[きみからの言葉・2]
「……。きみは、『異界人』だ。あの時、きみ自身が言ってたじゃないか? きみは、本来歴史に介入してはいけない。あの時、きみがそう言ってたじゃないか。」
「おい、!」
咄嗟にルカが止めに入ってきたが、その制止を振り切り、続ける。
「俺は、きみが『異界人』であろうが無かろうが、そんなものは気にしない。きみは、どんな時でも、俺の戦友で友人で……。でも、それとこれとは別だ…。きみをあの国に戻すわけにはいかない。何かあったら、なんて安易にそんな言葉を吐く……きみをっ!!」
「………安易…だと……?」
「おい、止めろ!!」
「そうさ、安易じゃないか!! 俺やルカやササライやが、どれだけ…!!!」
ダンッ!!!!!
一瞬の静寂。
彼女が、怒りに任せて扉を殴りつけたのだ。
そして、ここ数年の彼女とは思えぬほどの声で叫んだ。
「私は、死ぬつもりはない!!! ミルドは、私の紋章を狙っていても、死んでやるつもりなんかない!! でも、いつ何が起こるかなんて、誰にも分からない!! だから、いざという時のことを頼みたいと言っただけだッ!!!!!」
腹の底から吐き出した叫びに、ルカが目を剥いている。
そんな彼女の本音を聞いて、は、静かに溜息を落とした。
「……分かってるさ、そんなこと。きみが、簡単に死ぬなんて思ってない。でもきみは、いつも無理ばかりする…。いつもいつも、俺にだって本心を隠すじゃないか…。だから、聞きたかっただけなんだ。分かってほしかったんだ……。」
「……うん。」
「嫌な言い方して、ごめん。」
「………私の方こそ、怒鳴ったりしてごめん。」
「。思いきり怒鳴って、少しはスッキリしたかい?」
顔を上げて、そう問う。自分の、いつもの完璧な作り笑い。
それを作り出すことは雑作もないが、彼女は、きっと昔からそれに気付いている。
すると、ルカが彼女に言った。
「おい…。するのだろうが、あえて言っておく。無理はするな。」
「……ありがとう、ルカ。分かってる。死ぬつもりはないよ。それに、私には………まだやらなきゃならない事があるから…。」
彼女の答えに満足したのか、彼は「…何かあったら、すぐに戻ってこい。」とだけ言って、部屋を出て行った。
部屋には、かりそめの静寂が舞い降りる。
「…聞きたいこと、それに言いたいことだけ言っていなくなるなんて、格好良いな。」
「………ふふっ。」
「…?」
小さく彼女が笑った。それに違和感を覚える。
昔は、普通に日常の一部としてあったことだ。それが無くなって久しいが、それは自分にとって心地良い違和感だった。
じっと彼女を見つめた。
それに気付いたのか、彼女は、少し間を空けると「……一つだけ…。」と言った。
「ねぇ、…。私、一つだけ、あんたに訂正しなきゃいけない事があるよ。」
「訂正? ……なんだ?」
「私は………………とうとう歴史に介入する”権利”を、得られたよ……。」
彼女は、戻って行った。
来た時より、少し心を軽くして。
はソファに凭れると、先の出来事を思い返していた。
告げられた真実に目を瞬かせ、唖然としていた自分に、彼女は続けて言った。
「どういう意味かは……分かるよね?」と。
衝動的に、その頬に手を滑らせていた。
触れてしまわないと、涙が溢れてしまいそうだったからだ。
あぁ・・・・・それで良い。
”世界”に認められたなら、後は、きみが決めれば良い。
”想う”ことを”想う”ままに。
それまで出来なかった事ですら、今のきみには、許されるのだから。
きみは、ようやく選ばれた。選ばれたからこそ心配ではあるものの、それで良かった。
だってきみは、本当の意味で、ようやく”この世界の住人”となれたのだから・・・・。
目の奥がツンとしたが、彼女がそれに気付くことはなかった。
人を欺くという点においては、自分の方が秀でているから。
そう・・・・・・それでいいんだ。
その頬を優しく上下した。
その仕草は、彼女が恋人によくしていたような。彼女にとって近しい者にだけ、よくやっていたような。例にもれず、自分もその内の一人だった。
なんとはなしに触れてみたものの、彼女は、少し眉を寄せて「…なに?」と言った。いつもは『する側』だったため、『される側』に慣れていなかったのだろう。
「なんでもない……なんとなくな。」と笑ってみせて、告げた。
