[少しでも]
月が真上に上がる頃。
一行は、橋から数里離れた場所で休息をとることにした。
とルシファー、そしてリンは体力に余裕があったのだが、他三名が『今日は、もう休みたい』と根を上げた為だ。
検問の敷かれている場所から見えない川縁を寝床に決めて、それぞれ座り込む。
ササライ、スヴェン、ライラは、疲労が半端でないのか、同時に「ふぅ…。」と息をついている。それを苦笑しながら、リンとルシファーが小さな焚き火を起こし、落ちている枝でそれを突く。
それぞれが、旅の疲れを癒していた。
そんな中、は、彼らを見渡しながら、近くの木の根元に腰を下ろした。
さて、どうするか。橋を渡らなければ、ヒギト城塞には向かえない。とはいえ、この橋を渡れたとして、目的地までには、更に一つ橋を渡らなくてはならない。
九割の確立で、自分が思うような結果に至るのだろうが、とにかく次の手を考えなくては。ササライもそう考えたのか、ぐったりと隣に座り込みながら夜空を見つめるその瞳には、思案の色。
と、火の様子を見ていたルシファーが「、!」と手招きした。
考えを中断して、そちらに目を向ける。
「ねぇ、ご飯はどうするの?」
「……ラミで買った食料は…?」
「うーん…。今食べて、明日の朝食べたら、終わりかなぁ?」
「……それなら、私の分は、あんた達で分けなさい…。」
「え、でも…」
腰を上げて、食料の入った革袋の所まで歩くと、それを漁る。目当ての物を見つけると、風通しの良い簡素な布に包まれた『それ』を振ってみせ、今いた場所へ戻った。
「、それ干し肉…」
「…私は、これで充分足りるから…。」
「あぁ、ルシィ。僕もそれで足りるから、僕の分も皆で分ければ良いよ。」
自分の意図を悟ったのか、ササライも『干し肉で良い』と顔を上げた。彼の好物ではないだろうが、空腹は満たせる。保存食として持ち歩いていたのだが、子供達が腹を空かせるよりはマシだ。
何とか橋を渡れたとしても、その先にあるミルドレーンへ買い出しに行くまでに一日はかかる。ここ数日過ごしただけだが、大食漢はいない。自分達二人が手をつけなければ、ミルドレーンに到着するまで何とか持つだろう。
すると、ルシファーが唇を尖らせた。
「二人とも! ちゃんと食べないと、体に悪いんだよ!」
「…平気だよ…。」
「心配しないで大丈夫だよ。」
言葉を返しながら、早速二人で食べ始める。少年は、まだ「駄目だよ! 食べようよ!」と連呼していたが、やがておかまいなしに食を進める自分達に断念したのか、肩を落としながら夕食の準備を始めた。
干し肉は香辛料がきいているし、乾燥もの故に噛む回数が増える。顎が勝手につかれてくれるので、嫌でも満腹感を味わえる。人差し指ぐらいの長さ三欠片でも、よく噛めば腹は満たされた。
ササライは、干し肉を噛みちぎりならが思案していた。どうやって橋を渡るか、だ。
隣で黙々と干し肉を食べている彼女を見つめる。その視線は、焚き火を囲んで調理に励む子供達よりもっと遠くへある。
今、何を考えているのだろう? そう思っていると、彼女が振り向いた。
「……なに? 私の顔に、何かついてる?」
「ううん、違うよ。今、なに考えてるのかなって…。」
「……たぶん、あんたと同じことだよ…。」
なるほど。どうやら彼女も『どうやって橋を渡るか』を考えていたようだ。
今なら、子供達に会話は聞こえない。そう考えて、問うた。
「聞いても……良いかな?」
「……なにを?」
「レックナートの事なんだけど……。」
「………。」
思った通り、彼女は口をつぐんだ。
「聞いちゃいけないような気はしたんだけど……彼女は、どうしてルシィの前に姿を見せたんだい? きみは、その理由を知っているんだよね? ルシィと話すにしても、どうしてきみを介さなかったんだい?」
「……聞いちゃいけないと思ってるのに、どうして聞いたの?」
「ただ、聞いてみたかっただけだよ…。きみが答えなくても『聞くのはタダだ』って、前にが言ってたから…。」
「あぁ……あいつらしいね…。」
彼女がふっと笑う。目を伏せ、口端を僅かに上げて。
『彼女の笑い方は、昔とまったく変わってしまった』と、話に上がった彼が言っていた。
「いずれ、あんたは……『それ』に介入するよ…。きっと、それが”運命”だから…。でも私は、違う…。私は、これまでもこれからも、介入し過ぎちゃいけない……。」
「教えてくれるのかい?」
「…今、言った。私は、介入しちゃいけないんだよ…。だから、言えない。」
「…………。」
「我慢出来なくなったの…? 聞いちゃいけないと思いながら、聞いてくるなんて…。」
困ったような笑み。自嘲気味な。
「……ごめん。」
「いいよ…。『聞くのはタダ』ってあいつに教えたのは、私だからね……。」
・・・・そうだった。そう思うと同時に、聞いたことを後悔した。
彼女があの国を去る時に、露見したことだった。『異端である』と・・・・。
そうだった。彼女は、確かに、歴史に介入してはいけないのだ。
「ただ……ひとつだけ、言える事がある…。」
「え…?」
「ルシィもあんたも………それに、もしかしたら、あの子達も……。」
運命には、誰も逆らえない。でも、抗う事は出来るだろう。私は、それに打ち勝つ事が出来なかった。自分を責める事しか出来なかった。何故なら、その”権利”すら持っていなかったのだから・・・。
聞き取れるか取れないかの声で、彼女はそう言った。その背に負う十字の罰は、生きることで償いが発生する。それが下ろされることは、決して無いのだろう。
そんな彼女の哀しみを見て、胸が痛んだ。
食事を始めた子供達は、楽しげだ。それに目を向けている彼女の視線も、いつもとは違い暖かく見守る優しい色を見せている。
こんな話をしたのは、初めてだった。彼女の口から直接聞いたのは。
それだけ、気を許してくれているのだろうか? 僕に・・・・・・彼女が?
最後の一切れを食べ終えたのか、彼女が立ち上がる。そして、自分が凭れている木の反対側へ移動し、腰を下ろした。
木を挟んでいる為、その温もりは感じられない。でも暖かかった。心から喜びが湧いてきた。
歓喜するでも、笑顔になる話でもなかった。でも自分にとって、何より喜ばしい事だった。
少しでも彼女の”心”が知れた。どうしてそれを話してくれたのか、分からない。でもそれでも、自分の心を解してくれる言葉だった。
彼女の傍にいて良かった、と。
自分が傍にいた事は、決して間違いではなかったのだ、と。
・・・・・・・少しだけ、目頭が熱くなった。