「やああぁあーーーーッ!!!!!

 一瞬だった。



[奪う者の心]



 囮となった自分に、ワイヤーウルフが襲いかかってきた。
 その鋭利な爪を棍槍で受け止めて踏ん張る。だが、力では適わない。
 狼は、牙を剥き出して力任せにのしかかってきた。
 だが、ルシファーは、決して諦めなかった。ここで自分が粘ることこそ、勝利への道だと確信していたからだ。

 負けられない!!!
 今ここで自分が間違えれば、確実に死ぬ。自分がいなくなれば、次は仲間達なのだ。
 必死に歯を食いしばって、あらん限りの声を上げた。

 「っ………リンッ!!!!!」
 「オッケー任せて!!」

 リンが弓を構え直して、狼の額に矢を放った。

 ッギャアアァ!!!

 矢は、見事に獣の額に命中した。そこから血が飛び散り、苦痛の咆哮が木霊する。
 暫くして、ワイヤーウフルは絶命した。

 「はぁっ………はぁ………っ……。」

 狼が、ドサ、と自分の胸に崩れ落ちた。
 仰向けのまま、動かなくなった『それ』を見つめる。
 その額からは、絶命して尚、赤い血がどくどくと流れていた。

 「っ…………。」

 それを見て、我に返った。
 無我夢中だった為、暫し唖然としていたのだが、『勝利』という現実が自分を引き戻した。
 でも・・・・・

 「ぼ、僕……」

 身を起こした。その動作で、獣の亡骸が、また音を立てて横に倒れた。
 途端・・・・・・・全身が震えた。
 つい先ほどまで自分を殺そうとしていた『敵』が、目の前で死んでいる。

 殺すとは・・・・・・こういうことだった。

 自分が手を下したわけじゃない。でも・・・・
 それを計画して、仲間に促したのは・・・?

 「ご……ごめ……なさ……!」

 不意に零れたのは、謝罪の言葉。宛てた先は、動かなくなった敵へ。
 でも、返事が返ることなどない。

 殺すとは、こういうことだった。初めて実感した。
 そうだった。人であろうと魔物であろうと、咆哮は皆同じだった。苦痛にまみれながら間近に迫る”死”に恐怖し、皆が声を上げる。

 自分は、それを知っていた?
 ・・・・・そう、知っていた。
 自分は、知らないふりをしていた?
 ・・・・・否。考えたことすら無かったのだ。

 「僕……ぼく……」

 勝利の安堵と、”覚悟”をもって殺したとはずのその”先”に芽生えたのは、罪悪感。恐怖にも似たそれ。
 だが、そんな自分の心に追い打ちをかけるように、更なる出来事がおこった。

 「ねぇ、あれ…。」
 「姉さん、どうしたの…?」
 「あ…!」

 三兄弟が声を上げた。無意識に、その視線の先に目がいく。
 そこにいたのは・・・・・・・あの獣と同じ毛色をした、子狼たちだった。
 子狼は「キュゥン…。」鳴きながら、骸の元へ歩く。そして、動かなくなったその体に鼻をすりつけた。内一匹は、その額に突き刺さった矢を軽く齧った後、そこから流れる血をペロペロと舐めている。

 「っ……!!」

 母親・・・・・だったのだ。あの『敵』は、あの子狼たちの・・・・。
 それを見て、自分がした事を、本当の意味で実感した。沸き上がるのは『後悔』の二文字。
 同じく、それを目にしたリン達も感じたのだろう、項垂れている。

 誰にでも親はいる。自分にもそうだと呼べる人がいる。
 でも、この子狼達はどうだ? 死という隔たりを一瞬の内に突き付けられ、けれどそれを知る術すらなく、ただ『母』が起き上がることを望んでいる。
 死を『知らない』。だが、自分にそれを哀れむ権利があるだろうか?

 敵を倒すため、その額に矢を射るよう、指示したのは?
 自分たちが生き残るため、殺す決断をしたのは?
 なにより・・・・・この子狼たちから『母親』を奪ったのは?

 「ぼ、ぼく………僕は……!」

 甘くない。例外はあれど、奪うことも、奪われることも。
 奪われる側には、残す者がいる。奪う側には、その自責に耐えるだけの強い心がいる。
 先程、自分が『彼女』に声高らかに唱えた言葉じゃないか。『傷つけられれば痛い』と。『誰かが死ねば、その者を想っていた者がもっと痛い』と・・・・。

 分かった風な口を、聞いていたのかもしれない。いや、きいていたのだ。
 実感のない言葉を、さも自分の言葉のように・・・・。
 それを今、自分は体験した。自分が”奪う側”となって、初めて。

 頭の中が、心の中が、かき乱されていく。

 「僕はッ……!!!」



 「………何があったんだい?」

 場の惨状を目にしたのか、戻って来るなりササライがそう言った。