[友達]



 リンたちが戻って来た。
 彼女は、無事に『叔母』と会うことが出来たようで、「面会の約束を取り付けて来たわ!」と言った。幸先が良いと思ったのか、その顔は満面の笑みだ。
 それを聞いていたルシファーが、喜色を表した。

 「ありがとう、リン!」
 「ふふん! いいのよ、これぐらい。ライラを助けてくれたお礼なんだから!」
 「でも、これで何とかこの国を抜けられるよ。本当にありがとう!」
 「いいんだってば! 私も恩を返せたことだし、良かったわ。でも……ルシファー達とは、ここでお別れね…。」

 国を去ろうとする自分たちと目的が違うリン達とは、ここで別れることになる。本当に僅かな期間ではあったが、同年代の少女達との旅は、ルシファーにとって大きな影響を与えた。同じ年頃の『友達』として。また短期間ではあるが、苦楽を共にした『仲間』として。

 「リン、スヴェン、ライラ……元気でね。」
 「ルシファーもね!」
 「皆さんも…お元気で…。」
 「ルシファーくん。えっと……ライラを助けてくれて、どうもありがとう。」

 代わる代わる握手をしながら微笑む。今まで周りが歳の離れた大人ばかりだったため、ルシファーにとってその別れは、辛くもあった。
 また会えるかな、また会えると良いな。そう思いながら・・・・。

 リンとスヴェンが、保護者二人の元へ向かった。別れの挨拶をするのだろう。
 ふと視線を落とせば、ライラが、自分をじっと見つめている。

 「どうしたの、ライラ?」
 「………あのね、ルシファーくん。ライラ、ずっと考えてたんだけどね…。」
 「うん?」

 ライラが口を噤んだ。俯き、ぐっと唇を結んで。そして顔を上げると──その瞳には、涙が零れ落ちそうなほど溜まっていた──、言った。

 「あの時の、戦いね………ルシファーくんは、悪くないよ?」
 「っ……」
 「だって、ルシファーくんは、皆を守ろうとしてたよ? ライラも分かってたよ? ああしなきゃ、みんな死んじゃってたかもしれないでしょ? だからライラは、ルシファーくんの事、ぜんぜん悪いと思わないよ?」
 「ライラ…。」
 「本当は、誰も悪くないんだよ? だからね…………自分を責めないで……。」

 ポロ、と涙が落ちた。自分と少女、双方から。
 あれから、戦う事が恐くなった。また奪ってしまうかもしれないと、奪う側の心を受け止め切れなかったから。結局、とどめを刺すのは、ササライやリンだった。
 でも、どれだけ自分を責めても、奪った命は帰ってこなかった。あの子狼たちの元へ母親が戻ることはないのだ。それがよけいに恐くて、辛くて、悲しいことだった。

 自分にとって大切な母は、何も言ってはくれなかった。ただ「それが、お前の選んだ道だ。」としか。その言葉は、心を突き刺すには充分だった。
 自分にとって大切な『父』であり『兄』である彼は、言葉をくれた。だが、それはあくまで大人の発する言霊で、完全な癒しとはならなかった。嬉しくはあったが、悲しさは拭えなかった。

 でも・・・・

 自分よりもずっと小さな女の子が、きみは悪くないよと言ってくれている。涙を流しながら『誰も悪くない』と言ってくれている。自分の気持ちを・・・・・癒そうとしてくれている。
 自分よりずっと小さな少女は、きっと両親とは違うものを見ていた。自分と全く同じ視点で、自分と同じ想いをしてくれていた。
 だから、それがとても嬉しかった。

 「ありがとう……ライラ。」
 「ルシファーくん……ライラ、絶対にルシファーくんのこと忘れないよ!」
 「うん……うん、僕も…。」
 「だから泣かないで。ライラも泣かないから…。」

 ポロポロ涙を零しながら、少女は言う。それにつられて、ルシファーも涙を流した。止まらなかった。
 少女が、手を握ってくれた。人差し指、中指、薬指をギュッと。自分の気持ちを共有してくれた優しさと別れの辛さから、涙が止まらない。

