[力が欲しい・S]



 それは、彼女と共に寝入ってから幾刻も経たない内だった。
 カサ、という音が、感覚を空けて少し遠い場所から聞こえたのだ。
 不自然な物音にササライは、薄く目を開けた。

 「あっ…。」

 すぐ近くで声が上がったことで、薄く目を開けたまま視線を向ける。声を上げた少年は、反省するよう口元を手で押さえている。瞬間、彼がこちらへ視線を向けることを予想し、ササライは目を閉じた。

 どうやら少年、ルシファーは、自分達が眠っていると思ったらしい。そう考えていると、またもカサ、という音。それを追おうと考えたのか、少年の気配が遠くなっていく。
 やがて足音が聞こえなくなったのを期に、そっと目を開けた。そして、身じろぎすることもせずに思案する。
 後を追うか、それとも残るか・・・・。
 彼女なら、何と言うだろう? だが、一定の感覚で上がっていた不自然な音。それは、動物でも風の成すものでもなかった。
 ・・・・仕方ない。身を起こし、すぐ隣で眠っている彼女に声をかける。

 「。」
 「…………。」
 「、起きて。ルシィが…」

 ・・・・おかしい。いくら呼びかけても、彼女は起きない。こんな時に彼女が狸寝入りする必要はないし、そんな事をする意味も無い。
 いつもは、何か小さな音──ずっと遠くで鳥が鳴く声──が聞こえただけでも、すぐに目を覚ますはずなのに。どうしてか、今日の彼女は深く眠っているようだった。その表情は、酷く安らかで。

 ・・・・・やはり、おかしい。
 瞬時にそう結論する。先の音もそうだが、彼女の尋常ではないこの深き眠りも。
 立ち上がると、彼女の存在を隠すため、他角からその存在を悟られぬ結界を張った。深い眠りを抱いている彼女を一人にしておく事は憚られるが、彼女ならば、きっと「私よりもあの子を…」と言うだろう。
 それを理解していたからこそササライは、一度その頬に手を滑らせてから、足早に少年の後を追った。



 少年の向かった場所は、すぐに判明した。そう遠くない場所だったからだ。  しかし・・・なんと皮肉で、おかしなものか。どうしてだか、彼女の周りには『そういった者』が集まる。けれど、ずっと共にいることはない。時に別れ、時に自らの生活を選び、そして時には、”死”という境界線を越えていく。もっとも、死に逝く者たちは、望み進んでそういった結果を招いているわけではないのだろうが・・・。

 今、彼女と共にいる自分は『どの道を選ぶのだろう?』と疑問を抱いた。
 自分は、彼女と共に”永遠”を生きれるのか、と。

 『永遠なんて、あるわけがないよ…。』

 脳裏に浮かんだのは、懐かしくもあり、自分に苦い思い出を蘇らせる『彼』。自分の兄弟であり、また自分を憎み哀れむと言った『彼』。
 彼なら、きっと、そう言うのだろう・・・・。

 「それなら、僕は……」

 その反面、”永遠”というものを信じてみたいと思った。






 凹凸の激しい山は、まるで外界からの侵入を拒むかのように堅牢に見えた。彼女の言っていた『森内部にあるシンダル遺跡』を守るように。
 そんな事を考えながら歩き、突き出た岩壁の横に出ようとすると・・・・

 「え…?」

 あの少年の気配は、その先にある。
 だが思いとどまり、一歩踏み出すのを止めて、そっと岩壁から顔を覗かせた。
 そこに居たのは、少年の他に、もう一人。

 「……レックナート…?」

 意外な人物に、思わず目を見開いた。
 その手前にいる小柄な少年は、警戒しているのか、彼女に対して棍槍を構えている。
 自分は、どうするべきか? 間に入るか? いやそれより、どうして彼女がここに? 先の音の正体は、彼女だったのか?
 疑問が一気に膨れ上がる。けれど『答え』は出ない。

 一度引き返し、に・・・。いや、彼女が深い眠りに落ちているのは、もしやレックナートの力によるものか? ・・・・・・どうするべきか?

 焦りではない。だが、その場に出ることも離れることも出来なかった。ただ、ルシファーとレックナートの動く唇を見つめているだけ。
 時の感覚が定まらないのは、目覚めてから時間が経っていないからか。無心に還ると、時は瞬く間に過ぎていく。そんな事を、何かの書物で読んだことがある。
 それとも・・・あの少年の持つ『それ』が、無意識にこの場を支配しているのだろうか?

 と、それまで聞き取れなかった少年の声が、はっきりと聞こえた。

 「僕は……力が欲しい…。やササライを守れるだけの力が…。悔しかった……悲しかった…。だって僕は、まだ弱くて…。だから、欲しいんだ…………大切な人を守れるだけの”力”が…。」

 その言葉。それは、ラミでの一件から来るものなのだろう。けれど、自分たちが少年に望んでいるのは、そんなものではない。まだ熟していない精神と肉体には、負荷がかかり過ぎるのだ。
 だが少年が望んだものは、やはり『それ』であった。守る為の”力”であった。
 それは、腕力や力だけではない。根底にある、最も大切な『力の意味』を、彼はまだ知らない。
 だが、かく言う自分は、その”力”を持つべきに値するだろうか?

 「…時に『敗北』を……時に『逃げ』を選択する時もあるでしょう。ですが……いえ。今の貴方は、ただ”力”を求めなさい。愛する者を守れるだけの”強さ”を……。」

 レックナートの言葉もまた先とは違い、鮮明に耳に入った。
 だが、いったい何の話をしているのか。自分がその『答え』を求めても、朧げにしか提示されないのに・・・。
 レックナートが、僅かに動いた。それを見て無意識に足を踏み出していた。

 そして、言葉も・・・・・

 「ルシィ…………それに……。」

 振り返った少年の姿。
 その一瞬の表情に・・・・・遠い遠い『彼』が、重なった気がした。