[秘密を教えて]
ルシファーが三兄弟の所へ戻った後、それとは入れ違うように、ササライが両手に荷物を抱えて戻ってきた。あれは、自分が頼んでおいた物だろう。
「ただいま。一応、買ってきたんだけど……これで良いかな?」
「……うん、ありがとう。」
渡された中身を確認して、は微笑んだ。
「食料買って来たわよー!」
「ただいま戻りました…。」
「ライラ、お腹すいたぁ。」
それから暫くして、リン達が戻ってきた。その後ろを申し訳なさそうな顔で歩いているのは、ルシファーだ。彼は顔を上げると、ササライの隣に並ぶを見て、「あ!」と声を上げた。リンも彼女の変化に気付いたようで、目を輝かせる。
「さん、変えたの!?」
「うん。」
「凄く似合うー!」
先の会話の時とは一転。衣装から何から全て変わってしまった彼女に、ルシファーは目を瞬かせた。髪の色もそうだが、着ている服や目の色まで変わっている。
目が合うと、彼女は静かに微笑んだ。
「おかえり、ルシィ。何事も無かったようで、良かった…。」
「…どう…しちゃたの…? …。」
これまで女性らしいベビーピンクのチャイナ服を着ていたはずなのに、今は、魔術師が着そうな全く違う服装。真っ赤に染められていたはずの髪はローズブラウンに変わり、自分の好きだった闇色の瞳も、どうやったのか蒼穹色に変わっていた。
「髪も…目も…。なんで…?」
「…あぁ、これのこと?」
「ルシィ。は、殺人犯と間違われてるんだよ? それなら、変装しないとね。」
彼女に代わって答えたのは、ササライ。彼は、彼女の『事情』とやらを知っているのだろう。だから、リンやスヴェン達に疑われぬよう言葉を選び、そう言ったのだ。
それに騙されたのか、三兄弟は「それなら安心」と口を揃えている。
だが、ルシファーは、心にモヤモヤしたものを感じていた。変装しなくては、これから更に大変な事になるのは分かる。時の経つ内、きっと変装した彼女の姿に慣れると分かっているが、今までとは余りに異なる風貌となってしまった彼女を見て、思わず俯いた。
「でも……こんな服しか置いてなかったの…?」
「ううん、色々あったよ。でも、何となくこれが目についたからね。」
「………そう。」
身に付けてみて直ぐササライに問うてみたのだが、彼らしい答えが返ってきて、そっと溜息を落とした。
使いに行ってもらったくせに、『私の好みじゃない』と思ってしまったが故なのだが、服を選んだ本人は『それが似合うと思った』と言うのだから仕方ない。これは、もう好みだ。
だが彼は、疑問に感じたのか問うてきた。
「ところで、。その髪と目は、どうやったんだい?」
「…………秘密。」
「良かったら、後で僕にも教えてよ。出来そうなら、僕もやってみたいんだ。」
「…………駄目。」
「え、どうして?」
「…………私の専売特許だから。」
「???」
苦笑がもれたが、それでも教えようとしない自分に、彼は首を傾げた。
夕刻過ぎ。
一行は、シャグレィから森を抜け、街道を逸れて南下していた。
今日は、ここで野宿しよう。ということで、橋の近くにある小さな森へと入る。
荷を一つの場所へと纏め、「火をおこす為に、枝を拾いに行こう!」と、ルシファーが言い出す直前の事だった。
は、とある『気配』にいち早く気付いた。咄嗟にササライに目配せすると、彼も気付いたのかそっと隣にやって来て、囁く。
「ササライ…。」
「うん。僕も気付いたけど……どうする?」
「……あの子が、どこまでやれるか、お手並み拝見といこうか。」
「分かった。それじゃあ、行こうか。」
「うん。」
口早にそう結論すると、ササライが子供達に「僕たちが枝を拾ってくるよ。」と伝える。「それじゃあ、僕らは夕飯の準備をするね!」と微笑む少年に、幾らか胸が痛む。
