[謁見]
兵士と共に、城へ歩き出した。
自分の前を行く者(隊長だろうか?)は、急かすでもなくゆっくりとした足取りで歩いている。
遠くからササライとルシファーの気配は感じていた。自分の紋章の特性が、こうも役に立つとは。彼らのいるだろう方向へと目を向ければ、やはり。『心配するな』という視線を送ったが、ササライは不安を隠せないようだった。
すぐに彼から視線を外し、前を歩く兵に声をかける。
「聞いても…?」
「…何でしょうか?」
「普通…帯剣するものでは? なぜ、そう抜き身にする必要がある?」
「……………。」
兵士は答えなかった。
自分としても、その理由を分かっていただけに、あえて問うた意地の悪さに内心失笑する。
「………ミルド様の御命令は、絶対だからです。」
「あぁ、そう…。」
沈黙を置いて答えた兵に、苦笑しか漏れなかった。
先刻とは違い、簡単に城内に入ることが出来た。自分から訪ねた時は『お帰りを』との言葉だったはずなのに、どうしてこうなったのか。概ねその予想は出来ていたが、どうも答えとしては朧げにしか定まらない。いつもなら、はっきりと言葉にできるはずなのに。
いくつもの角を曲がり、階段を上る。
中心都市であり皇帝の住まう場所としてみれば、外壁から内部の作りから何まで強固だった。
『……変わらないね…。』
皇帝と会うことに感傷は無かった。自分がそれを望み、また相手もそう望んだからこそ、こうして謁見することになったのだろうから。
だが、決して『久しぶり』といった会話は望めまい。
自分と相手の目的は、恐らく違う。相手の目的が計れないのだ。
しかし、少しでも『昔のような彼女であって欲しい』と願うのは、自分が彼女を友人として想っているからだろうか。
だが相手を知り、また事情を知っている自分には、それが100%に近い確率で『叶わない』と分かっていた。それが、また胸を少しだけ痛ませた。
豪華とは言えないだろう。腕利きの細工師が丹精込めて作り上げたと思える皇座への扉は、仰々しかった。その前には、自分の先を歩く兵と同様、位の高そうな精鋭達が5人ほど、槍を手に立っている。
皇座の間を開くだけでも、相応のやり取りがあるのだろう。自分を連れた兵と警備する兵が、小さな声で堅苦しくやり取りしている。その場にいた兵士全ての視線が、途端自分に注がれた。
だが、それを気にする間もなく、突如襲った違和感に眉を寄せる。
『なに……この感じ……。』
城に入った時点で、薄々気付いてはいた。それが、紋章の作り出す『結界』であると思っていたが、これはどこかで感じた事がある。
あの国と同じ仕様で作り出されている『それ』は、更なる疑問を生み出す結果となった。
だが、これは・・・・・完全に『皇帝のみの意志』というわけではなさそうだ。
『そんな………まさか……。』
考えると同時、皇座への扉が、ゆっくりと開かれた。
相手は『皇帝』だ。
故には、視線を伏せて頭を垂れながら、部屋に入った。
部屋は、とてつもなく広い。真紅の巨大なカーテンが左右に大仰に垂らされている。その奥行きまで使えば、軽く500人は収容出来るだろう。
前を歩いていた兵士が、同じく頭を垂れながら、言った。
「第三軍、七番隊隊長アデル。ミルド様の命により、目的の人物を連れ戻りました。」
「…………御苦労であった…。」
アデルと名乗った兵士の言葉に返答したのは、皇帝ではなかった。少し掠れたその声は、側近か何かだろう。頭を垂れているので確認は出来ないが、赤いビロードの敷かれた段差の先には、自分が目的とする人物がいるはず。
しんと静まり返るその中で、小さな衣擦れの音がした。皇帝が『何か指示を出した』と理解出来たのは、アデルや他の兵士たちが部屋を退室してからだ。
静寂ではなく、嫌な沈黙。
「顔を上げよ……。」
「……………。」
側近の言葉に応えて、ゆっくりと顔を上げる。
まず視界に入ったのは、側近の姿。しゃがれた声なだけあって、予想通り随分と歳を経ている老人だ。手に持つロッドは木製だろうが、儀式用にも思える高価そうな代物。だが、その落ち着いた口調とは裏腹に、言い様のないおぞましさにとらわれた。
そして・・・・・
すぐその隣には、絢爛な椅子に腰をかけた『古い知人』。玉のように柔らかで、月のような憂いある美しさ。そう讃えられた顔立ちは、もちろん今も変わらない。けれど、変わらないのはそれだけなのかもしれない。
黒曜石のように滑らかで艶のあったはずの黒髪は、白く染まり。見る者すべてを引きつけていたはずの黒い瞳は、爛々と燃え上がるような赤に染まっていた。
その瞳が、自分をしっかりと捕らえていた。そう思えば、次にもっと遠くを見ているような・・・・錯覚? 虚ろかと思えばそうでもなく、正常かと思えば、やはりそうでもない。
「……………。」
見つめ合う時間が、長く続いた。
と、ここで皇帝ミルドが、その薄紅の唇を開いた。
「グレイム………貴方も、下がって。」
鈴を転がしたような声。それも変わらない。だが、本来ならば『なんと美しく涼やかな声だろう』と思えるその声は、纏わりつくような冷たさを秘めている。あの頃とは違った、冷たい気配。
グレイムと呼ばれた側近は、「…承知致しました。」と言うと、自分の隣を横切って皇座の間から出て行く。
また、沈黙だ。本当に、この類の沈黙は嫌いだ。
これは、決して『心良い再開』とは言えないのだろうから。
自分にとっては、そうだった。だが彼女にとっては?
彼女は、きっと望んでいたのだろう。それは、その口元に浮かぶ笑みを見れば明らかだ。冷たく、凍り付くような微笑み。
ならば、彼女の意図は?
謁見を拒んだはずなのに、すぐにそれを撤回し、自分に迎えを寄越した理由は?
「……………。」
『答え』は、聞くしかない。自分が聞けば、彼女はさらりと答えるだろう。
だが、漠然とではあるが『聞いてしまえば、もう戻れない』と、己の勘がそう言っていた。