[夜]
気がつくと、そこは平原だった。
夜も深けに深けたのか、月は傾き始めている。
瞬きを数回繰り返し、ゆっくりと顔を上げると、それを察知したのか後ろから声がかかった。
「ルシィ、起きたのかい?」
「………うん。」
隣についたササライが、安堵したような微笑む。だがルシファーは、違和感を感じて辺りを見回した。少しずつ景色が流れているのだ。どうやら自分は、背負われているらしい。
そこまで気が回らなかったのが、なんだか恥ずかしかった。彼女が自分を・・・・。
「…。」
「………なに?」
「僕…。」
言葉が出ない。先の男達から彼女を守ろうとしたはずなのに、返り討ちに合って気を失った。それが悔しくて、許せなかった。
「あの人たちは…?」
「…………。」
と、ここで彼女がササライに目配せをした・・・・気がした。
気になったが、彼がそれに答えてくれる。
「あの兵士たちは、僕が責任を持ってお引き取りしてもらったよ。」
「そうなの…?」
「…うん。ササライが、追っ払ってくれた…。」
なんとなく気になり、自分を背負ってくれている彼女に声をかけるも、戸惑うことなく頷いてしまわれれば、それ以上何も言えない。そうなんだと呟いて、彼女の肩に顔を埋めた。
・・・・・・悔しい。心からそう思う。守れなかったという悔しさもそうだが、なにより、自分にその”力”が無かったことが。
自分が師匠とする『彼』から、例え武術の飲み込みが早いと言われていても、自分がまだまだなのだ。それを知った。
大切な人すら守れない己の無力さに、じわりと涙が込み上げる。
「…ササライ……ごめんなさい…。」
目蓋が重い。夜が明けるのは、まだ先だろう。
彼女が何も言わないのは、このまま寝ても構わないということ。それが分かっていたから、ルシファーは、睡魔に誘われるまま眠りに落ちた。
「………寝た…?」
「うん。みたいだよ。」
微かな寝息が聞こえ始めた後、口を開いたのは彼女。
それに、少年の寝顔を確認しながら頷いて、隣を歩く。
「とりあえず……今夜の寝場所を確保しよう…。」
「うん、そうだね。それじゃあ、どうしようか?」
「そうだね…。ひとまず、ラミから離れたけど…。野宿するにしても、人目につかない場所が良い。エストサイドにしても、もう手配書は、回っているだろうし…。」
「ラミからは、だいぶ離れたよね。それなら今日は、この辺で野宿しても良いんじゃないかい?」
「…そう、だね…。火は焚かずに、仮眠だけにしよう…。」
「うん。」
少年を起こさぬよう、囁きに近い声で話し合う。途中、「う、ん…。」と身じろぎしていたが、起きる気配はない。ひとまず話が纏まったため、ラミから続く山間の麓で歩を止めた。
腰を下ろすと、彼女が持っていた革の水筒を取り出し、一口。その様子は、何か思案しているように見えたが、構わず問う。
「ねぇ、。聞きたかったんだけど…」
「……なに?」
二人だけの会話になると、彼女の声のトーンは少しだけ低くなる。それが悪いという事ではなく、むしろその彼女の方が安心出来た。呟くような喋り方も、考えが見えない伏し目がちな瞳も、疲れが出たのか静かに息をはく姿も・・・・。
暗いというだけではない。それだけで無い事も知っていた。彼女にとって、最も古い友人が『周りを笑顔に変えていた事もあった』と言っていたのを、あの国にいた頃聞いたからだ。
「あの男たちの事だけど……。紋章は、使ってなかったよね。それなら、どうやって…」
「……腕力を過信する奴には、それ以上の力を見せてやれば良いだけの話だよ…。」
「あぁ、なるほどね。」
静かでしっとり紡ぎ出される言葉は、時に冷たくも感じる。しかしそれだけではなく、相手を想いやるが故にそう言った言い回しになるのだ。それは、彼女との関係が深まるうちに少しずつ理解していった。
「…上には、上がいる。今回のことで、あの兵士たちも分かっただろう。この子はこの子で、自分の弱さが見えたはず…。あとは、その経験をどう生かすかだから…。」
「そうだね…。」
「……これを飲んだら、もう寝な。明日も、早い時間に出発するからね…。」
「うん。」
ひょいと投げられた革の水筒を受け取り、口をつける。この地域の気温も相まってか、喉を潤してくれるそれは、思ったよりも生温い。
けれど、美味しいと思った。何より彼女が、自分を気遣い渡してくれたのだから。