[囚われた暗闇の底で・8]



 真なる紋章を使えば、扉は一発で壊せる。
 クヴィンはそう言ったが、テッドは、それを聞いて僅かに顔を顰めた。
 真なる紋章は、一発がデカい。ということは、使えば必然的に敵をこちらにおびき寄せることになる。それだけキリルが楽にはなるだろうが、彼女を救出できる可能性が落ちる。

 そんな自分の心情を他所に、彼は、彼の紋章を使って扉を破壊した。
 あれは、何と言う紋章なのだろう? そうは思ったが、自分にはまだやるべき事がある。
 すると彼は、先の不安をブチ壊すような事を口にした。

 「あぁ、大丈夫だよ。きみ達は先に行ってて。この先に行こうとする奴の相手は、僕がするから。」
 「でも…」
 「それが、僕の任務のメインイベントだからね。イライジャが言ってたんだ。『テッドの邪魔する奴らは、全て始末しろ』ってさ。」
 「………。」
 「大丈夫だって! キリルと合流したら、すぐそっちに行くから!」
 「待てよ。合流地点は……」

 自分たちが目指す場所じゃない。そう言い終える前に、彼は「どっちにしろ、キリルも押されてこっちに来るはずだからさ。」と笑った。
 ・・・・それは、まるで”先”が見えているような、そんな物言い。いや・・・・これは、今じゃなくていい。『彼女』を助けた後に考えれば良い。
 そう結論し、「頼むぞ。」と一言置いてから、オルフェルと共に駆け出した。



 「あーあ。早く来ないかなぁ……つまんないよ。」

 二人を見送った後。
 クヴィンは、扉の前に立ち、手持ち無沙汰で一人敵を待っていた。
 『キリルという青年が押されて、扉の前までやってくるだろう』と、予め言い含められていたからだ。

 「あ、来た!」

 喧噪が近づいたのを感じて顔を上げれば、言われた通り、キリルがこちらに駆けてくる姿。それを期に、詠唱を開始する。
 だが彼は、自分の姿に気付いたのか、駆けながら驚いたような顔をした。

 「ク、クヴィン!? どうして、きみが…!」
 「やぁ! キリル、久しぶりだね! 40年ぶりぐらいかな? あぁ…早くきみと色々話したいけど、後にしよう。きみは、先にテッド達と合流してて!」
 「よ、よく分からないけど、分かった! でも、一人で大丈夫なのかい!?」
 「うん、大丈夫! 後ろにいる敵を『全て始末する』のは、僕に任された仕事だからね。すぐに終わるよ。きみは、先に行ってテッド達を守って。」
 「っ、分かった、頼んだよ!」

 彼が横を通り過ぎる瞬間、一つニコリと微笑みかけて、右手を掲げる。

 「それに………これが僕の贖罪であり、ハルモニアに対する復讐でもあるんだからね…。」

 そして、彼を追ってきた神官達に向けて、躊躇なく力を解放した。








 もう一つ扉を抜け、地下へ下りて、駆けに駆けた。
 地下最奥こそが、自分の目指す最終地点だったからだ。

 「ここが……最後の扉だ。」

 そう言い、自分をじっと見つめてくるオルフェル。
 それに一つ頷いてみせて、テッドは、その扉を開けた。

 部屋の中に一歩入って、すぐに違和感に気付いた。部屋には何かの結界が張られているが、それは『侵入を拒む』といった類のものではない。

 「これは……?」
 「ここが、このハルモニアの最も深き闇であり……忌むべき場所だ。」

 そう言った彼に、顔を向ける。
 この場所、この部屋には・・・・・・・一切、灯りと言うものがなかった。開いた扉から僅かな光が入ってきても良いはずなのに、この部屋は、まるで『闇』ともいうべき『暗さ』を秘めており、結界の外からの光を断固として許さなかった。

 「なんなんだ、これは…?」
 「……私にも、何故このような結界が張られているのかは、分からない。しかし、これは…」

 規模や継続性を見る限り、相当な術者が施したものだろう。そう言った彼に、これは解けないのかと問えば、『否』と返される。・・・・どうしようもない。
 すると、部屋の外から声がかかった。この声は・・・キリルだ。

 「キリル、どうしたんだ?」
 「その声は、テッド? この部屋にいるのかい?」
 「あぁ、そうだ。……クヴィンはどうした?」
 「先に行ってきみ達を助けてやってくれ、って言われたんだ。だから…」

 そう言って、彼が部屋に入ってきた。
 と、ここで『敵を始末』し終えたのか、クヴィンが転移でやって来る。そして、部屋の暗さに驚きながらも扉を閉めた。
 その音を耳にしてから、テッドは、彼女を捜した。愛しい人の名前を口にする。
 、いないのか? いたら返事をしてくれ、と。

 だが、ここで何かが鼻を突いた。それは・・・・・・鉄のような、匂い・・・?

 途端、全身の毛が逆立った。嫌な予感・・・・などと、言葉で表現できるものではない。
 すると、僅かに息が聞こえた。吸い、吐く、生理的な呼吸。

 「……?」

 呼べども、返事は無い。
 この暗闇の中では、目の前すら濃い闇に閉ざされている。
 だからテッドは、全身の震えを必死に押し隠しながら、キリルに松明を灯すように頼んだ。
 すぐ近くでボッと音が聞こえ、それを受け取り、息の聞こえる方へ向かう。

 だが・・・・・・・

 直後、目の前に広がった『光景』。

 それを目にしたテッド・・・・・ならず、キリルやオルフェル、そしてクヴィンまでもが息を飲んだ。



 「……………?」



 彼女は、そこにいた。

 鎖に繋がれ、全身血まみれになって。

 それまで身に付けていた衣服は、原型も留めぬほどに切り刻まれている。

 そして、その体も・・・・・・



 どれだけ血を流したのかと思うほど、部屋には、鉄の匂いが充満していた。

 おびただしい量の血液が、長い時に忘れ去られたかのように、彼女やその付近に染み付いている。



 「そんな………」



 彼女の傍に駆け寄り、間近で確認する。だがその姿を見て、テッドは卒倒しそうになった。



 その肩には、いくつもの刺し傷があり、未だ血が流れていた。

 腹には、鋭利な刃物で裂いたのだろうと分かる、太く鋭い一閃。

 臓物が飛び出していないのが不思議なくらいの・・・・。

 左腕は、直接炎で焼かれたのか、赤黒く腫れ爛れている。

 右足と左足は、ところどころ皮を剥がされ斬りつけられ、逃げ出さぬ為なのか、重い鉄の塊でしっかりと留められていた。



 そして、右腕。

 彼女の右腕は、肘から下が無かった。

 足下に視線を移せば、ごろりと転がっている『何か』。

 ・・・・・腕を切り落とされて尚、彼女に宿る紋章は、決して主から離れることはない。

 ただ、静かに静かに、淡い光を放っていた。



 「っ…………。」



 ふと視線を上げた先に見えたのは、心臓に突き立てられている、銀細工の短剣。



 「ッ!!!!!!!!!」



 それを見て、テッドは、今度こそ発狂しそうになった。