[鳴かぬなら・6]
統一戦争、勃発当初。俺は、まだ3歳のガキだった。
でもガキなりに、大人達の『オウコクグンガ、セメテクル』という言葉の意味は、理解していた。戦という恐ろしいものが、自分達に向かってやって来るんだと。
俺が生まれた村は、子供の多い村だった。両親は子供好きで、俺は、五人兄弟の真ん中だった。あの時の俺には、まだ友達がいたように記憶してる。
両親の顔は朧げになってしまったが、裕福でないながらも、優しくて暖かい家庭だった。
村が・・・・・・・・・全て、赤く染まるまでは。
あの時の記憶。それだけは、今でも鮮明に思い出せる。
それは、突然の出来事だった。家の外から上がった悲鳴に、いい知れない恐怖を感じたこと。今でも覚えている。
外から聞こえた『キシュウダ、ニゲロ』の声。直後、それが断末魔に変わった誰かの声が、今でも忘れられない。
俺は、兄弟を呼びつける親の傍らで、そっと窓から外を盗み見た。
窓の外では、赤々と炎がうなりを上げ、家々はその色に染まり、倒れている人々も別の赤になっていた。子供を逃がそうとしていた友人の親が捕まり、大きな剣で背中を斬られた。
血飛沫も、泣き声も、つんざくような悲鳴も、ずっと絶えることはなかった。中には、その場で首を切られる者もいた。大勢の前で辱められ、そのあと惨殺される婦人もいた。
俺は、それを見て、ただ『怖い』という感情しか浮かばなかった。
家の中が騒がしくなった。
『コドモタチヲ、カクセ』という両親の声がした。でも俺は、窓の外から目を離すことが出来ず動けなかった。
そんな俺を、母が抱き上げた。怖くて声を出せないでいると、裏口の木箱へ放り込まれた。母は、『ゼッタイニ、デテキチャダメ! コエヲ、ダシチャダメ!』と、別の部屋へ行ってしまった。兄弟達も、きっと別々の場所へ隠されたのだろう。
でも、そんな母の言葉さえ、あの時の俺には、まともに聞こえていなかった。あれだけの惨劇を見てしまったら、声すら出すことすら叶わなかったんだ。あの惨状の中、思考回路がまともに働くやつなんて、誰一人いなかった。
真っ暗な木箱の中で、先に見た光景が広がった。泣きながら命乞いをする人、片足を切り落とされる人、上半身と下半身が別れてしまった人。
”声”など・・・・・・・・・出せるはずがなかった。
暫くして間近で聞こえたのは、絶叫。
そっと隙間から覗き見れば、両親が赤く染まり、目を開けて倒れている姿。
どこからかそれを見ていたのか、別の場所からか細い声が上がった。二つ上の姉だった。
その場所へ向かって、沢山の足音。『ヤダ!』という姉の声。『ガキジャネェカ!』という男達の声。その直後、『イテ!』という言葉と、『ココニモ、ガキガイタカ!』という声。
姉の一つ上の、兄だった。
兄は、姉を助けようとしたんだろう。子供ながらに、家族を守ろうとしたのだ。
すぐに『コノガキッ!』という声の後に、小さな悲鳴。
簡単に兄が殺された。続くように、姉の絶叫。いとも簡単に、大好きだった兄姉の命が奪われた。
それでも、俺は動けなかった。恐怖、困惑、動揺。様々な感情が入り交じる中で、そこから動くことはおろか、”声”を発することも出来なかった。
それから、下の兄弟も見つかったのか、悲鳴が上がる度に震えは酷くなっていった。ますます足が動かなくなった。
間近を、何人もの足音が過ぎて・・・・・・・・・家は、静かになった。
震える手で、そっと木箱を押し開けて顔を出した。視界は広がったものの、周りからは赤が差し、断末魔が止む事はない。
『ツギハ、ココヲヤクゾ!』という声が、どこからか聞こえてきた。
逃げなくては、と、本能が告げた。
音を立てぬよう木箱から出て、逃げ道を探した。ふと、外から入る赤に反射して、俺の目についたのは、抜け殻となった母の首。その首にいつも飾っていた『平和』を象徴するチョーカー。近づいて、そっとそれを外すと、途中で落としてしまわないように身に付けた。カチャ、と装飾同士が音を立てた。
『オトコノコハ、ナイチャダメ。イツモ、マエヲムイテ、アルカナキャ、ダメヨ』
それは、母がいつも俺達に言っていた言葉だった。
だから、泣かなかった。泣けなかった。泣いてはいけない、と。
・・・違ったのかもしれない。あの時は、恐怖のあまり涙すら出なかったのかもしれない。なにより、逃げる事を優先すべきだと分かっていたから・・・・。
裏口は、森へと続いていた。道を歩けば捕まる。そう思い、俺は森を我武者らに走った。幸い、西へ続く河は浅瀬だったため、岩に掴まりながら渡りきることが出来た。
逃げなければ。捕まらないように。何をしてでも生き延びなければ。
子供ながら、必死に走った。
食べ物も無い。飲み物も無い。そんなことすら考えず、ひたすら西へ西へと走った。
けれど途中、疲労と空腹で意識が無くなった。
目を開けると、そこは、当時『都市同盟』というものを纏めていた巨大な市の宿屋だった。
俺を拾ってくれたのは、巡回中の市内の兵隊だったらしい。息があった為、急ぎ手当をしてくれたそうだ。
有り難いと感謝しながらも、俺は、それを言葉にすることが出来なかった。
”声”が・・・・・・・・・・出なかったのだ。