夜が明けていく。
それまで、ふわふわと何もない夢を漂っていただけの意識が、誰かの声によって浮上する。
あぁ・・・・・誰? 私を呼ぶのは・・・・。
目を開ければ、そこにいたのは、ルシファーとササライ。
「……………。」
二人の後ろから差す陽の光がまぶしくて、思わず目を細めた。
・・・おかしい。いつもなら、自分が彼らを起こすはずなのに。どうして今日だけ、こんなに眠りが深かったのだ?
『世の中、本当分かんないことだらけ!』と、そう言い笑っていたあの頃が、不意に脳裏に蘇る。
「おはよう、。……えっとね………聞いて欲しいことがあるんだけど…。」
起きたばかりだ。そう告げることはなかった。
だが、少年の言葉を聞いた途端・・・・
サッと全身から血の気が引いた。
それは・・・・・嫌な予感? そうじゃない。そんな言葉だけでは、表し切れない。
ズ、と、全身に重い負荷がかかった気がした。『それ』は・・・・?
何となく『予感』した自分が嫌で、またも”運命”を呪わずにはいられなかった。
[もっと遠くへ]
『昨晩、レックナートという女性が現れて、言葉を残して姿を消した。』
これまで実に朧げで、確信めいたものは何もなかった。だが、それまでの『懸念』を肯定するだろう出来事が、とうとう起きた。
自分自身、悪寒や違和感を真っ正面から感じてはいたが、それを明確にしてくれたのは、他でもない師であり母の存在。
・・・あぁ、やはりそういう事だったのか。
そう思う反面、胸から湧き出るのは、途方も無い罪悪感。
どうして、私は、この子をこの地へ誘ってしまったのだろう?
もしや、”運命”が、自分たちを此処へ導いたのか?
もし、そうなのだとしたら・・・・・・
「また……またなの…? また、私から………奪う気なの……?」
「?」
「………。」
『あの』絶望感や恐怖感。それが口に出てしまい、二人に聞こてしまったらしい。
少年は、意味が分からないのだろうパチパチとその瞳を瞬かせていたが、ササライは途端押し黙ってしまった。
これから、大きな流れの渦に巻き込まれるであろう、目の前の幼い少年。
これはいけないと感情を瞬時に押し殺して立ち上がり、顔を出したての太陽の光を反射するオリーブグリーンのその頭をそっと撫でる。
少年は、「どうしたの?」と首を傾げていたが、全て押し隠す笑みを作り「そろそろ出発しようか…。」と告げた。
未だ、過去を振り返っては嘆くことしか出来ない自分に、目を逸らしながら・・・・。
何を思ったか彼女は「とりあえず、熱りが冷めるまでは、どこかに身を隠す必要がある。」と言った。その意見にルシファーは二つ返事だったが、ササライは返事をしなかった。思案の真っ最中だったからだ。
彼女は、最初『早々にこの国から脱出するべきだ』と言っていた。彼女自身が狙われているのだから。確かにと思い、自分も納得した。国境を越えてしまえば、いかにこの国の皇帝と言えど手出しは出来ないだろう、と。
ハルモニアならまだしも、外交的に今や壊滅状態になっているフレマリア親王国やスカイイースとへ逃げてしまえば、皇帝といえど下手に動けまい。
しかし・・・・
ここで放たれた彼女の言動に、返答を考えあぐねてしまった。彼女の遠回しに告げた言葉を要約すると『この国に留まる』と言っているのだ。熱りが冷めるまでと言っていたものの、結局、危険なことに変わりはない。
ならば、多少の危険は承知の上で、紋章でも何でも使って城塞を突破すれば良いのではないか? 彼女は無理でも、自分の紋章を使えば、可能といえば可能なのだから。
歩きながら彼女の隣につき、そっと問う。
「ねぇ、。考えたんだけど…」
「…なに?」
「さっきの言葉…。この国から出るんだよね? それなら、僕の紋章を使えば、城塞の突破は可能かもしれないよ?」
「…………。」
それに返答することなく、彼女は押し黙った。その苦々しい表情を見る限り、『どう考えても思う通りの未来が得られない』と言われているようで。
次に、自嘲にも哀しみにも似たような笑み。でもその笑みは、好きじゃなかった。『何も言わないで』と言われているようで・・・・。
すると彼女は、小さな声で言った。
「……”運命”には………誰も逆らえない。」
「どういう意味だい…?」
「私は………”運命”に逆らったから………『あの子たち』をも失った……。」
「……………。」
泣き出しそうな目を伏せて、そう言った彼女。それがとても辛そうで、何も言えなかった。
『あの子たち』。その言葉が指す者たちを、充分に知っていたからだ。
彼女は、自分から離れるように歩くペースを少しだけ上げた。そして前を歩く少年の隣につく。
この件に関して、自分の口出しは許されないのだろう。その『答え』を聞くことも。
彼女は、知っているのだろう。レックナートが姿を見せたその意味を。そして、これから起こるだろうことも。全て・・・。
でも、自分は何も知らない。知らされるどころか、答えへの経緯さえ見出せない。その行き着く先も。
彼女は、全部抱え込む。自分にも『彼ら』にすら、答えを明確に示さないまま。どれだけ近い存在であっても、必ず一線を引き、絶対に寄りかかろうとはしない。
・・・・・自分には、絶対に。
それが悲しかった。これまでもこれからも、彼女が自分に頼ってくれる事はないのかと。
自分は、『彼』には勝てない。その現実を突き付けられた気がして。
『彼女が頼るのは、きみだけなの? 僕は、絶対にきみに勝てないの? 教えてよ………………。』
知らず俯いていた。広い草原を踏みしめながら。
勝ち負けではないと分かっていた。分かっているし、これからもそうやって生きていくのだ。それが、自分の”運命”・・・・?
『また……またなの…? また、私から………奪う気なの……?』
それこそが、彼女の本心なのだろう。その言葉が、彼女の『闇』をよく表していた。
でも・・・・・・・、いつか『彼』は言っていた。
『運命は、抗いを許してくれる。でも、逃げることは………絶対に許してくれない』
・・・・自分は、決して逃げない。逃げるものか。
自分は、彼女と永遠を共にするのだ。その”想い”だけは、絶対に変えない。
それが、例え、”運命”と呼ばれるものに邪魔されたとしても・・・・。
少しずつでも頼られるようになれば良い。そう心に誓った。