「でも…。どうして兵士さんは、ちゃんとの話を聞いてくれなかったんだろう?」
少年は、なにも考えていないわけではなかった。
追求しようと思わなかったわけでもなかった。
考えなしなのではなく。
何も想わぬはずがなく。
ただ、聞き出すタイミングを計っていただけだった。
彼とて・・・・・・・”人”なのだから。
[演技]
ラミの西方にあるエストサイド。そこから北方にある橋を越える為に、一行は歩いていた。
ゆっくりと流れる雲が、どこまでも続いている。山と川に挟まれた見通しの良い平原は、思いの他、人通りが少なかった。
未だ続いているだろう皇帝の聖誕祭を一目みたい者たちは、その橋を渡る必要がない。それぞれが住む場所から首都を目指すのなら、川に隔てられた別岸に用はないのだから。
ようやく肉眼で橋が見えるまでの場所に着いたのは、ラミを出発して二日目の夜だった。
どうせ橋にも検問をしいてあるのだろう。そう思った通り、煌煌と松明の灯るその場所には、兵士が十人ほど。明らかに過剰な警備体制だ。
この橋を守る兵士にも、自分の背格好は伝わっているのだろう。最悪の事態を想定して動いていたとはいえ、ここまで予想通りになってしまうと溜息しか出てこない。己の境遇を嘲笑うように、客観的に。
しんと静まり返る夜の闇。月が雲に隠れて風が速度を落としている今は、全て覆い隠されていた。追われる自分には、都合が良い。
しかし、一人でそこを突破するだけならいざしらず、この人数ともなると、見つかる可能性の方が高い。自分が『爆弾』なのだから。
隣で「どうしよう…。」と唸る少年を見つめた。
離れたくない、と。そう言われそうだから、という理由を全面に押し出して、危険を承知でこの結果を招いたのも、また自分だ。
しかし・・・・
少年は、考え無しなのではない。何も想わぬはずがない。
考えていないわけでもなく。追求しようとしなかったわけでもない。
ただ、聞き出すタイミングを計っていただけなのだ。
唐突にそう問われた彼女。その顔が僅かに曇った事に気付いたのは、ササライ。
幸いというべきか、青ざめたその肌は闇に隠されており、少年少女たちは気付いていない。
聞かれてマズい話ではない。だが、出来ればこの件に関してだけは、”無知”でいて欲しかった。
共に旅をする家族が『真なる紋章持ち』で、更には、一国の皇帝の顔を見知っているなどと。言うのは簡単だ。しかし、この少年は、まだそれを知るべきではない。
そう考えていると、彼女が静かに答えた。
「それは、この前、話したはずだよ…。」
「うん、そうだけど…。でも、全く話を聞いてくれないなんて、絶対におかしいよ。」
「…それが、窃盗だったりすれば、すぐに無罪放免になったかもね…。でも、『殺人犯』だったから…。」
「でも、は殺したりしてないでしょ!? だから僕は、ちゃんと話せば…」
すると、それまで黙って二人のやり取りを聞いていたリンが、口を開いた。
「確かにそうよね…。ちゃんと時間をかけて話せば、国だって…」
「……そうは、いかないんだよ。」
「どうしてですか?」
思わず間に入ろうと考えたが、彼女が視線で『邪魔するな』と言ったので、留まる。
「一度、城内に連れていかれたんだけど……どうしても取りあってもらえなかったんだよ。ルシィ、あんたも見たよね? 私が連れて行かれるところを…。」
「う、うん…。」
「任意同行だったよ。何事かと思ったけど……でも、丁重な迎えじゃなかった。いきなり抜刀していたからね……ルシィ?」
「…確かに、兵士さん達は、武器を抜いてた…。」
誘導するように彼女が問えば、現場を目撃していた少年がこくんと頷く。
・・・これが、彼女なりの『答え』か。それなら、自分が口を挟むこともないのだろう。
簡単なものだ。実際に起こったことを、さも『心外だった』とばかりに話せば、理由を知らない少年少女達を騙せるのだから。
しかし嘘をついている彼女自身、良い気分ではないのだろう。そう思った。
ササライの考えている通り、は、少年達を誘導していた。
そして彼の思った通り、決して良い気分ではなかった。
だが、これから先に起こるだろう事を考えれば、今はそう説明する他ない。
自分は・・・・・・・『歴史に介入しては、いけない』。
その”禁忌”を破れば、代償は高くつく。それを、身をもって知っていた。
だから、全て少年に判断させようと考えた。”流れ”を司るのは、自分じゃない。”先”を決めるのは、この少年でなくてはならない。
自分は・・・・・”運命の輪”に入ることすら、許されないのだから・・・・。
仕上げは簡単だった。
「確かに私は、逃げたよ…。でもそれは、こっちの話を聞いてもらえないからだ。それとも、そのまま『殺人者』のレッテルを貼られた状態で投獄された方が良かった…? 犯人は、別にいるのに…?」
「…ごめんね、そうだよね。が追われる理由なんて…。」
「似てるってだけで、抜刀されて投獄されそうになったんだ。逃げなきゃ殺されてたかもしれない。私は……殺してなんかないのに…。」
そう言いながら、あえて悲しそうな顔をしてみせる。
・・・まったく、どれだけ自分は嘘を並べられるのか。自分で自分が嫌になる。
そう思いながらも、心の奥底でほくそ笑む自分がいるのだ。それに更に嫌気がさす。
ふと横を見れば、ササライが苦い顔。どうしたと問うてみれば「無理はしないで…。」と言われる。
それに「…大丈夫だよ。」と言って、少年達に視線を向けた。
「これでも、もう一度首都に戻った方が良いと言うなら……私は行くよ。」
そう言ってやると、少年は目を見開いた。
「なんで…!」
「私は、悪い事はしてないよ…。でも、あんたは、もう一度兵に話をした方が良いと思ってるんでしょ…? だったら…」
「僕は、そんな風には思ってないよ!」
「そう……それなら。」
自分は、なんて悪い大人だろう。
その優しさを逆手に取って、少年の罪悪感を煽っている。
「は、人を殺したりしないよ。僕だって分かってるよ。でも、そこまで細かい話をしてくれなかったから…。」
「…そうだね。最初から、もっと詳しく話しておけば良かったね…。」
口々に「酷いよね!」「ちゃんと話を聞いてあげれば良いのに…。」などと言う子供達。
それに「ありがとう…。」と聞こえるように言ってから、視線を伏せた。
・・・・これで良い。
ミルドに紋章は渡せない。それに今は、まだ死ねない。
少年が一人前になるまでは・・・・・・まだ、眠りにつけないのだから・・・・。