[きみからの言葉・1]



 4年前に戦死した前皇帝イルシオに代わり、その皇座についたミルドに、自分の持つ紋章を狙われている。
 彼女は、簡潔にそう述べただけだった。

 「どうして、きみの紋章を…?」
 「……あいつの……ミルドの目的は、恐らくイルシオの…。」
 「分からんな。どういうことだ? もっと詳しく話せ。」
 「……対峙した時に、あいつは言ってた。『イルシオは、まだ死んでいない。自分を待っている』と…。」

 ・・・・・なるほど。
 きっと、最愛の者の死を受け入れられずに、堕ちてしまったのだろう。
 誰より愛していたからこそ、その死を受け止めきれずに壊れたのだ。

 「ミルド皇帝の目的は………イルシオ前皇帝の『蘇生』?」
 「…馬鹿な。コイツの紋章は、共鳴やら位置確認といった機能はついているが、単体での……命を司るような効果は、ないではないか。それなら、そういった名を持つ紋章を得た方が、早いだろう?」

 鼻を鳴らして淡々と放ったルカに、は「確かにな。」と呟いた。

 「確かに、そうなんだよな…。でもよく考えると、の紋章には、『共鳴した相手の紋章を使用することが出来る』『共鳴することによって、魔力が上がっていく』って機能がついてる。それに、もしかしたら……直接の紋章や機能そのものは、関係ないんじゃないか?」
 「…分からんな。説明しろ。」
 「ミルド皇帝が欲しいのは、その膨大な魔力って可能性もある。例えば、そうだな……『何か』を媒介として、創世の紋章の魔力を使い、イルシオ前皇帝を…」

 人差し指を立てて憶測を述べると、それをルカが鼻で笑う。

 「…ふん、下らんな。まったくもって馬鹿馬鹿しい。生き返らせる、とでも言うつもりか? 第一、そんな方法があるのなら、とっくに全世界で死人が生き返り、この世は『元死人』でごった返しているわ。」
 「うーん、そうなんだよな…。俺も長年生きてるけど、死人が生き返ったなんて話、今まで聞いたことがない。でも、だからこそ『膨大な魔力』ってのが、キーになると思うんだ。今までは、ほどの魔力を持つ者がいなかった。でも、今はそれが存在してる。今まで、その”秘術”か何かがあったとしても、それを使用できるだけの『魔力』が存在しなかっただけだとしたら………可能性としては、アリなんじゃないか?」

 そう言いながら、本棚にある『重要参考書類』と書かれた本を手にとり、パラパラと捲る。別にその本に有益な情報が書かれているわけではないが、何となくだ。
 一通りそれを読み流してから「…やっぱり聞いたこともないし、見たこともないから、何とも言えないな。」と呟くと、ルカが僅かに眉を寄せた。
 そして、先程から思っていたのだろう事を、率直に述べてくる。

 「…ならば、あえて言ってやろう。実に貴様らしくない意見だ、とな。貴様は、もっと現実主義かと思っていたが………『例えば』『可能性としては』といった言葉が多過ぎる。」
 「まぁ、確かにそうだな。でも…、まぁいいさ、何とでも言ってくれ。俺は、確かにリアリストだけど、未知への遭遇や世に起こる、または起こりうる様々な不可思議を信じないとは言ってない。この世界には、まだまだ俺たちの知らないことが沢山ある。その可能性を否定したくないだけさ。」
 「貴様の持論は、今はいらん。とりあえず、話を元に戻せ。」
 「…はいはい。今の話は保留にしとくから、そう睨まないでくれよ。で、さっきの続きからだな。それで、…。『生を司る紋章』に関して、何か心当たりはあるか?」

 自分と彼の視線が注がれる。すると彼女は、ふと立ち上がった。
 ルカが「どうした?」と聞くも、彼女は、どこか一点を見つめたまま動かない。
 その傍に寄りそっと肩に手をかけると、彼女は、ポツリと呟いた。

