしまった者たち同様に、いずれは・・・。

 だから、逃げた。敵だけでなく味方の命をも食らってしまった事と、自分があの軍にいれば、いずれまた暴走を引き起こし彼らも食らってしまうと考えたからだ。
 だから、逃げた。自分の存在が周囲を不幸に貶め、呪われた存在だと忌み嫌われ、命を狙われたこともあった事。それを『思い出した』からだ。

 だから、逃げた。
 だからあの時、自分は・・・・・・・全て捨てて逃げた。



 「あぁ、本当に良かった! きみは死んでなかったんだね! 本当に良かった!」
 「あぁ……。」

 ぎゅうと抱きしめられながらも、決して抱きしめ返すことはしない。出来るはずがない。
 すると彼は、体を離すと自分の頬を両手で挟んできた。

 「あぁ、本当にテッドだ……嬉しいなぁ。あの後、テッドまで殺してしまったのかと思って、僕は…」
 「…違う。お前は、あの時……誰も殺してない。敵味方構わずに殺したのは………俺だ。俺は……恐くなって逃げたんだ。お前のことも、仲間のことも、いつか殺してしまうんじゃないかと思って…。だから…………お前を置いて『逃げた』んだ…。」
 「…………。」

 そう言うと、彼が両手を下ろした。そして静かに問うてくる。

 「テッド。きみは……『持っている』んだね?」
 「……あぁ。あの時、お前の紋章を抑える為に、俺は……コレを使った。」

 そう言いながら、右の手袋を外した。彼になら話してしまっても良いと思ったからだ。
 彼も所持者なのだから、もう話してしまっても・・・。

 「そうか…きみも持っていたんだね。でも、もう気にしないで。きみが生きていてくれただけで、僕は今とっても嬉しいんだから! それに巻き込んでしまったのは、僕の方だし…。」
 「クヴィン……。」
 「それに、その紋章……生と死を司る紋章だったよね? それなら、仕方が無かったんだよ。」
 「なんで、それを…?」
 「イライジャだよ。」
 「っ!?」

 その名を聞いて、目を見開いた。自分と彼女が、数年前まで滞在していた国の王の名だったからだ。

 「お前……あいつと知り合いなのか…?」
 「あれ、言ってなかったっけ? 僕、フレマリアの生まれなんだよ。」
 「…そうだったのか。でも、なんでイライジャと…?」
 「ふふ。それは、秘密ってことにしとこうかなー?」

 問えば、悪戯っぽい笑みが返ってくる。

 「簡単に言えば、僕は、イライジャにお願いされてきみ達に協力しに来たんだ。」
 「あいつに…?」
 「うん! イライジャが言ってたんだ。『同胞がとんでもない目に合うから、助けに行ってこーい!』ってさ。でも、イライジャが出ると国交問題になるから、代わりに僕が抜擢されたんだよ。」
 「そうか、あいつが…。」

 何故、あの男が、自分たちの危機を知っているのか定かではない。しかし、クヴィンを自分の下に使わしてくれたのは確かだ。
 そう考えていると、クヴィンがニコリと笑った。

 「ねぇねぇ、知ってる? イライジャにはね、凄い力があるんだ! あ、でも、それがどういう”力”かは教えて上げないよ? 僕は『無駄なお喋りはせずに、言われた通りのことをすれば良いんだ』って言われただけだからさ。」

 無駄なお喋りはせずに・・・・か。確かに、クヴィンという人間を知っている者ならば、そう言うのだろう。しかし、イライジャとクヴィンという組み合わせ・・・・どういう知り合いなんだ?
 そんな事を考えていると、それまで黙って成り行きを見ていたオルフェルが、彼の前に立った。

 「クヴィン殿…。」
 「あ。やぁ、オルフェル! 上手くやってくれたみたいだね。きみが上手く導いてくれたお陰で、僕も任務を遂行できるよ。ありがとう!」
 「いえ……私としても、貴方に絶好の機会を頂けたので、感謝してもしきれません。」

 ・・・・・・もしかして。
 そう思い、問うた。

 「クヴィン、もしかして………オルフェルに俺の居場所を教えたのは…」
 「あぁ、僕だよ。イライジャが、『オルフェルって言うオッサンに会って、テッドに協力するように上手く取りはからえ』って言ってたからね。」
 「お、オッサン…?」

 ・・・・恐らく、あのフレマリア王は、『オッサン』などという言葉は使うまい。ということは、クヴィンが彼の言ったことを勝手に自分の言葉に置き直し、そう言い換えているのだろう。
 そういう抜けたアホっぽい所は変わってないんだな。そう思ったが、しかし・・・・ということは、キリルの事もそうなのだろうか?
 そう問えば、彼は途端、表情を輝かせた。

 「あ、そうだった! キリルのことも、オルフェルに言ってあったんだよね。でも僕は、まだキリルと会ってないんだよ。そういえば、キリルはまだ来ないの?」
 「は…?」

 ここで疑問。キリルに接触していないということは、自分が彼と出会ったのは『偶然』と言うことか? しかしクヴィンは、どうやら彼が自分と行動していることを知っている様子。
 接触していないはずなのに、どうして? いったい、どういうことなんだ?
 だが、それに関しても黙秘するつもりなのか、彼は「ふふっ!」と笑った。

 「だからー! 秘密だってばー!」
 「…いや、もういい。」

 これは、考えても分からない。分からないことが二つに増えて悩みが増すよりは、一番の最優先を進めれば良いだけだ。
 そう考えたが、一つだけ、彼には言っておかなければならない事があった。

 「…………クヴィン、ありがとな。」
 「!?」

 礼を言うと、彼は驚いたような顔。

 「ど、どうしたのテッド!? 生意気でこまっしゃくれた所が、きみの良さなのに!」
 「……………。」
 「そんなきみが、お礼を言うなんて! あぁ、帰ったらイライジャに報告しないと…!」
 「………はぁ。」

 呆れたが、ここでまたもオルフェルが呟いた一言で、我に返る。

 「あの……そろそろ、『彼女』を救出に…。」
 「っ、そうだ! おいクヴィン! この扉を開けたいんだが、どうしたら良いか知ってるか!?」
 「あぁ、それなら……」

 焦りを再浮上させた自分にニッコリと笑いかけながら、彼は、おっとりと言った。

 「『真なる紋章を使えば、一発で壊せるだろうから』って、イライジャが言ってたよ。」