[”力”の覚悟]



 彼女は、一瞬戸惑いを見せた。

 再び沈黙が支配する。そう感じた矢先、彼女は言った。

 ポツリと・・・・。



 「…………………………あるよ。」



 その顔は、本当に悲しそうで。本当に辛そうで。
 見ていて、とても痛々しいものだった。

 問うた事を、心底後悔した。彼女の表情を見ただけで、自分も悲しくなったのだ。
 彼女は、遠い過去を思い返すように、話し出した。

 「初めて、人をこの手にかけたのは………そうせざるを得なかったのは、守る為だった。あの頃の私は、今のあんたのように守られてばかりだった。でも……それで許してくれるほど、私の望んだ”運命”は………優しくなんてなかった。あの時……殺すしか方法が無かった…。二人で助かる為には…。」
 「二人…?」

 誰? そう聞くには簡単だった。
 けれど彼女は首を振ると、何も聞くなと言った。
 だから、それ以上は聞けなかった。聞いてはいけない事なのだと思った。

 「だから、私は……人を殺めた。守れない後悔をするのは……もう嫌だったから…。その後に、考えたんだ……まずは、自分を守ることから始めようと…。」
 「………。」
 「だからね、ルシファー…。自分一人守ることの出来ないお前に……誰かを傷つけることを恐れてる、”覚悟”も無いお前に………”強さ”が身につくはずがないんだよ。」

 いつものような笑み。それを見せながら、彼女はそう言った。
 深く、垣間みる事しか出来ない、哀しみの宿る黒い瞳。

 ・・・・返す言葉が無かった。まったくその通りだったのだから。
 武器を持ち始めた頃。自分は、本当に何も知らなかった。戦うという意味を知らなかった。そこから派生するだろう『痛み』を知らなかった。
 武器を扱うようになり、ようやくそれを知った。自分が『痛み』として認識することで、理解するようになった。棍で打たれれば痛いし、武器を扱い続けているだけで手に沢山マメが出来る。自分が痛いと感じるのだから、勿論相手だって痛いのだ。

 でも・・・・・

 旅に出てから、実戦というものを経験して、また新たに知ることになった。
 山賊であれ盗賊であれモンスターであれ、棍で殴れば骨が砕け、槍で突けば肉が千切れ血が噴き出し、自らが『敵』と認識した者たちは、痛みに顔を歪めた。
 それでも、とどめを刺すのは自分ではなかった。相手が怯んだ隙に、足早にその場を去ったこともある。でも時に、手負いながらも逃がしてくれない敵もいた。

 あの時は、確か山賊を相手にしていた。なんとか活路を開こうと、棍槍を手に応戦していたのだが、彼らは決して道を譲ってくれなかった。そんな時、ササライに「少し先で待ってて。」と言われ、に連れられその通りにした。
 暫くして聞こえてきたのは、絶叫。戻ってきたササライは、声を落として悲しげに言っていた。「彼らが、素直に退いていてくれれば…。」と。

 あの時の自分は、『それ』が何を差しているのか、分からなかった。・・・・いや、違う。分からなかったのではない。考えることすらしなかったのだ。
 今さらになって、思う。彼は『殺して』いたのだと。そうしなければ、先に進むことが出来なかったのだと。

 自分は、彼に守られながら、何も知らずに生きてきたのだと・・・・。



 「ルシファー……分かってもらえた?」
 「………。」
 「”覚悟”を持たないということは……それを受け止めるだけの”強さ”を持たないということ。お前が『真実』を知るには、まだ早いということ。その胸に秘める疑問も………全ての『答え』を手に入れるにも…………お前には、まだ早いんだよ…。」

 自分が成長するまで、きっと彼女は教えてくれない。
 覚悟も無い。知識も無い。出来ることといえば・・・・・”強さ”を求めることだけだ。そうでなければ、『答え』は、永遠に手に入らないのだろう。

 心の靄は晴れなかった。だが、やはり自分に必要なのは”力”だと理解する。
 見えたのは、自分が持たなくてはならない、彼女が必要だと言った”強さ”。

 彼女を見つめた。その瞳には、彼女自身しか知らないだろう、彼女だけの”道”。
 知らなかったのは、自分だけ。でも、それでも求める答えが無くなるわけじゃない。消えてしまうわけじゃない。
 それを得るには・・・・・・・・自分が、強くなれば良いだけなのだから。

 「ごめんなさい…。」
 「…いいよ。お前にも、お前だけの道が………”意志”が芽生えたって事なんだから…。」
 「?」
 「……なんでもない。さぁ、そろそろ、ササライ達も戻ってくるだろうから…。」
 「うん、そうだね。出発の準備をしておこうよ。」
 「………ところで、あんた、リン達と道具屋へ行ったんじゃなかったの?」
 「あっ!」

 そうだった。忘れていたが、リン達を放置して勝手に戻ってきてしまったのだ。

 「ぼ、僕………戻らないと!」

 そう言って踵を返すと、彼女が声をかけてきた。

 「……私は、ちゃんと、ここにいるから…………行っておいで。」
 「うん、すぐに戻るね!」

 そう答えて、駆け出した。






 「……………。」

 願うのは、彼の少年に『苦難』を乗り越えるだけの”力”がつくこと。
 願うのは、彼の少年が『真実』を知った時、それに耐えうるだけの”心”が育つこと。

 だから・・・・・

 だから、今は、まだ・・・・・・・騙されていて。