[あやふやな予感]



 陽が、僅かに顔を出し始めていた。
 ゆっくり朝日が登る様を、ササライとルシファーは、互いに口を開くことなく見つめていた。



 あの後。

 ササライは、出るべきではなかったと反省した。レックナートが、を介さずルシファーと接触したという時点で、自分は見て見ぬフリするべきだったのだと。
 だが、自分にとってあの少年は、自分に無かった物を与えてくれた者の一人だった。心配しないわけがない。

 自分の姿を確認すると、レックナートは、ルシファーに何か囁いて姿を消した。気になったが、自分が首を突っ込むべきでないのかもしれない。そう考えて「さぁ、戻ろう…。」とだけ言った。少年は少年で、何があったか話すべきか否か迷っているようだったからだ。
 取りあえず、自ら触れるような事は控えた。
 それからは、一言も発することなく、二人で来た道を引き返した。



 それから、どれぐらい経っただろう?
 少し後ろを歩いていた少年が、口を開いた。

 「……ねぇ、ササライ…。」
 「何だい?」
 「…………聞かないの…?」

 振り返れば、いつも元気いっぱいの彼が、珍しくしょぼんとした顔で上目遣い。勝手に遠出・・・とまでいかないが、何の言葉も残さずに出たことを反省しているようだ。

 「別に、構わないよ。きみが言いたくないなら。」
 「………怒ってないの…?」
 「うん。」

 その言葉に安堵したのか、少年は顔を上げた。それに思わず苦笑がもれる。
 すると彼は、自分の隣に並ぶと、ポツリと話し始めた。

 「ちゃんと言うよ…。あのね、あの人、レックナートさんて言うんだって。でも………話した内容は、誰にも言っちゃいけないって…。」
 「…そっか。」
 「いいの…?」
 「うん。ルシィが自分でそう決めたのなら、僕は構わないよ。」

 納得出来たわけではない。だが無闇に聞くことよりも、少年自ら話してくる時を待とうと思った。それが何時になるかは知れないが、それでも構わないかと。
 体に当たる陽の光。それは、自分と少年を照らす。
 じっと、自分より幾らか小さなその体を見つめた。

 「どうしたの?」
 「ううん、何でもないよ。ただ……少しずつ変わっていくんだな、って思ってね。」
 「?」
 「何でもないよ。忘れて。」

 笑ってそう言うと、少年は首を傾げたが頷いた。
 ふと、空に視線を向けて考える。レックナートという名を聞いて、彼女がどういった顔をするのか。彼女なら、レックナートがルシファーの前に姿を現した『意味』を知っているはず。・・・・・いや、それは『確信』に近かった。

 あの街で3人で生活していた頃。
 彼女は、少年を、決してレックナートの元へ連れて行かなかった。『家族』と言うぐらいなのだから、あの少年を紹介していても良いのに。それでも彼女は、そうしなかった。
 ・・・・それを知るからこその『確信』だった。

 「…あとは……きみの『言葉』を待つだけだよ…。」
 「ササライ、何か言った?」
 「…ううん。何でもないよ。」
 「変なの。さっきから、そればっかり。」
 「ははっ、ごめんごめん。」

 『それ』は・・・・・・ゆっくりと。

 自分は、何となく気付いていたのかもしれない。
 巨大な『何か』が、自分たちに近づいて来ている事を。
 それは、本当にあやふやな予感だったが、強大過ぎるものほど見渡しきれるものではない。

 『それ』に、この国全体が飲まれつつあることを。

 けれど、今は、まだ・・・・・・・・・・誰も言葉に出来ない。