[鳴かぬなら・5]



 もういいよ、と言われて目を開けて、我が目を疑った。
 同級生たちの姿が、どこにもなかったからだ。
 目を擦って再度辺りを見回すも、やはりそこには自分と彼女の二人のみ。

 「……あいつらは?」
 「ん、消した。」
 「……?」

 言っている意味が分からなくて、眉を寄せる。すると彼女は付け足した。

 「消しただけだよ。………この世からね。」
 「なっ…!」

 どうやって? というより先に、まず慌てた。それまで響いていたのは、殴るような音だけだったはずだ。それなのに・・・。
 彼女は、相も変わらず笑っている。

 「消した、って……」
 「だから、あんたの望み通りに『消して』あげたんだってば。」
 「っ……」

 笑みを深くして、楽しげに笑う彼女。

 「エミリアから聞いたよ。あんたが、軍師志望だってこと。」
 「それとこれと、何の関係が…!」
 「『全て消えれば良い』。たったそれだけを、論文に書いたんでしょ? それが、あんたの願いだったんでしょ? だから手始めに、ウザい同級生を消してやったんだよ。」
 「お前ッ…!!!」

 思わず彼女の胸ぐらを掴んでいた。痛みは忘れていた。感じることすら忘れていた。

 消えろ、と。確かにそう思っていた。
 けれど、目の前の彼女がそんな事を出来る奴だとは、思いもしなかった。
 しかし、実際にそれが起きた。あの連中が、一瞬にして跡形なく消えたのだ。事実、目の当たりにして俺は混乱していた。

 「このっ……!!」

 思わずその頬を殴ろうと拳を振り上げた。だが、彼女は笑みを消すこともせず、ただその瞳の中に冷たさを灯すだけ。避けることは雑作ない、という挑発だと思った。

 「お前……なんてことをッ!!!」
 「……ジン。あんたが、望んでたことでしょ?」
 「だからって…!」
 「あんたが望んでいたことを、たまたま、ここにいた私が実行してやったんだ。喜ばれるならまだしも、殴り掛かられるなんて心外だ。もっと喜べよ。」
 「お前、それでも人間か!?」
 「……腐りかかってるあんたよりは、まだ私の方がマシだよね。」

 淡々と冷たさを灯し続ける瞳でそう言われて、頭に血が上った。なりふり構わず腕を振り下ろす。だが、やはり簡単に受け止められてしまい、逆に張り倒された。
 簡単に人を殺した彼女が、許せなかった。すぐさま起き上がろうと腕に力を込めたところで、彼女は呆れた顔。

 「……やれやれ。そこまで熱くなるなら、何で『消えれば良い』なんて書くんだろうね。」
 「うるせぇ! お前なんかに…!!」
 「何が分かる、ってか?」
 「っ……。」

 そうだ・・・・・そうだよ。お前なんかに、何が分かるんだ。
 俺のことなんて、何も知らないくせに。何も・・・・・。

 「あー、ごめん。冗談だよ。」
 「は…?」
 「だから、冗談だってば。あんたの同級生は消してない。保健室に転移させただけ。」
 「なっ……!」

 騙されるぐらい熱くなってたんだ、と彼女はまた笑う。それは、悪戯が成功した子供のように純粋な笑みだった。その中に大きな優しさを感じたのは、きっと彼女の性格の成せる技なのだろう。

 「よし、冗談と分かって、大団円だ!! …じゃあ、傷見せな。」
 「ッ……誰が…!」
 「へー。意外に良い体してんじゃん。目の保養だわー。」
 「な…、か、勝手に脱がすなよ!!!」

 俺の意見などお構いなしで勝手に事を進めようとする彼女に、それでも嫌な感情はなかった。






 紋章で傷の手当をされた後、暫く大人しくしてろと言われたため、俺は寮内の自室へと戻った。も一緒に連れて。
 俺は「付いて来い」とも「付いて来るな」とも言わなかった。彼女の言いつけ通り、寮で休むために歩いただけだ。
 でも彼女は、分かっていたのかもしれない。どうして俺が何も言わなかったのか。今は誰かに傍に居て欲しいと。その”想い”を察知してくれていたのかもしれない。

 扉を開けて中に入り、後ろについて来た彼女に目を向けると、困ったような顔をしながらも部屋に入ろうとしない。

 「……なにやってんだよ。入れよ。」
 「え、いいの?」
 「……じゃあ、なんで付いて来たんだよ?」
 「ふふっ、お邪魔しまーす!」

 ・・・・・つくづく変な女だ。他人の事なんかどうでも良いと思っていたはずなのに、この女は、そんな無関心すら打ち消してくれる。会って間もないはずなのに、部屋にまで入れてしまった。
 入って早々、彼女は「じゃあ、どうぞ。」と言った。その意味が理解出来ず、「何がだよ?」と問う。しかし苦笑しただけで何も答えない。
 ふと視線を上げれば、彼女の手元にあった『学院資料』に目が行った。

 「………あんた、子供がいるのか?」
 「ん、あぁ、これ? …違う違う! 知り合いに頼まれて、取りに来ただけ。」
 「ふーん…。」

 じっと、その瞳を見つめた。彼女は何も言わない。なにも聞かない。
 なんとなくそれが面白くなくて、小さく鼻を鳴らしてみせた。すると、困り顔をしながら彼女は言った。

 「ねぇ、ジン。聞いても良いかな?」
 「………なにを?」
 「何で、軍師になろうと思ったの?」
 「…………。」

 これが他の奴だったら、俺は答えなかっただろう。どうでもいいだろ、話しかけるなと言って、その手を突っぱねていただろう。
 でも、彼女が相手だった。

 その所為か、無意識に言葉が出た。