[ヒギト城塞]



 三兄弟は、クリフの村から回っていくと言った。
 道中気をつけて、と告げたササライの言葉に、長女が満面の笑みを浮かべて手を振る。
 次男は、に頭を撫でてもらったのか嬉しそうな顔でお辞儀をし、末っ子はルシファーと笑い合い長女と同じく手を振り去って行った。

 場所が場所、状況が状況だったため──何ぶん、隠れていたために狭い──、三兄弟が角を曲がったところで見送りは終わった。
 は、それまで少女達に見せていた静かな微笑みを消すと、ルシファーに問うた。

 「それで……ルシファー。ヒギト城塞に行くの?」
 「え?」

 念を押すつもりで言ったのだ。決定権は少年に託してあるし、あの件から少し考えるようになっただろうと思った故の。だが、彼は理解できなかったのか、首を傾げている。
 隣で苦笑していたササライが、「ヒギト城塞に行くのかは、ルシィの判断に任せるよ。」と、何の含みも持たせぬまま言い換えた。それで意図を解したのか、少年は暫く考えてから顔を上げた。困ったような、伺うような顔をして。



 確かに、ヒギト城塞の守備者が、今しがた去って行った少女達の『叔母』という事には驚いた。ただでさえ殺人犯と間違われているをここへ連れて来るのは、かなり危険なことだ。捕まる可能性だってあったのだ。
 でもルシファーは、少女達を信じていた。あんなに明るくて優しい少女達が、自分達に嘘をつくはずがない。それは、きっと彼女だってそう思ってるに違いない。
 しかし彼女は、それをあえて自分に聞いてきた。きっと遠回しに『結果がどうであれ、後悔はしないか?』と問うているのだ。
 でも・・・・・危険だったとしても、それでも少女達を信じていた。

 「僕は、リンたちのことを信じてるよ。」
 「……そう。それなら、お前が思う通りに…。」
 「うん! ありがとう、。」

 やっと彼女と会話できたことで、安堵した。
 好きなようにしろという言葉も、その目を見れば、見守るような優しさを秘めているのだ。

 「行こう、二人とも!」
 「そうだね…。」
 「ルシィが決めたんだから、僕はついて行くよ。」

 少年の笑みにつられ、もササライも笑みを浮かべた。
 元気に歩き出すその背を見つめながら、ササライは、ふと彼女を見つめる。だが、その微笑みが少年に向けられていた時より少し哀しみを灯したことが気にかかった。

 「どうしたんだい?」
 「ねぇ……あんたは、上手くいくと思う…?」
 「いや、思ってないよ。でも、どうしたんだい? 今さら…。」

 考えていた事ではないか。そう言うと、彼女は軽く首を振った。

 「きっと……上手くはいかない。私もそれは分かってる。でも、あの子は少しだけ変わった。自分で選ぶ事を覚えた。」
 「…そうだね。」
 「少しずつ…少しずつ変わっていく…。あの子も、人も、時代も…。全てが変わることはないとしても……あの子は、きっと”道”を踏み外したりはしない。そして、いつか………一人で歩いていけるようになる…。」
 「…………。」

 彼女の寂しげな色。その意味を捉える。
 いつか、きっと離れなくてはならない日が来る。彼女は、いつか少年を置いていく。再び・・・・・眠りにつくために。
 現世に身を置いていたとしても、それは彼女にとって僅かな一時。あの少年が一人で歩いていけるようになれば、何も言わずに姿を消すのだろう。

 なんとなく、分かってしまった。

 「さて、行こうか…。」
 「……うん。」

 彼女は、そのままの笑みで歩き出す。少し先では、少年が「早く!」と手招きしている。
 二人の後を追うように、ササライも歩き出した。






 城門へ向かうと、すでに話は通されていたのか、難無く入城することが出来た。
 「守備長の執務室へ案内します。」と、前を歩いている兵の背中から視線を外し、は辺りを見回す。この城塞の統治者たる女性の持つ空気。それを上手く反映しているのか、城内は、堅苦しさはあるものの極めて明るい雰囲気だった。
 豪奢であるが嫌味がなく、センスの良いオブジェクトの数々。鎧や剣、他にも廊下にかけられている絵画は、心奪われるような精巧さと雅やかさを醸している。
 すれ違う兵士たちの顔は、凛々しいながらも穏やかだ。女性守備者といえど、統率者として軍を仕切っているのがよく分かる。

 「こちらです。少々お待ち下さい。」

 案内役の兵士が、とある部屋の前で立ち止まった。
 他の部屋より大きい扉は、守備長の執務室であると語っているようだ。
 兵士は、一礼してからノックした。

 「通しなさい。」

 中から聞こえてきたのは、予想していたよりも明るい声だった。兵士は「は!」と言うと、自分達を部屋へ促す。
 視線でササライに『先に入って』と促した。やや緊張したような面持ちのルシファーとは違い、ササライは、あまりそういった類の緊張はしない性格だ。こういった場に慣れているのか、意外なところで肝の太さを見せる時がある。
 そんな場違いなことを思ったが、彼は理解してくれていたようで、ルシファーに続いて中へ足を踏み入れた。

 ・・・・どちらにしても、上手くはいかない。そう分かっていた。
 しかし、100%とも言えないだろう。それが、例え99%だとしても。
 ササライの真後ろにつき、対峙することになるだろう守備者から顔が見えない位置を取る。『バレバレ』と、昔自分がよく使っていた言葉を思い出したが、やらないよりはマシだろう。実に安直だが。

 すぐに露見するだろう”先”を思いながら、そっと視線を床に伏せた。