[疑]
シャグレィに到着したのは、それから半日強経った頃だった。
リン三兄弟とルシファー、そしてササライは、二手に分かれて買い物に出かけていた。
ルシファー達は、おくすりや食料の買い出しに。ササライは、に頼まれた物を買うために洋服店に足を運んでいた。買い物を済ませたら、そのまま彼女の元へ戻る手はずである。
「でも、さんも災難だったわよね…。」
「殺人犯に……間違われるなんて…。」
「さん、可哀想だよ。」
リンに続きスヴェンが呟くと、ライラも俯き気味に言う。
シャグレィは村とは言え、首都に近いため中々活気のある村だ。店もそこそこ並んでいるし、行き交う人の量は多い。それを見渡しながらルシファーは、疑問に思っていた素直な言葉を口にした。
「でも……どうして、の話を聞いてくれなかったのかな?」
「兵士さんたち?」
「うん…。だって、おかしいよ。は、人殺しなんてしないのに……似てるだけで牢屋に入れようとするなんて…。」
首都の人って、頭が固いのかしら?
そんなことを言うリンを横目に、ルシファーは口を閉じた。
確かにあの時、あの兵士達は、彼女を連行していった。武器を抜き放ったまま。
でも彼女は、人を殺したりなんかしない。あまり表情を変える事はないけれど、とっても優しい人なんだから。
彼女は、連行されてから『人違いだ』と言い切ったはずだ。でも兵士は、それすら聞かずに彼女を・・・・・・投獄しようとした?
「あ……。」
「ルシファー、どうしたの?」
「……ううん。なんでもない…。」
ここで気付いたことがある。そんな事まで忘れていた。
あの時、ササライは、まるで彼女が捕まることを予見していたような事を言っていた。
今考えれば、そうだった。彼は、彼女を助けに行くことなく「彼女と関係があると思われてはいけない」と言っていた。
でも、その前に・・・・・・彼は言っていた。
「今は………彼女の指示に従うのが、一番良いんだよ」と。
あぁ、そうだった。
忘れてた? いや、違う。
自分は、『知らなかった』のだ。
誰かを・・・・・何かを『疑う』ことを。
あの夜。
レックナートと名乗った女性は、言っていた。『疑うことを覚えたのですね』と。
確かに、あの女性を疑った。光の中から現れた彼女を。
けれど、今までやササライを疑ったことはなかった。疑うこともなかった。
でも、時折二人が見せる表情や言動。それに『疑問』なら感じたことはある。疑問と疑いが同位置になるなら、自分は『それ』を知っていた。
レックナートに感じたのは、疑い。けれど彼らに感じていたのは、疑問。
あの時、自分は焦っていた。大切な人が連れ去られたことに。
でも、今改めて考えてみれば、二人とも酷く冷静だった気がする。
もしかして、二人は・・・・・・・何かを知ってた? 兵に声をかけられた『理由』を。連れて行かれた『原因』を。
「っ……。」
疑問から疑いに変わった瞬間。おかしいと気付いた時、それは大きな不安となる。
ルシファーは、分からなくなった。
答えが見えない。自分だけが、何も知らなかったというのか。
「僕……。」
「ルシファーくん、どうしたの…?」
声が出た。知らず零れたそれに、スヴェンが反応を見せる。
「僕………聞かなくちゃ……。」
「え、なにを…?」
「聞かなきゃ!」
「ルシファー?」
道具屋へ入ろうとドアに手を伸ばしたリンが、振り返る。
体が震えた。感情が酷く揺さぶられた。でも、それは怒りではない。
「僕……の所に戻る!!」
「え、ちょっとルシファー! 買い物は…」
リンが言い終える前に、駆け出していた。
彼女は・・・・・嘘をついていた?
疑いこそが、己を駆り立てる。
恐いと思った。自分だけが知らないことが。
形にならない恐怖心が、体を駆け巡る。
悲しかった。自分だけが知らないことが。
初めて芽生えた感情が、心を支配する。
本当に僅かな『疑問』だったのだ。
でも今の自分にとっては、それが何よりも恐かった。
駆ける速度を増す。
這い上がり、心の安定を崩そうとする『疑』。
それは、彼女が身を潜めている場所に近づくにつれて、振れる強さが増していった。
自分の求めた”強さ”とは・・・・・・相対するように。