 「……………ソウルイーター……。」
 「それって、確か……が持ってる紋章だったよな?」
 「……あの紋章の……………正式名称が……。」
 「確か、生と死を司る…、……なるほど。」

 そこで、考えた。
 確かに、名称だけを聞けば、の持つ紋章は『生』も司っているはずだ。しかし、それを宿す本人からは『近しい者の魂を食らう』といった話しか聞いたことがない。死を司る面が非常に色濃い紋章だった。
 しかし彼女の話だけ聞けば、ミルドという女は、ソウルイーターより創世の紋章を狙っている。

 「…でも、何故、ミルド皇帝は、ソウルイーターよりもの紋章を狙うんだろう?」
 「問題は、そこだな。大方、とやらがどこにいるか見当付かずで、こいつを狙った方が早いと思ったのではないか?」
 「その可能性は、大いにあるけど……って、お前も俺と同じで曖昧じゃないか。まぁ、いいけど。……それより、が『ソウルイーター』を持ってると相手にバレたら、二度マズいことになるって…………って、?」

 目を向ければ、彼女がソファから腰を上げて、扉に手をかけようとしている。
 そんな彼女に声をかけたのは、ルカだ。

 「おい、貴様……どこへ行くつもりだ?」
 「………戻る。」
 「戻るだと? どこへだ?」
 「………幻大国。」
 「貴様、何を言ってる? なぜ戻る必要があるのだ?」
 「………ルシィたちが待ってる。」

 あまりに稚拙な答えだ。そうは思ったが、黙って二人のやり取りを見守るに留める。
 すると、ルカが、男らしい眉を盛大に寄せた。

 「ならば、例のガキも連れて戻って来い。ついでに、あの温室育ちの坊々もな。この国にいれば、そのミルドとかいう女も、安易に手出しは出来んだろう?」
 「………それは、出来ない。戻らなきゃいけない…。」
 「馬鹿か、貴様は? わざわざ敵の巣窟に戻ってどうする? その紋章をくれてやるつもりか?」
 「……そんなわけない。紋章は、絶対にあいつに渡さない。でも………あの国から抜け出すことは出来ない。」
 「馬鹿が、よく考えろ。狙われているのは、貴様の紋章なのだぞ? 万一、捕まってみろ。今の貴様では、抗えまい?」
 「…………。」

 そう言って、ルカが彼女の肩を掴む。
 しかし彼女は、それでも動かず、ポツリと言った。

 「分かってる………分かってるよ…。でも………”運命”からは、逃げられない…。」
 「運命を呪う貴様が、そんな言葉を吐くのか?」
 「っ……。」

 黙りこくってしまった彼女。
 は、その背に問いかけた。

 「。一つだけ、きみに聞きたい。きみがここに来た、本来の目的……きみの”想い”である『本題』を聞かせてほしい。」

 紋章を狙われていると言っていたものの、彼女は、この国での保護を望んでいるわけではない。わざわざここに戻ってまで己の身に起きたことを伝えたのも、問題の打開策を打ち出すためでもない。だから、彼女にとっての『本題』は、そこにはない。
 すると彼女は、静かに、静かに言った。

 「もし……、もし、私に何かあったら………ルシィのことをお願い……。」
 「………………。、先に言っておくよ。ルシファーが心配なのは分かる。でも、俺もルカの意見に賛成だ。彼らをあそこに残したとしても、きみだけは、ここにいるべきだと思う。」
 「………駄目だよ。私は、あそこに戻らなきゃ…。」

 少し感情が浮上しているのか、彼女の声が若干震えている。
 あの子供を心配するのも、無理はない。武道の嗜みはあったとしても、まだまだ子供だ。
 しかし、あの少年の傍には、ササライももいるはず。

 そう考えて、は、務めて冷静な口調で、決定的な言葉を口にした。