[結果への過程・4]



 不意に、促された覚醒。
 このまま夢の続きを望んでいても、意識の浮上と共に、それらがかき消えてしまうのは、どうしてなのだろう。もしかしたら、それはとても重要なものだったかもしれない。けれど、然程の内容でもなかったのかもしれない。
 閉じていた目を開けて、暫く、そんなことを考えていた。



 視線だけを動かした。朧げに瞬く松明が、視界に入る。
 暫くそれを見つめていた所為か、ようやく目も慣れた頃、朦朧とする思考を振り切りゆっくりと起き上がった。
 辺りを見回してみる。どこかの洞窟にいるようだった。恐らく、あの山賊達の塒だ。通路なのか、松明が点々と揺らめいている。そこと自分を隔てているのは、幾重にも張り巡らされた鉄格子。
 なるほど。ここは牢屋か。

 「っつー……。」

 はっきり覚醒すると、思い出すように右肩に走った、痛み。それに慣れていたわけではないが、まだマシとも言える傷だ。これまで生きてきた中では・・・。
 しかし、痛いものは痛い。テッドは、思わず眉を寄せた。右肩に響かないように松明の下へ行き、ズル、と引きずるようにゴツゴツした岩肌に凭れて、厚手のコートに手をかける。どうやら止血はされていたようだが、荒々しく巻かれた包帯には、乾ききらない血が滲んでいる。
 顔を顰めてみても、痛みが引くはずもない。

 彼女がここにいない事は、目が覚めたと同時に気付いた。だが、助けに行きたいと思っても、利き腕の傷が邪魔をして矢をつがえることも出来ないだろう。第一、武器は没収されてしまったらしく、牢を出ることすら危うい。

 「……くそっ…。」

 どうするか思案する。
 と、見張り役の男がやって来て、声をかけてきた。

 「おう、目が覚めたか?」
 「…………。」
 「まぁ、安心しろって。悪いようにはしねーから。」
 「…………。」
 「お前は、まだガキだからってんで、お頭が雑用にでもしてくれるらしーからよ。」
 「…………。」
 「殺されないで済むんだから、御の字だろ?」
 「…………は、どこだ?」
 「あん?」

 自分の処遇など、正直どうでも良い。ベラベラ喋る目の前の男の話にも、全く興味はない。そして、これから先の自分の待遇にも。
 しかし・・・・・。

 「………もう一度、聞く。はどこだ?」
 「? あぁ、あの下品な女か。」

 問うてから、ふと、あの頭目の言葉を思い出す。嫌らしい笑みをした、下卑た顔。
 あのおぞましい笑みで、あの男は言っていた。言っていたはずだ。

 『姉ちゃんは、なかなか遊び甲斐がありそうだしなぁ。俺が楽しんだ後は、手下共に回して…』

 自分の顔が青くなったことに気付いてか、見張りの男はニヤリと、あの頭目のような笑みを見せて言った。



 「あの女は、今頃……………頭の腕ん中で、良い声出してんじゃねーか?」
 「っ…………。」



 ドクン、と。全身が、脈打った。
 それまで抑えていた感情。それを抑制しているはずの核が、揺さぶられる。
 沸き上がるのは、滅多に顔を出すことのない、殺意。荒ぶるのではなくじわじわと、それが体を心を浸食する。沸き上がるのは、憎悪と狂気。

 右手が疼いた。
 『自分を使え』と、そう命じていた。

 ──── 魂を食らえ ────

 そう言っていた。そう、”声”が聞こえた。
 今まで守れなかった、数多くの者達。後悔にかられるのは、いつも終わった後。
 それは・・・・・・・これからも?
 ・・・・・違う。今まではそうだったかもしれない。それは認めざるを得ない。
 でも、今は違う。これからは違う。今度ばかりは、守ってみせる。

 そう誓ったんだ・・・・・・・・・・”彼”に。



 「まぁ、安心しろって! お前は男だし、輪姦されたりはしねーだろ。それに、殺されることもねぇんだから、全然安心…」

 男の言葉が、最後まで紡がれることはなかった。言葉を終える前に、自分が放った「……消えろ。」という言霊の通り、その体から魂が切り離されてしまったからだ。
 手袋を外した右手に、ゆらりと視線を向ける。『死神』の異名を持つそれは『まだ足りない!』とばかりに、淡くおぞましい瞬きを繰り返している。

 「そう、だな……。あいつを守れるなら、俺は………。」

 宿主に呼応するよう、右手からは、冥府よりのしもべが放たれる。それに狙われ破壊されたのは、鉄格子。けれど、この紋章は、その程度では暴れ足りまい。

 「…守れるなら……守るためなら、俺は、”お前”を使うことを躊躇しない。使えるものは、なんだって…………使ってやる。」

 彼女を、守るためならば。
 彼女を害する者達を、こいつに食らわせてやれば良い。



 怒りは、時に優しさをも飲み込む。それを知っていた。
 けれど、今は、どうしても・・・・・・。

 その怒りを鎮める術が、見つからなかった。