[鳴かぬなら・7]



 それから俺は、孤児として扱われることになった。話すことは出来なかったが、俺の身なりや精神状態を見て、大人達は理解したのだろう。
 暫くその宿屋で世話になっていたが、その時、知った顔がいることに気付いた。『彼女』は俺より三つ年上で、明るく人懐っこい性格で、いつも姉と遊んでいた。
 けれど、そんな彼女も”声”を無くしたことを知った。俺達の面倒を見ていてくれた艶やかな女性が、教えてくれた。
 彼女と遊んだことはなかった。姉を通して、少し会話した程度だった。彼女は、いつも笑顔だった。そんな彼女すら、言葉はおろか表情さえなくしてしまったことに、近い何かを感じたことを覚えている。
 彼女も両親を亡くしたと聞いたのは、それから、ずっと後のことだった。



 それから少しして、俺に『サウスウィンドゥへ行かないか?』という話が持ち上がった。一方的な申し出ではあったが、身寄りのなくなった俺は、仲介してくれた宿屋の女主人に頷いた。
 俺を引き取ったのは、武器商人だった。『ジョウセイガ、カンバシクナイ』と言っていた。きっと、南へ移ろうと考えていたのだろう。武器を売るために、猫の手も借りたいと。なまじ子供を連れていれば、同情心から買う者も現れる。そんな腹積もりも含まれていたのだろう。
 俺としても、あのまま宿で世話になるつもりはなかったし、言うことさえ聞いていれば飯は食えると考えて、承諾した部分も大きい。

 デュナン湖を船で南下し、サウスウィンドゥへ行って・・・・・・いや、その話はいいか。






 「……声が出るようになったのは、ある程度、気持ちが落ち着いてからだった。途中までは、武器商人と一緒に行動してたけど…。暫くしたら、サウスウィンドゥにも王国軍がやってきて…。」
 「……………。」
 「俺一人だけ、逃げることが出来たんだ…。面倒を見てくれてた奴が、『お前だけでも』って、逃がしてくれたんだ。……それからは、同盟軍の本拠地にある、孤児の施設で面倒を見てもらってた。」
 「………そっか。」

 彼女は、口を閉ざした。何も言わず、ただ黙って遠くを見つめて。
 ふと、気になったことがあったため、何となくそれを口にしてみる。

 「あんたって……いくつなんだ?」
 「……私?」
 「あぁ。言いたくないか?」
 「……………21。」

 やけに間を置いた答え。気にはなったが、答えてくれたのだからそれでいい。
 椅子に腰掛け目を閉じてしまっているため、彼女が今、何を考えているのかは分からない。

 「21か……。俺より、5つ年上だな。」
 「……そう見えない?」
 「いや? 歳の割には……空気っていうのか? それが、落ち着いてるように見えたから。」
 「あぁ、そういうことね…。」

 ベッドに倒れながら、俺は窓から空を見た。もう夕刻か。
 空は晴れていた。夕焼けも見栄えがする。

 と、彼女が言った。

 「ジン……続き…」
 「ん?」
 「続きを……聞かせてくれる?」
 「あぁ…、そうだったな…。」

 同盟軍の本拠地で俺は、ガキなりに畑や宿の手伝いをしながら日々を過ごしていた。畑は力仕事だったし、宿もそれなりの重労働だったから、体力だけはついた。
 俺はガキの頃から本の虫だったし、時折、図書館へ行って簡単な軍略本を読んだり、医療に関する知識も得ようとした。いつかは本格的な勉強ができる場所へ行きたいと思っていたからだ。
 あの頃、俺は、まだ3歳のガキだったけど、同じ年齢の奴らよりも『頭の造りが違う』と言われてた。いわゆる天才ってやつだったんだろうけど、当時の俺は、そんな事はどうでもよかった。

 「……自分で言うか? 天才って…。」
 「うるさい。黙って聞けよ。」
 「まぁ…、3歳でそんなモンに興味持つなら、そう言われてもしゃーないか。」
 「……。」
 「あぁ、ごめんごめん…。」

 デュナンの英雄と言われた様は、何度か目にしたことがあった。暇な時期に入ると、時々畑へ出て来て、少しだったけれどお話もさせていただいた。
 あの柔らかくて大らかな微笑みは、今でも目蓋の奥に焼き付いている。

 「……すごい英雄視されてんのね、って。」
 「お前ッ……”様”だ! 呼び捨てにするなよ!」
 「……はいはい、ごめんよ。」
 「まったく…。お前、本当に態度が不遜過ぎるぞ!」
 「はは、そりゃ否定できねーわ。まぁ……あの子も、それだけの事をやってたからね…。」

 あの頃様は、今の俺とそう大して歳も変わらなかったはずなのに、同盟軍を一生懸命に引っ張っていた。そんな姿に憧れたんだ。あの人みたいになりたい、と。
 でも俺には、人を引きつけるだけの力がないと自分で分かっていたし、あの方にはなれないと思った。でも・・・・少しだけでも、あの背中に近づきたいと思っていた。

 「だから、軍師に…?」
 「…それも、ある。」
 「それじゃあ…。」

 自分が目にした惨劇を、あの悲劇を、もう二度と繰り返したくはなかった。
 焼かれる村、肉塊になる人々、それを見て狂ったように笑う兵士達。
 あんな事を、二度とこの地で・・・・いや、どこの国でも繰り返してはならないと思った。

 親を殺されて泣き叫ぶ子供。
 子を殺されて叫び狂う親。
 愛する人達が殺される様を、ただ恐怖に震えながら見ていただけの、自分。

 誰も助けてはくれなかった?
 ・・・・・違う。俺は、助けてもらっていた。
 両親に。兄弟に。同盟軍の兵士に。武器商人に。
 義理の両親に。そして・・・・・・・

 ・・・・・・そうだ。
 俺は、今まで出会った人達に、何度も何度も命を救われていたんだ。