[加護の稀石]



 皇帝を祝う、賑やかな祭り。
 その中へ、顔を輝かせながら紛れて行った少年を見届けて、ササライは、思案顔の彼女を連れて宿を見つけるために歩き出した。
 だが、唐突に彼女に「買いたい物があるから…。」と言われたので、彼女に先頭を任せる。

 いったい、何を買うのだろう? 首を傾げたが、どこか重苦しい空気を纏い始めた彼女は、例えそう問うたとしても答えはしないだろう。いつものように少しだけ視線を落として「ん、ちょっとね…。」と言うだけだ。
 それを、これまでの生活で理解していたので、黙って後ろについた。






 僅かな時間をかけて到着したのは、『装飾品店』だった。
 なんでこんな所に? と疑問に思ったのだが、そんな自分を気にすることなく彼女は、店内に足を踏み入れ品々を眺め出す。
 装飾品店、とは言っても、どうやら銀製品を中心に取り扱っているようだ。ショーケースに並べられた指輪やら、飾り棚に吊るされたネックレスやチョーカーまで、その殆どが銀で作られた代物である。
 例外として、この店の店主が座るのだろう、商談用のテーブルの横──幾重にも鍵がかけられたショートケース──には、銀より高価なプラチナやダイヤモンド、そして金製品が並べられていた。

 「………?」

 店内を見回してみるが、自分たち以外に客はいないようだ。
 しかし、それを不審に思ったのは、どうやら自分だけのようだ。彼女は、無言で銀で作られた品を見て回っている。

 「ねぇ、。」
 「……なに?」
 「どうして、装飾品なんか…」
 「…ん、ちょっとね…。」

 予想通り。彼女は、少し視線を落としてそう答える。
 彼女がこういう表情をする時は、大抵なにか考え事にふけっているのだ。何を考えているかまでは分からないが、これまでの付き合いから、何か『懸念』していることだけは分かる。

 少し、心配だった。彼女は、誰にも言わずに、一人で無理をする事がある。
 苦しくても辛くても、それを決して表に出そうとはせず、我慢し続ける『癖』がある。
 でも彼女は、自分を頼らない。決して・・・・。
 彼女が頼るのは、ごく限られた者のみ。だが、その者にですら本心を語らない時があることを、知っていた。

 「…」
 「ササライ。私の用事は、すぐに終わるから……あんたは、好きなの見てていいよ…。」
 「………うん。」

 そう返されてしまっては、それ以上問うことも憚られる。だからなんとなく、厳重に鍵のかけられたショートケースの方へ足を向けた。しかし、そのケースにある中身を見て思わず「わぁ…。」と声を上げる。
 なんて・・・・・なんて綺麗なんだろう。そう思った。

 すると彼女が顔を上げ、隣に立った。

 「……どうしたの?」
 「これ……凄く綺麗だなって思ったから……つい…。」
 「……そう。」

 中にある、とある一品を指差すと、彼女が静かにそれを見つめた。
 ケース内の中央に置かれているのは、ブルーにも近いグリーンをした宝石。六角形にカットされたその長さは、人差し指ほどの大きさ。
 だが、その宝石が何と言う名称を持つのか、ササライには分からなかった。元々、宝石類には興味もなかったし、こうしてまじまじ見る機会もなかったからである。

 「これ、何て言うんだい?」
 「……これは………確か…」

 「トルマリンよ。」

 突如、店の奥から聞こえた若い女性の声に、二人で顔を上げる。
 奥から出てきたのは、20代前半の女性。言っては悪いが、こういった装飾品店を経営するには少し年若い気がする。しかし、その容貌はどこか神秘的に見え、理知的な目元に印象づけられる。

 「ご紹介が遅れました。私は、パドゥメと申します。この店の主をしております。いらっしゃいませ。」

 パドゥメと名乗った女性は、自分達に笑顔を向けると、黒く真っ直ぐな髪をさらりと流して静かに頭を垂れた。それに返すようが頭を下げたのを見て、ササライもそれにならう。
 店主は、緩やかに微笑むと、彼女に「こちらをお出し致しますか?」と、トルマリンを指差した。彼女がそれに「…えぇ。」と頷くと、幾重もの鍵を外して現物を取り出す。

 白い手袋をした手に乗せられた、淡く光を反するトルマリン。それに革製のチョーカーという、なんとも変わった組み合わせだったが、ササライはその輝きに見惚れた。
 じっとそれに魅入っていると、店主がニコリと笑う。

 「トルマリンは、不思議な力を持つとされています。人を癒す力や、病を治す力。そして、リラックス効果ももたらしてくれるのです。」
 「トルマリンかぁ…。色んな”力”を持っているんだね。」
 「はい。特にこの色合いの物は、世界でもある一点でしか掘り出されないので、トルマリンの中でも『最上級』と言われています。」
 「へぇ…、凄い宝石なんだね…。」
 「あの、ですが……」

 と、ここで店主が言葉を濁した。どうしてなのかササライには分からなかったのだが、どうやら彼女は理解出来たらしい。「…いくら?」と聞いている。

 「こちらは、かなり……その、お値段が…」
 「……構わないよ。いくらなの?」

 彼女が顔を近づけると、パドゥメがそっと耳打ちした。どうして値段を耳打ちするのか、ササライは理解できない。値段が・・・の続きは、『高い』なのだろうか?

