[抜け出す手立て]
思う所があって、少年に『お前が決めろ』と言ったのだろう。
そして思った通りに、少年は、少女の協力を心良く願い出た。
「それで、どうすれば、この国を抜けられるの?」
「簡単よ! ハルモニア方面に出るのでよければ、良い方法があるわ。」
「ハルモニア…?」
「あら、知らないの? 真なる紋章を集めるためなら手段を選ばない、『極悪非道の残虐国家』って呼ばれてるわ!」
「ハルモニアは、この国に来る前に通ったよ。でも、そんなに恐い国なの?」
書物で読んだのか、はたまた村の大人にでも聞いたのか、身振り手振りで力説するリンに、ルシファーは目を丸くしている。
ササライは、その言葉に思わず顔を曇らせてしまったが、反論するつもりはなかった。事実は事実だったのだから。隣を見れば、は、気にもしていないのか空を見上げている。
ハルモニアに属していた、あの頃。彼女の友人に言われた『客観的意見』も、まさに今リンが言った通りだったのだから。
そんな自分の心境を知ることのない少年は、リンに問う。
「それで、ハルモニアに抜けるためには、どうすれば良いの?」
「簡単よ! まずは、ヒギト城塞に向かいましょ!」
「ヒギト城塞…? でも、そこに行ったら、が…。」
「ふふん! 大丈夫だってば! 私に全部まかせて!」
リンは『やる気充分!』といった様子だが、下二人はオロオロ顔。その表情を見れば、この長女がとんでもない事を考えていることは分かる。自分同様、隣にいるも何やら考えているようだったが、彼女自身が決定権をルシファーに委ねたのだから、従う他ない。
「ねぇ、…。僕、今、凄く不安だよ……。」
「………まぁ、たぶん大丈夫だよ。」
「珍しいね…。きみが『多分』なんて言葉を使うなんて…。」
決定権は託したが、どうしても不安は拭えない。すると彼女は言った。
「ヒギト城塞を守備している将は、確か………シェルディー…。」
「…知っているのかい?」
「うん…。」
「あぁ、そうか。きみは、4年前のイルシオ前皇帝の葬儀に『代表』として出席していたよね。それで、どんな人なんだい?」
「…紋章術だけじゃなくて、交渉術にも長けていて、イルシオにもミルドにも気に入られていたらしい…。でも、話したことはないよ…。あの葬儀の中で、彼女の存在が、殊更目立ってただけで…。」
「そうなんだ? でも、それとこれと、何の関係があるんだい?」
「……………会えば分かる。」
間を空けてポツリとそう答えた彼女。
それが意味するところは何だろう? それに、会う機会なんて無いじゃないか。
そう言うと、彼女は「それは……どうだろうね…。」と静かに笑った。
どういう意味? と聞こうと口を開くと、それより先にルシファーが「まずは、橋を目指そう!」と言ったので、口を閉じる。
すると彼女は、自分にだけ聞こえるように言った。
「………まぁ、そう簡単に行くわけはないだろうけど……あの子の経験にはなるから…。」
「でも、どうしてルシィに任せたんだい?」
「………いずれ分かるよ…。」
意味深な言葉だったが、気にはならなかった。
彼女が『いずれ』と言ったのだから、いずれ分かることだ。
だから「そっか。」と微笑んで、歩き出した少年の後を追った。
目的地は、ヒギト城塞。
だが、そこへ向かう為には、橋を二つ渡らなければならなかった。とはいえ、日中この人数で歩くのは、かなり目立つ。夜間移動も考えたが、三兄弟の末っ子ライラは虚弱体質との事で、それを考慮した上で昼間歩く事にした。
一行は、ペースを落としながらも先を目指した。
だが、子供が三人も増えたため、体力に問題がある。
道中、いくらか魔物に遭遇したが、戦いに関してはそこそこ知識を持っていたのか、三兄弟は上手い連携を見せた。
ちなみに、パーティメンバーは、前衛がササライ・ルシファー・スヴェン。そして後衛が、リンとライラだ。
唯一、パーティーインしていないのは、のみ。
彼女は、外側から戦いを眺めながらもルシファーの成長を見ようと、同じく参戦している自分に『下手な助太刀はするな』と視線を送ってくる。
それに『分かってるよ』と微笑んでみせて、ササライも武器を抜いた。
「……なかなか様になってるね、ササライ。」
「そうかな? 使い始めて長くないから、やっぱり緊張するね。」
「……彼女に教わった通りに立ち回れば、上手くいくよ。」
「うん、そこで見てて。終わったら、駄目だった所を教えて欲しいな。」
行ってこい、と僅かな笑みを見せて、彼女が手を振る。
それに頷いて『フレール』と呼ばれる武器を握り、ササライは狙いを定めて駆け出した。
余談だが・・・・
ササライは、もともと紋章術中心に戦っていた。
だが、彼はハルモニアで達を迎えて以来、なにを思ったか、ブリジットに剣技を習い始めた。後から聞いた話によれば、いわく「剣を習ってみたいと思った。」という気紛れのような返答。
それを聞いて『あの彼が? 珍しい…』と苦笑していたのは、だ。ルカは全くの無関心だったようだが、の「習うなら、ルカの方が良いのにな。」という言葉に「下らんな…。」と言いながら、まんざらでもない様子だった。
フレールは、ブリジットの持つレイピアよりも軽量で、あまり力の無いササライでも振るうことが出来た。習い始めた頃は、すぐに息が上がっていたものの、今ではそこそこ体力もついたようで、軽やかにそれを振るえるまでになった。
グレッグミンスターで暮らしていた頃も、思い出しては復習していたのか、バランスもしっかり取れている。腕力、体力が低いのは難点だが、飲み込みは早いのだろう。
は、実際ブリジットから教授を受けている彼の姿を目撃した事があるが、その姿を見て、磨けば光るものを見出していた。
あの頃は、ハルモニアに属する者と、馴れ合う気はなかった。
彼がこちらに来るかもしれないと考え、突き放した。
けれど自分の中にある『矛盾』によって、彼は、自分の元へ来る結果となった。
「…………あんたにだって………感謝してるよ、ササライ……。」
敵を上手く突き倒そうとするその目は、いつもの彼だった。戦と平和の合間で葛藤しながらも戦う、その心優しい瞳。表情こそ険しいものの、彼の内側から出るそれは変わらないのだ。
「あぁ………私らしくもない。」
感謝していないわけがなかった。それに戸惑う自分がいただけだ。
『大切』に分類したくないと。それを否定しながらも、素直に受け止めたがる自分が。今まで自分の傍にいてくれた人々には、『感謝』という言葉だけでは足りない。
笑顔で「仲間だろ?」と言ってくれた人たち。「大丈夫!」と背を押してくれた人たち。そして「さよなら…。」と言い去って行った人たち。
記憶の中の欠片が、次々に浮かんでは消えていく。でも自分は、それで満足も納得も理解もしたわけじゃなかった。
過去も今も、そして未来も・・・・・『それ』が繰り返されることを、確かに恐れていた。
「……どうして…………こんなに……。」
戦いから視線を外して、空を見上げた。
風は、あった。未だ前に進めぬ自分の肩を優しく撫でては、彼方へ向かい。
流れる風は、雲を、髪を、衣を揺らしていく。
そっと・・・・・・・そっと。