「ルカも言ってたけど……危なくなったら、すぐに戻ってくるんだ。きみだけなら、転移を使って戻ってこれるんだろ? ………それと、ルシファーのことだけど……。」
「うん…。」
「…………………。安心して、きみは、きみの成すべきことをしてくれ。俺は、いつだって、きみの味方だ。だから、想うように生きてくれ。」
「…………ありがとう、。」
口元に笑みを乗せた彼女は、俺を抱きしめた。「ありがとう、本当にありがとう…。」と、何度も呟きながら。
俺の言葉を聞いて安心したのだろう。彼女の醸す空気が、穏やかになった。
『きみの”ありがとう”が…………俺にとって、世界で一番のご褒美なんだ……。』
思考を今に戻し、さっそく考える。頭が急速に回転を始めた。
「さてと…。」と、勢い良くソファから立ち上がると、用事があったのかルカが部屋に戻ってくる。
「あぁ、ルカか、丁度良い。また『仕事』ができるから、準備だけはしておいてくれ。」
「…準備? いったい、何のことだ?」
彼は、自分の唐突な言葉に訝しげな顔をしていたが、それを笑って受け流す。もしかしたら、今の自分の瞳が『酷く好戦的な光』を帯びていることに気付かれてしまったかもしれない。でも・・・・まぁ、いいか。今だけは、久しく感じていなかったこの『高揚感』を素直に出してしまっても。
「この国とフレマリアの国境付近で、ルクデンブル卿支持派の残党が、行商人相手に大暴れしているらしい。」
「ルクデンブル……あぁ、あいつらか。」
「そうだ。だから、とっとと行って、チョチョイとブッ潰しておいてくれるか?」
「チョチョいとブッ潰……貴様、何を言っている? それに、あの程度のブタ共の相手を、この俺にさせる気か? 俺が出んでも、あの口喧しい女に言えば良いだろう?」
「あぁ。もちろんブリジットにも行ってもらうから、そこは安心してくれ。美女とデート気分が味わえて役得だろ? 二人でラブラブと討伐に当たってもらう。…あぁ、一応言っとくけど、これは既に俺が決定した事だから、お前に拒否権はない。」
「ちょっ、待っ…」
「それと、率いるのは少数精鋭で頼む。フレマリアに勘違いされたくないからな。」
「おい、勝手に話をすすめ…」
「あ、増援なんていらないよな? なにせ、ただの『クソブタ共』だしな。はははっ!」
「おい待て! 俺は『クソ』はつけておらんぞ!? いったい何があったというのだ? 言葉遣いが…」
「煩い黙って聞け。それと、兵糧も大量に持って行ってくれ。第一から第三倉庫に入ってる分、惜しみなく。」
「おい、少しは落ち着かんか! だいたい、その程度のブタ共相手なら、あの女一人で…!」
「…俺、同じことを三度は言わない主義だから、これが最後だ。『煩い黙って聞け』。」
「っ…。」
「宮殿内のことは、ディオスとアルベルトに任せる。最近はヒクサクも、発作の時以外は調子が良さそうだし…。あぁ、そうだ。『忌々しいクソブタ共』の相手が終わったら、近辺で駐屯しててくれるか? 俺は、その間に一つ『仕事』を終えてくる。」
「おい、勝手に決めるな! それに貴様の仕事とは、いったいなんだ!?」
「えーっと、後は、そうだな…。今回、随分と頑張ってくれたから、ナッシュには休暇を取らせよう。シエラも随分、退屈してたみたいだからな。『飽きるまで帰ってくるな』で通じるな。あとは……」
「おい、! 貴様どこへ…!」
ヒュッ・・・キンッ!!!
「…………………貴様ッ!!」
強烈な殺気と共に投げられたナイフを、ルカは剣の柄を使って弾いた。だがそれを投げた本人は、ニッコリと微笑みながらも殺気を隠すことなく言葉を続ける。
「三度は言わない……俺は、さっきそう言った。いいから、きみは……黙って、淡々と、忠実に、ブリジットを連れて、俺に言われたことをやっておけ! あぁ、今すぐにだ!! そうだ、これから今すぐに、兵を連れて現地に向かえ!!!」
「お、おい……何が、貴様をそうまで駆り立て…」
「さーってと! 俺は、ちょっとフレマリアまで行ってくるからな! 数日で戻ると思うけど、お前はブリジットを連れて、とっとと行け。俺が行くまでに、ちゃんとブッ潰しといてくないと『罰』を与える。それじゃあ、行ってくる!!」
「なっ……おい、!!!」
ルカが慌てて追いかけるも、殺気立ったまま満面の笑みを張り付けて部屋を出た彼は、すでにどこにも居なかった。