 「。僕は、別に欲しいわけじゃ…」
 「……いいよ。金の心配なんか、あんたがする必要ない。」

 金の心配をしたわけではなかったのだが、彼女は、徐に背にかけていた旅荷の中から何やらゴソゴソ取り出すと、それを束で店主に渡す。よく見てみれば、それは『ポッチ』。一万ポッチ札の束。一束、100枚はあるだろうか?
 それを彼女は、七束渡した。

 「えっと……。」

 ササライは、育ちが育ちだった為、金銭感覚が分からない。それが安値なのか高値なのか理解出来なかった。
 だが、ここで迂闊に口を出そうものなら後が恐い。そうと分かっていたので、じっと二人のやり取りを見つめるに留まった。

 しかし。

 その札束に驚いたのは、意外にも店主であるパドゥメだった。さらりと渡された札束の数に、驚愕せざるをえなかったのだ。
 一見、ただの旅人にしか見えないのに、あっさりと『700万ポッチ』という大金を取り出した女性。とてもじゃないが、見た旅人のイメージからは、想像出来ない。しかも自分は、650と言ったはずなのに、彼女は「おつりは、いらないから…。」と静かに言った。

 ・・・・自分は、その道のプロだと自覚している。
 故に、僅かに目を見開いただけで、ぐっと驚きを留めた。
 対する旅の女性も、特に気にする風もなく、隣で宝石を見つめている少年となにやら話している。
 トルマリンを包もうと包装紙を取り出すと、「そのままで良い…。」と止められた。現物をそのまま手渡すと、女性は少年に「…後ろ向いて。」と言って、首につけている。対する少年は、嬉しそうな顔で「本当に、良いのかい?」と問うていた。

 「……………。」

 大した出費じゃないから気にするな。女性はそう言って首を振ったが、あの札束の数は、どうみても大した出費だ。少年の金銭感覚も疑ってしまったが、それを簡単に購入してみせた女性の比ではなかった。
 だが、僅かながらの好奇心を、プロという単語で心に留める。

 すると、トルマリンを身に付けた少年が、女性に言った。

 「でも、。きみは、何か買いたい物があったんじゃ…?」
 「…いや。それは、今でなくても良いよ。それに……あんたがそれに目をつけたのも、何か縁があるんだろうし…。」
 「でも、折角ここに来たんだから…。」
 「……そうだな、それじゃあ…。」

 そう言って、女性が自分に目を向ける。

 「この棚にあるアクレットと同じ物を……4〜5個もらえないかな…。」
 「は、はい。承知致しました。ですが…」

 言いかけて、また言葉を濁してしまう。
 それもそのはずで、と呼ばれたこの女性、スカートでもショートパンツでもなく、踝を隠すパンツを身に付けているため、アンクレットが隠れてしまうのだ。すぐさま「裾に隠れてしましますが、宜しいでしょうか?」と問うも、彼女は「…構わない。」と言って、渡したそれらを足に飾った。

 銀のアンクレットの会計を終えると、「良い買い物をしたよ…ありがとう。」と言って、彼女は少年と共に店を出て行った。

 それを笑顔で見送ったものの、疑問が頭をよぎった。
 『』という名前を、どこかで聞いた気がするのだ。
 だが、彼らは『旅をしている』と世間話をした時に言っていたし、もう会うこともないだろう。
 そう考えて、その疑問を頭から消した。

 彼らと再び出会うことになるとは、この時、パドゥメだけでなく達にすら分からなかったのだから・・・・・。






 店を出てから、二人で宿を探した。
 その間ササライは、終始嬉しそうな顔で首に飾られたトルマリンを手に取ってみたり、じっと眺めたりしていた。
 だが、やはり気になることがあり、ふと足を止めた。
 すると、彼女も不思議そうな顔をして立ち止まる。

 「ねぇ、。教えて欲しいんだけど……。」
 「……なにを?」
 「これって、どれぐらいの価値があるんだい?」
 「どれぐらいって……。」

 意味を解したのか、彼女がふと口元を緩めた。そして「……長い時間を生きてきた私にとっては、大した額じゃないよ。」と言って、また歩き出した。

 先ほど、パドゥメに手渡された際、トルマリンに『加護の力』を込めたことは、彼に秘密にして・・・・。