[鳴かぬなら・3]



 と名乗った女を連れて、俺は、院長室の扉を叩いていた。
 その最中、俺の頭の中には、いくつもの疑問。

 こいつは、エミリア院長とは、知り合いなのだろうか? では、どういった?
 統一戦争時、院長は、同盟軍に加わっていたと聞いたことがある。もしや、それ関連の?
 ・・・・しかし、あれはもう12年も前の話だ。この女は、どう見ても二十歳そこそこだし、あの戦争とは関連はないだろう。
 そう結論付けた。

 返ってきたのは「入ってちょうだい。」という言葉。ゆっくり扉を開けると、そこには、いつもと変わらぬ眼鏡姿の熟年女性。昔から人気があったようで、「スラリとした立ち姿は、未だ美しい。」と、教師陣から未だ人気を博している。

 院長は、何か手紙のようなものを読んでいたが、それから目を離すと『』を見つめた。と、すぐにその表情が一変したことに、俺はまた疑問。だが、いくら推測しても、はっきりとした答えが出ることはない。
 院長は、まるで動揺を必死に隠すように、俺達に背を向けた。その表情が『見てはいけないものを目にした』と言っているようで、よけいに気になった。

 ややあって落ち着きを取り戻したのか、彼女は一つ深呼吸すると、こちらへ向き直った。しかし、彼女が口を開く前に、『』が酷く悲しげな顔で言った。

 「久しぶりだね…。」
 「……本当に……本当に、さんなの…?」

 信じられない、とでも言いたげなその口調の意味するものは、何だろうか。疑問に疑問が重なったが、正直、この生真面目な院長は苦手だった。この異様な空気から少しでも早く抜け出したい気持ちもある。
 すると、それを察知したかのように、『』が「ありがとう、案内してくれて。」と笑った。もしかしたら、彼女は、俺の心境を見抜いていたのかもしれない。

 「……………。」

 俺は、それに目をくれることも返事をすることもなく、早々に部屋を後にした。






 「……エミリア。あの子から、手紙は届いた…?」
 「えぇ…たった今、届いて………でも、なぜ貴女が…?」
 「……頼まれたから。」

 二人だけになった室内で、静かな問答。
 エミリアは、僅かに残る戸惑いを押し隠しながら、もう一度手紙に目を通した。

 「さんは、元気でやっているんですか…?」
 「うん。相変わらず、元気爆発だったよ。ちょっと遠くから姿だけでも見ようとしただけなんだけど……不覚にも、見つかっちゃってね。それで、こんな用事を頼まれたんだわ。」
 「でも、彼は…」

 言葉を濁してまた問うと、目の前の女性は、それに苦笑した。

 「入学を希望しているのは、あの子じゃないよ。」
 「……では……?」
 「あの子の『親友』が大切にしてた……女の子だよ。」

 それでようやく合点がいった。思わず「あぁ…。」と口に出し、頷く。
 何故、かつての英雄が『学院の資料を送って欲しい』といった手紙を寄越したのか、その意味を解したからだ。

 「あの子は、あの子なりに……気にしてるんだろうからね。」
 「……そう、ですね…。」
 「それで……資料、もらえるかな?」
 「……分かりました、すぐに用意します。ですが…。」

 そう言って、エミリアは、また言葉を濁した。
 手紙に書かれていた『もう一つの疑問』が解けたからだ。

 かつての軍主からの手紙には、こう書いてあった。
 一つは『あと数年したら、一度デュナンに戻ろうと思う』という旨。
 きっと彼のことだから、あの城にも『一度戻る』という文を送っているかもしれない。

 そして、もう一つ。
 『資料を取りに来る人の”秘密”は、絶対に守ってほしい』というもの。
 それを読んだだけでは、まったく意味の分からないものであったが、なるほど。
 彼女が来た瞬間、その意味を解するに至った。

 じっと見つめていると、彼女は、困ったように笑う。

 「まぁ、こんな感じで、歳くってないってことなんだけど…。原因は……分かるでしょ?」
 「……えぇ…。」
 「はは、そんな顔しないでよ。でも出来れば…」
 「…大丈夫です。秘密は守ります。」
 「うん…。ありがとう。」

 そう言って彼女は、自分が資料を揃える間、ソファに腰掛けていた。
 だが、不意に扉の方を見つめ、問うてくる。

 「………………ねぇ、エミリア。」
 「はい?」
 「私を案内してくれた、さっきの子なんだけど…。」
 「あぁ………あの子は…。」



 それから十数分後、エミリアは、資料の束を彼女に渡した。

 「これで全部です。」
 「へぇ…。結構あるんだね。ありがとう。これで、あの子の喜ぶ顔が見れる。」
 「あの、さん…。」
 「ん、どした?」
 「………私は…。」

 そう口にするも、彼女がそれを止めた。それ以上は、何も言わなくていいから、と。
 彼女は一つ頷くと、壊れそうな笑みを残して退室していった。






 「もう………会うこともないのでしょうね……。」

 彼女が『真なる紋章』と呼ばれるそれを持っていたとは、思いもしなかった。
 明るく優しく、誰にでも好かれると評判だった彼女が、まさか不老だとは。
 今日に至るまで、気付きもしなかった。

 去り際、儚げに笑ったその顔。もう二度と会うことはないだろう。
 なんとなく、そんな気がした。

 「さん…………お元気で……。」

 視線をやった窓の外には、あの頃と変わらぬ、市を覆うほどの樹々。
 それは、今も変わらず茂っていた。