 「また……会えたら嬉しいな。」
 「うん、僕も……。」
 「ルシファーくん達は、いま、とっても大変なんでしょう? 大変じゃなくなったら…。」
 「うん……会えるよ。そうしたら、また皆で一緒に旅をしようね。」
 「本当? うん、楽しみに待ってるね! ライラたち、ずっとずっとお友達だよ。」

 少女は、満面の笑みを浮かべて、「さん達にも、ご挨拶してくるね!」と言って駆けていく。
 今しがた離れていったばかりの、手の温もり。両親と同じく、それはとても暖かかった。
 奪う、という自責が消えることはない。自分は、その立場に立ったからこそ分かる。でもそれでも、あの少女がくれた言葉は、自分にとって救いとなった。
 考えが纏まったわけでも、守る為に必要だったからと割り切ったわけでもない。そんな自分を許してくれたことが、何より嬉しかった。

 ふと、ここでと二人で話した時の言葉が浮かんだ。

 『初めて、人をこの手にかけたのは………そうせざるを得なかったのは、守る為だった。』

 守るために・・・・・・誰かを殺してまで、守りたかった者。
 だから彼女は、その誰かの命を犠牲にして『守る』ことを選んだ。
 自分は、どうだった? ・・・そうだ。自分とて、同じく『守りたい』と思った。守らなければならないと考えた。大切な仲間だから守りたいと、そう思った。
 でも、結果として他の命を奪うことになった。

 『だから、私は……人を殺めた。守れない後悔をするのは……もう嫌だったから…。』

 守れなかった後悔。大切な人を守るために、誰かを殺した。
 彼女は、大切な人を守りたかったからこそ、殺すという選択肢を選んだ。
 自分も、そうだった。そうだったじゃないか。彼女と同じく、大切だったからこそ殺したのだ。
 それは、何故? 後悔したくなかったのかもしれない。奪われる側は、きっと辛い。もちろん奪う側にもそれはある。でも奪う側に立ったとしても、結果的に大切なものを守り通せたなら? 奪った命に対して・・・・・後悔してはいけない?

 「そんなの、違うよ…。」

 沸き上がった『答え』に、思わず首を振る。後悔してはいけないなんて違う。そんな答え、自分は望んでいない。後悔しても良いはずだ。例えそれが、自分の選んだ道だったとしても。奪ってしまった命に対して後悔しちゃいけないなんて事はない。
 それなら・・・・・・どうすれば良い?
 懺悔すれば良い。後悔すれば良いんだ。大切なのは、次に最善の結果を残せるように。

 『まずは、自分を守ることから始めようと…。』

 大切な人を守りたい。でも、その為に他の誰かの命を犠牲としたくない。
 それなら、自分が『それ』を出来るだけの”強さ”を身につければ良い。
 でも、それは、きっととても難しい事なのだ。
 彼女が放った言葉は、きっと嘘なんかじゃなかった。体験してきたからこそ、彼女は自分に言ったのだ。
 確かに、誰も守れないくせに、自分の身すら守れないくせに、知った気でいたのかもしれない。『戦い』というものを。
 だから彼女は、ああ言ったのかもしれない。話を介して、自分に『まずは強くなれ』と。守りたい者を守るだけの”力”を得るのは、それからで良いのだと・・・・。



 少年が求めたのは、大切な人たちを守れるだけの”力”。
 その全てを守ることの出来る、強い”心”。

 少年が求めていたのは、誰も傷つかない”世界”。
 誰もが笑顔で過ごすことのできる、安定した”流れ”。

 でも、少年は、まだ知らない。
 その幼心を嘲笑うように、大きな流れの変化が、その身に迫りつつあることを。

 そして少年は、まだ気付かない。
 その願いを踏みにじるように、誰も傷つかない世界など、決して有りはしないことを・・・。