彼女の言うことなのだから、少年にとって決して無駄にはなるまい。そう考えたため、ササライは、「じゃあ行って来るよ。」と言い残し、彼女と二人で闇へと歩き出した。
保護者二人が枝を拾いに行き、暫く。
ゴソゴソと夕食の準備をしていたリンが、おもむろに問うてきた。
「あ。ねぇ、ルシファー。」
「うん、なに?」
「ずっと思ってたんだけど……ササライさんて、彼女いるの?」
「へ?」
ずっと思っていたんだけどという辺り、今まで考えていたのだろう。だが、それに返すだけの答えを、ルシファーは持っていなかった。
「彼女って…?」
「んもう! ガールフレンドよ、ガールフレンド!」
「…なにそれ?」
「あーん、もう! そんな言葉も知らないの? ルシファーって、意外と田舎者ね!」
「ご、ごめん…。」
彼女、という使い方は、女性を指す以外に使い方があったのか。そう考えて、一つ勉強する。彼女=ガールフレンドという事は理解出来たが、そのガールフレンドというものが一体どんな意味を持つのかまでは分からない。
呆れてしまったのか、リンが捲し立てるように続けた。
「もしかして、さんが? って思ったんだけど……見てると違うみたいだし…。」
「うーん、えーっと…」
「でも、それにしても、あなたとササライさんって似てるわね。双子みたい。」
その言葉で、脳裏に近い過去が蘇る。
今まで、そういった会話が、自分達の中でなかったわけではない。いつも問いかけるのは自分だった。「ササライと僕は、兄弟なの?」「ササライは、僕のお父さんなの?」と。
その時、彼女が言っていた。「あんた達は、兄弟だよ。でも…世界には、自分とよく似た顔が3人はいるらしい。もちろん、私にそっくりな奴もいるんだろうね…。」と。
「それなら、僕やササライの他に、もう一人似てる人がいるんだね!」と言うと、ササライは困ったような顔をし、彼女は視線を伏せていた。
「それは、良く言われるよ。世界には、自分と同じ顔をした人が3人いるんだってさ。」
「え!? 自分と同じ顔が、3人もいるの?」
「うん。だから、僕とササライの他にも、もう一人そっくりな人がいるんだって。」
「それ、本当…?」
「は、確立の問題だって言ってたよ。えーっと、なんて言ってたかなぁ? 『確立は、あくまで確立だけど……それを越えて出会えたのも、きっと……」
「姉さん!!!」
その言葉を終える前に、スヴェンの声が上がった。見れば彼は、ライラを背に庇い、闇の中をじっと見つめている。普段は気弱で大人しい彼が、声を荒げるなど珍しい。
どうしたんだろう、と闇の先を見つめていると、ガサッと音を立てて、何かが姿を現した。
それは・・・・・
「お、狼…!?」
「ただの狼じゃないわ。この毛色は、ワイヤーウルフね……厄介だわ。」
鈍い銀の毛色を持つ狼。あのリンが苦い顔をするなど、この旅の中で見たことがない。
ということは、相当手強い相手なのだろう。
「姉さん、どうしよう…。僕たちだけじゃ、歯が立たないよ…。」
「なに弱気なこと言ってんのよ! ササライさんがいないからって、ヘタレたこと言ってんじゃないわよ!」
「大丈夫だよ、スヴェン。皆で力を合わせれば、何とかなるよ!」
「は、はい…。」
即座に弓を構えたリンを見て、棍槍を取り出すと、長女の強い視線に促されたのかスヴェンも剣を抜いた。ライラは水紋章を持っているので、回復役として後列に加える。
・・・・・絶対に、負けられない。強い”想い”が湧き上がる。
ササライがいなくても、自分は、この壁を乗り越えてみせる。もう二度とあのような失態はしない。
『答え』がまだ見つけられなくても、それが、今の自分が出来る唯一の”覚悟”だ。
棍を握りしめると、巻きつけた布がキュッと悲鳴を上げた。