[負担・1]



 首都へ向かうのは簡単だった。
 今までは、ミルドの張った結界の追跡を逃れるために転移魔法を使わなかった。
 だが本人に会いに行くのだから、もう自分の居場所を知られても構わない。

 転移の光が消えたのを確認して目を開けると、先日自分たちが潜った街門。そこには、すでにミルドが気付いて寄越したのか、一個小隊程度の兵士たちがいた。
 目当ての人物が自分と分かったのか、兵士の一人が声をかけてくる。

 「皇帝陛下が、貴女をお待ちしております。」
 「……分かってる。」
 「私どもが、ご案内を…」
 「必要ない。」

 迷惑そうな顔を隠すこともせずそう述べた自分に、兵が一瞬眉を動かした。だが、流石は大国の兵なだけあって、平静を装うのが上手い。コホンと一つ咳払いをして、兵は続けた。

 「ミルド様より、貴女をご案内するように…」
 「必要ないと言った。同じことを、何度も言わせるな。」

 兵を睨みつけてから、自分が若干苛立っていることに気付く。何がそんなに苛つくのか分からなかったが、確かに、ザワザワと胸を這い上がってくるもの。思わず殺気を出してしまったため、その後ろに連なっていた兵士達が、一斉に武器を抜いた。
 だが、自分に『多勢に無勢』は通じない。何とも下らないことをするのか、この者たちは。
 苛立ちの次に込み上げたのは、自分へ刃を向けようとする者に対する嘲笑い。薄っぺらに見えるだろうその笑みは、静かに怒りに身を焦がす自分の本心。

 しかし、こんな所で遊んでいる暇はない。
 故に「一人で行ける。」とだけ言って、転移でその場を後にした。






 「……いらない世話を焼くのは、勝利を確信してるからなの? ミルド…。」

 狙った通り、次に目を開けた場所は、皇座の間。
 ひとまずというべきか、無粋には無粋を、とでも言いたげなミルドの合図によって飛びかかってきた兵士達を沈めて、そう言った。
 ミルドが、袖で口元を隠しながらクスリと笑う。

 「ふふ、そうね…。貴女は、昔から私を知っている。確かに、私のお節介な部分は、昔から変わってないのかもしれないわね。」
 「……そうみたいね。」

 苛立ちは、まだ継続している。ふつふつと一定を保ちながら、まだ収まる気配の無いそれ。ザワザワと警告しているのだ。
 と、ミルドが肘掛けに腕をおき、言った。

 「ほんの少しのお別れだったけど……また会えて嬉しいわ、。」
 「……私は、今のあんたとは、出来れば会いたくなかったよ…。」
 「それは、残念ねぇ。それで……紋章を渡す気になった、ってことかしら?」
 「…………。」

 彼女の視線が、ツ、と自分の右手へ注がれる。それを感じて、革手袋を取り力を込めると、『大地』を押しのけて、自分を生かし続けている『本体』が姿を現した。
 それを見た彼女の表情が、更に冷たく輝く。出現の余韻から僅かに淡い光を発する自分の紋章を目に、クスクス笑う。

 「あぁ、それが…! ふふ、確かに……私が求めていた紋章ね。」
 「………何度も言うけど、これは、誰にも渡す気はない。」
 「あら? 見せびらかしに来ただけ? 随分と性格が悪くなったのねぇ、。」

 肘掛けに凭れ、拗ねたような表情を作った彼女を睨みつける。だが睨まれた当人はまったく気にならないのか、その笑みを絶やすことはない。それがまた酷く勘に触った。
 自分は、彼女に現実を教えねばならない。友人として。

 「ミルド……一つだけ言っておく。例え私を殺してこの紋章を奪ったとしても……あんたにこれは宿せない…。」
 「……知ってるわ。すでに真なる紋章を宿している私には、無理だってこと…。」
 「それなら、どうして…」

 自分の問いに、彼女は笑った。目を細めて嘲るように。

 「あぁ、…。私が、何も知らずにその紋章を欲しているとでも思ったの?」
 「…?」
 「ふふ…。『創世の紋章』を、貴女が宿していたのは知っていたけれど…。その紋章のことを調べるには、とても時間がかかったわ。……でもね、。それを調べている内に、とっても面白いことが分かったのよ。それを宿せる者は……………『異端の者』であると。」
 「………。」

 貴女も知ってた? と、少し戯けたように笑う彼女に、思わず歯噛みする。だが、知られてしまったのならどうしようもない。別段、自分が『異端』という事が露見した程度で、枷がつくわけでもないのだ。

 「……そう。そこまで調べてたんだね…。」
 「当たり前でしょう? 私だって馬鹿じゃないわ。何をやるにも下調べは重要だ。そう言ってたのよ………イルシオが。」
 「……それなら、手元に置いておけない物を、どうしてそこまで欲しがる…?」
 「ふふ…。私が、いつ『手元に置けない』なんて言ったかしら?」

 ほのめかすようにそう言う彼女は、自分を挑発しているような目をしていた。
 その微笑みは、勝利を確信しているのか、余裕すら伺える。

 「…どういうこと?」
 「あら、…。貴女は、ハルモニアで副神官長をしていたにも関わらず、このことを…………この『封印球』のことを知らない、なんて言うもりじゃないでしょうね?」

 そう言い、彼女が右手を掲げた。
 その場を覆うほどの光が消え、目を開けると、彼女の手で煌煌と浮かんでいる『物体』に驚愕した。

 「なんで……どうして、その封印球を…!!!」
 「…あら? そこまで驚かれるなんて、私の方が驚きだわ。」

 彼女の手の中で踊る『封印球』。それは、確かに見たことがある物だった。
 それは・・・・・・『彼ら』を作り出した、正に母体とも言える・・・。

 するとミルドが、微笑みを絶やさぬまま続けた。

 「これはねぇ。ハルモニアの神官から貰った物なの。あぁ、そういえば………逃げてきた、とその神官は言っていたわ。」
 「そんなはずはないッ!! その封印球に関係した者は、皆……!!!」
 「あら、消したの?」
 「っ……。」

 あえて汚い言い回しをした彼女に、更に苛立ちが募る。
 ここまで長く続く苛立ちは、久しぶりだ。
 ふと足下に目がいき、身に付けていたはずのアンクレットが全て消滅している事に気付く。

 「ふふ、まあいいわ。そうそう……でも、あの神官には可哀想なことをしたわ。これをすぐに渡せば、死なずに済んだかもしれないのに…ねぇ?」
 「あんた、まさか…!」
 「……交渉に乗らなかったのは、あの神官の方よ? それに、貴女にとって………いえ、ハルモニアにとっては、あの神官が死んだ方が好都合でしょう?」
 「っ…!」

 自分も彼女も、結果として行った『行為』は変わらない。『殺した』ことは事実なのだ。
 奥歯を噛み締めることしかできない。

 それにうすら笑いながら、彼女は続けた。