「……。お願いだから、教えて……。」
 「………ルシィ?」

 聞かなくてはならなかった。この不安を拭うための『答え』を。
 聞かなくてはならなかった。この心に生まれた恐怖を打ち消す『答え』を。

 自分だけが知らないなんて・・・・・・苦しいから。



[闇へ問う]



 息を切らしながら集合場所へ戻ると、彼女が目を瞬かせた。
 しかし、自分の切迫した表情を読み取ったのか、いつもの優しげな目元が真剣なそれに変わる。

 「どうして……僕だけが、いつも仲間はずれなの…?」
 「……?」
 「なんで、いつも僕だけ………何も知らないままなの!?」
 「ルシィ…?」

 高ぶる感情。言葉らしい言葉など出てこない。代わりに口をついて出るのは、自分の”想い”だけ。
 何が言いたいのか分からない。でも、教えてほしい。そう、答えを貰いたいだけなのだ。

 すると彼女は、静かに言った。

 「ルシファー、少し落ち着いて…。感情的になれば、相手に伝えたいことも伝えられないよ…。」
 「………。」

 胸に手をあてて、呼吸を整える。ゆっくり息を吸い込んで、不安を押し出すように吐き出した。少しずつだが、動悸が緩やかになっていく。
 そしてルシファーは、問うた。首都から脱出した際の疑問を。何故あの時、自分に嘘をついたのかを。

 話し終えて、彼女を見つめる。彼女は、目を伏せて沈黙を保っていた。
 どうして教えてくれないのか、悲しくなった。

 「…。」
 「…………。」
 「!!」

 声を荒げど、彼女は答えてはくれない。じっと黙し、視線を伏せたまま。
 サァ、と、吹き抜ける風が、髪を揺らした。
 ややあって、彼女は、ポツリと言った。

 「………………まだだよ…。」
 「え?」

 彼女が言葉を発したと同時、ポツ、と頬になにか落ちた。雨だ。森の合間からはよく見えないが、雲が動いているのだろう。

 「……まだ……知らなくて良い…。」
 「なんで…?」
 「…………。」

 知らなくて良い? 自分は、それを知るだけに値しないということ?
 彼女は、また黙った。構わず次の言葉を待つ。
 だが彼女は、それから口を開く気配がなかった。煮え切らないとは、こういう事を言うのか。

 「……教えてよ…。」
 「……………。」
 「僕は……『本当のこと』が知りたいだけなんだ!」
 「…………本当のこと、ね…。」

 また風が吹き抜けた。僅かに湿り気を帯びたそれは、降るぞ降るぞと言っているようだ。
 そんな中・・・・・彼女は、恐いぐらいに淡々と言った。

 「……お前は、まだ知るべきじゃない。確かにあの時、私は、兵に声をかけられる事を予期してた。でも、その『理由』は……まだお前には話せない。」
 「どうして!?」
 「…ルシファー。私は、ここで人を殺してないし、本当に捕まる理由は無いんだよ。それだけは、約束する。でも……今回の騒動に関して、お前に真相を話すつもりはない。それは、まだお前が幼いからだ。」
 「僕が子供だから…? なんだよ、それ…!」
 「……全てを受け入れる”覚悟”もない、只の子供が……何を言うの? 今のお前に、それがあるとでも言えるの? 私は、そうは思わないよ。だってお前は、今、傷ついてるじゃないか。」
 「っ……。」

 傷ついているとは、きっとラミでの一件だ。守ろうとしたにも関わらず、誰も守れなかった。結果として、自分がまだ『守られている立場』なのだと気付かされた。

 「あの一件で、お前は、自分が弱いことを知った。それは一つの成長だ。だけど、それでも………お前に真相を教えるには、まだ早い。」
 「そんな…!」
 「……それと、これは断言するよ。”覚悟”なき者は、決して強くなれない。」
 「覚悟? 覚悟って…」

 木々の合間から、雨が降り注ぐ。今ごろリン達は、自分を心配しているかもしれない。

 「……………殺す”覚悟”だ。」
 「っ…。」
 「ルシファー。お前に、誰かを殺す覚悟があるの? その誰かを待つ人間から、奪うだけの覚悟があるの?」
 「………。」
 「お前が知ることが出来ないのは……私が、お前に『真相』を話せないのは………お前が、まだまだ弱いからだ。」

 はっきりと、そう言った彼女。
 だが、その言葉を聞いて、カッと頭に血が上った。

 「っ、は………戦ったことがないから、そんな事が言えるんだ!!!」
 「……………。」
 「怪我すれば、痛いんだよ!? 誰かを傷つけたら、その人が痛いんだ!! 誰かが死ねば、その人を大切に思ってる人は、もっと痛いはずなのに……なのに、どうしてそんなこと言うの!?」

 この言葉に関しては、絶対に引けなかった。間違っているいないは関係ない。
 ただ、彼女が軽率に使った”殺す”という言葉が、許せなかっただけだ。
 だが彼女は一呼吸おくと、静かに言った。

 「…………その『痛み』は………もう充分に知ってる……。」
 「嘘だッ!! 戦うときの痛みなんて、なんにも知らないくせに!! 知ってたら、絶対に奪ったり殺したりしろなんて言わない! 僕なら絶対に…!」

 「ルシファー!!!!」

 突如声を荒げた彼女に、ビクリと肩が引き攣る。
 ショックだった。彼女に怒鳴られたことなど無かったから。初めて・・・だったから。
 だが彼女は、声を上げたことを恥じたのか、座り直すとまず「…ごめん。」と言った。

 ・・・・なぜ彼女が怒ったのか、分からない。
 自分は、間違ってない。間違ってないはずなのに・・・・。

 「ルシファー、聞いて…。私は、率先して誰かを殺せと言ってるわけじゃない…。」
 「…………。」
 「ササライも、リンもスヴェンもライラも、きっとお前を助けるよ…。でも、もしその時、お前を助けてくれる者が傍にいなかったら? お前はどうするの? 殺らなきゃ殺られる状況に置かれたら? お前は……………喜んで殺されるって言うの?」

 「………は…………人を殺した事があるの……?」

 無意識に、そんな疑問を口にしていた。